エコポイント&スマートグリッド

省エネ家電買い替え促進で有名となったエコポイントとスマートグリッドの動向を追跡し、低炭素社会の将来を展望します。

スマートイノベーション第7回:「スマート会社を設立せよ!」

2013-03-22 06:46:08 | Weblog
 スマートグリッド、スマートコミュニティに関する新産業の創生やイノベーション(=スマートイノベーション)の7回目として、1. 「スマート会社」は「スマート持ち株会社」と「スマート事業会社」に分化、2.「スマートファンド」を組成し、「スマート事業会社」に出資、3.参照モデルとしての戦前の理研産業団 、4.3層構造の下での「スマートプラットフォーム」として機能するスマートプロジェクト、について解説します。

 全文は以下の通りです。ご関心があれば、お読みください。


●「スマート会社」は「スマート持ち株会社」と「スマート事業会社」に分化

 私は、ITとエネルギーが融合した“スマートバレー”へと変貌したシリコンバレーのダイナミズムを日本においても蘇生するため、「スマートプラットフォーム」と「スマート会社」の構造でスマートグリッドの具体的なプロジェクトを推進することを提案しています。このうち「スマートプラットフォーム」は、前回の連載「スマートプラットフォームを構築せよ」(http://www.kankyo-business.jp/column/004382.php)でご紹介したように、IT革命勃興時の「スマートバレー公社」に相当するものです。日本には、技術者と市場をつなぐプロデューサのような存在が少ないことから、大学やベンチャーに眠っている技術を商業化まで引き上げることのできるプロデューサ人材の育成も行います。
 また「スマート会社」については、当初は事業会社からスタートしますが、ゆくゆくは各分野でイノベーション開発を担当する事業会社の持株会社として機能するようにして、「スマートプラットフォーム」、「スマート持ち株会社」および「スマート事業会社」の3層構造によりプロジェクトを推進します。これにより、HEMS、BEMSをはじめとするスマートグリッド分野で「需要創出」を図りながら、新産業の創出、雇用の増大等を図ります。

●「スマートファンド」を組成し、「スマート事業会社」に出資
 日本にもすばらしい環境エネルギー関連ベンチャーの芽があります。例えば、電気自動車ベーチャーであるシムドライブ、イーブイ愛知やナノオプトニクス・エナジー、一般家庭への太陽光発電の普及を目指して新しいビジネスモデルを展開しているサステナジー、省エネ・省コストコンサルティング・サービスを提供しているイーエムシー、燃料電池のベンチャーであるMFCテクノロジー、360度各方向からの光を変換できる球状太陽電池スフェラーなどを開発している京セミ、風切音を低減した炭素繊維ブレードなどの小型風量発電機エアドルフィンを開発したゼェーファー、3枚の羽根の周りにリング状の輪を取り付けた風力発電機を開発したウィンドレンズ、根元が細く先が広い羽根5枚からなるベルシオン型風力発電機を開発したグローバル・エナジー、電床、音力発電、振動力発電のパイオニアである音力発電、製材所から出る木屑をプラスチックと混ぜて新資材を作る技術を開発したウッドプラスチック・テクノロジー、リチウムオンキャパシタを開発しているアドバンスト・キャパシタ・テクノロジーズなどです。
 このほか多数ある芽を発掘し、ビジネスモデルとして発展させるためのメカニズムとして「スマート持ち株会社」が機能する必要があります。「スマート持ち株会社」は、シリコンバレー等との連携を図りながら、国際的な視野の下で蓄電池、太陽電池、燃料電池等の分野における日本企業の強みを生かし、発展させる方向で事業を推進します。また、国が出資している産業革新機構や独立行政法人の中小企業基盤整備機構などと連携しながら「スマートファンド」を組成し、「スマートファンド」が「スマート事業会社」に出資します。「スマートファンド」には、世界で活躍するトップクラスのファンドマネージャーをスカウトするなどして、この分野において投資の目利きができる本物の投資家を配置します。

●参照モデルとしての戦前の理研産業団
 以上の構想の参照例、モデルとなっているのが、戦前「科学工業主義」を標榜して変革のプラットフォームとなった理研産業団です。理研産業団は、1917年渋沢栄一らの協力の下、高峰譲吉が非営利法人として理化学研究所設立しました。財源は、寄付、皇室下賜金、国からの補助です。理研産業団が新たな展開を見せたのが、1921年に大河内正敏が所長に就任し、主任研究員制度(研究者の自由度保証)を導入し、“スーパー研究者集団”としての地位が認められるようになってからです。
 理研産業団は、第1次世界大戦後の戦後不況で寄付金が集まりにくくなったことを契機として、「科学主義工業」(科学の命ずるところに向かって驀進する。科学を活用して生産性の向上を図り、良品を廉価で製造する)を標榜して発明の事業化に取り掛かり、22年その第1号として東洋瓦斯試験所設立しました。そして、1927年、昭和    金融恐慌のさなかに理化学興業設立し、以後「1事業1社」という考えの下に次々と企業を興して63社(121工場)にもおよぶ理研産業団が形成されました。
 理研産業団のプラットフォームは、財団理研、理化学興業(持ち株会社、TLOの機能も果たす)、事業会社の3層構造です。この構造により、鈴木梅太郎(ビタミンB1の発見)、寺田寅彦、長岡半太郎(原子モデルの提唱)、本多光太郎(磁性鉄鋼の開発)、湯川秀樹(中間子論)、朝永振一郎(くりこみ理論)などの研究者が活躍し、「(科学者たちの自由な楽園)(朝永振一郎)と呼ばれるようになりました。1930年の金解禁、翌31年の禁止。その後世界恐慌の影響が日本にも及び、満州事変などを契機として戦時統制色を強める経済の下でも、理研産業団はビタミンA、人工合成酒、感光紙、アルマイト、コランダムなどを次々と事業化したのです。

●3層構造の下での「スマートプラットフォーム」として機能するスマートプロジェクト
 上記の「スマートプラットフォーム」、「スマート持ち株会社」および「スマート事業会社」の3層構造は、財団理研、理化学興業、事業会社の3層構造に対応するものであり、「シリコンバレー・モデル」のダイナミズムを日本に移植するために必要なものと言えます。私が代表を務める一般社団法人スマートプロジェクト(http://www.smartproject.jp/)は、こうした3層構造の下での「スマートプラットフォーム」として機能することを目指しています。