ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

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2019年12月06日 | 作品を書いたで
「前方に飛翔物体を発見」
「進路上か」
「イエス・サー」
「距離と速度は」
「距離0.7パーセク。速度光速の0.007パーセント」
「本船と衝突の可能性は」
「67パーセント」
「衝突までの時間」
「96分後」
「飛翔体の大きさ」
「幅1メートル全長3メートル」
 移民船瑞穂丸のデッキ。賀来船長は腕組みして考えた。この宙域には、水素、ヘリウムといった物質の分子が、ごくまばらに分布するだけで、検出可能な質量を持った物質は存在しないはずだ。
 3年前、地球を出発した移民船は25隻。瑞穂丸の一番近くを航行する船は、サンタマリア2世だ。大きさから考えて、サンタマリア2世が破損して、そのデブリかもしれない。しかし、サンタマリア2世は瑞穂丸の後方2光年の距離を航行しているはずだ。前方からかような物体が飛来するのは考えられない。
「船長。生命反応があります」
「生き物か」
「そのようです」
「大きさから考えて緊急脱出用カプセルだろう。本船前方を航行する船で一番近いのは」
「3.5光年先の神船です」
 神船に重大な異変があって、だれかが脱出したのかも知れない。幅1メートル長さ3メートル。この大きさのカプセルだと、一人乗りか二人乗りだろう。神船は主にアジア大陸の移民を乗せている。5万人が乗っている移民船最大の船だ。そのような巨大移民船に重大な事故。もし、そうであるのならば、移民の目的地新・地球に到着後の計画に大きな支障をきたす。テラフォーミングのあと人類は、新・地球で新たな文明を築くことになっている。
「あらゆる周波数を使って、その飛翔体にコンタクトをとれ。こちらからの発信と並行して、そいつからの通信の傍受に努めろ」
 通信士がしばらくして、ハッとした。
「通信をキャッチしました」
「メイデイか」
「いいえ」
「なんといってる」
「メリークリスマス」
「なんだと」
「メリークリスマスっといってます」
「船長。画像が見えます」
「映せ」
 デッキのモニターに映った画像は、どこから見ても宇宙船の緊急脱出用のカプセルではない。デブリとも見えない。
 前方に4本足の生命体、それがバスタブ状の容器を引っ張っている。その容器上にもう一つの生命体。その生命体は人間の形状だ。宇宙服は着ていない。
「なんだ。アンドロイドか」
「いえ。生命体です」
「なんなんだ」
「ホモサピエンス。白人の高齢男性。人間です」
「そんなじいさんが宇宙服もなしで恒星間宙域を飛んでいるのか」
「ちょっと待ってください。呼びかけています」
「受けろ。モニターにも映せ」
 その老人からメッセージが来た。同時にモニターに老人のバストショットが映った。赤い服に赤いナイトキャップをかぶった老人だ。赤ら顔で肥満体。白いひげを生やしている。満面の笑みをたたえた好々爺。
「サンタクロースだ」
 モニターを見ている者全員がそうつぶやいた。くだんの老人がしゃべりだした。
「ふぅおふぅおふぅお。メリークリスマス。諸君はどこへ行くのかな」
「16光年先の恒星Gliese832cです」
「そんな遠い所へなにしに行くのかな」
「移住です。そこを新・地球を建設します。あなたはサンタクロースですか」
「そうじゃ」
「どこへ行くのですか」
「もちろんプレゼントを届けるのじゃ」
「どこのだれに」
「地球の子供に」
「地球にはだれもいません。脱出したわれわれ以外はみんな死に絶えました」
「いいや。一人だけ生き残っている。11歳の男の子じゃ。地球の子供にプレゼントを届けるのがワシの仕事じゃ」
「その子が生きていることがなぜ判るのですか」
「テレパシーで呼びかけを受けた。さ、もう行くぞ」

 移民船瑞穂丸がサンタクロースと別れて、三日、地球の時刻で12月24日、サンタクロースから通信を受けた。ユーラシア大陸の中央部の洞窟の奥に、男の子が一人生き残っていた。対放射線シェルターの中で、その子は3年間たった一人で生き延びてきた。
「画像が送られてきました」
 男の子はサンタクロースに肩をだかれてにっこりとほほ笑んでいる。サンタクロースはVサイン。
「無慣性航行をオフ。ただちに減速を開始。静止したら反転、全速力で地球に戻る」
 2万5千人乗り組みの瑞穂丸は地球に戻ってきた。男の子を乗せて、再び宇宙へ旅立った。
 その子にとってなによりのクリスマスプレゼントとなった。