11/27、今年もあと1ヶ月ちょっとになりましたが、
1年って本当に早いなぁ~と思ってしまいます(^^ゞ
今年に入って、相棒(原付バイク)と出かけたい場所として
以下の3か所に行く事を目標にしました。
①しまなみ海道(広島県・愛媛県)
②富士山(静岡県)
③黒四ダム(長野県)
しまなみ海道と富士山は、行く事が出来ましたが、
冬になってきたので黒四ダムには、もう今年は、
行けそうにありませんが、また機会を見て挑戦してみたいと思います。
そんな私といつも一緒に出掛けてくれる相棒(原付バイク)ですが、
先日の愛知県幸田町へのツーリングからの帰り道でのトラブル以降、
私の元から離れた日々が続いていますが、何分、古いバイクなので、
バイクショップのお兄さんも部品を調達するのも大変そうです(;^_^A
大変ななか、ありがとうございます(^^ゞ
私にとって相棒がいないと、休日は少し寂しく感じますが、
最近は、これまでの遠出から近場を探索するようにしています。
と言っても、これまでに行っている所もあるので、
正直、やや新鮮味に欠ける所もありますが、それでも私にとって車と違って
原付で走れるのは、楽しいです( *´艸`)
今は、元相棒(原付50㏄で私の中では「兄貴」と呼んでいます)と走っていますが、
何分、同じ原付でも50㏄なので、坂道(上り坂)などは馬力が無く、
道路端を走るので、後ろから来る車に怖い思いもします。
また路肩近くを走るので、路面のアスファルトが波を打っていて
轍(わだち)にハンドルを取られそうになったり、
場所によっては、道端の草に当たり鞭(ムチ)のように受ける事もあります( ´∀` )
昔は、兄貴(50㏄原付)に乗って名古屋まで走ったのですから…(*´ω`*)
そのため私の中では、兄貴はレジェンド的存在です。
兄貴とは、これまでは週1回程度、近所を走る程度でしか乗っていませんでした。
というのも相棒以上に、お歳を重ねていますので無理は、させられない!という事もあり
遠くへ走る事は、控えていましたが、まぁこういう事情なので
老体に鞭(ムチ)打って頑張ってもらっています(笑)
まぁ、よくわからない擬人化した文章(相棒や兄貴)になっていますが、
前置きが長くなりましたが、今日は、由良洞隧道まで走って来ました。
主な走行ルート 白浜町→県道31号線(田辺白浜線)→上富田町→国道42号→
日高町→県道23号線(御坊湯浅線)→由良町→国道42号→広川町井関→
県道21号線(広川川辺線)→広川町津木→県道176号線(井関御坊線)→
日高町→国道42号→白浜町
走行距離 約150㎞(この日は距離を計測していませんでした)
なお今回、訪れた旧由良隧道(由良洞隧道)については、
2018年8月21日に書いた「旧由良隧道について」に詳しく書いております。
お時間ございましたらご覧頂ければと思います(*´ω`*)
https://blog.goo.ne.jp/dosukoiya/e/da0b49f44f20ac7035939ac6facbb1ce
また旧由良隧道(由良洞隧道)について、
まろさんのブログ「交通遺産をめぐる」にて詳しく紹介されています。
とても深く調査されていて、内容がとても素晴らしく、
私も見習いたいレベルの高さです(*´ω`*)
https://myaurroi.hatenablog.com/entry/2022/08/09/184336
さて今日は、朝から良い天気でしたが、上富田町朝来地区で
少し驚いた!というか、素晴らしいセンスだなぁ~と思い
写真に撮ったのですが、田んぼの中に一輪のヒマワリ
作者の世界観というかセンスが良いなぁ~と感心しました(*´ω`*)
田んぼの近くに住宅地があるという
極々、普通の田んぼなんですが…
あれっ?田んぼの中にヒマワリ?
田んぼの中を歩いて、ヒマワリに近づいていきました
一輪だけヒマワリが咲いています
11月下旬ですが、ヒマワリが咲いている事にも驚きました((+_+))
ヒマワリ
ヒマワリがポツンと咲いています。
どなたが、このヒマワリをお世話されているのか?わかりませんが、
個人的には、作者の遊び心?というか、センスを感じてしまいます。
何て素晴らしい感性の持ち主なんだろう…
国道42号を北上して田辺市と みなべ町の境界付近から白浜方面を望む
田辺湾は、今日も青かった
日高町側から由良洞隧道へ走りましたが
「えっ?」「あれっ?」と見た瞬間、絶句してしまいました((+_+))
明治22年(1889年)開通という和歌山県内でも最古級にランキングされる由良洞隧道が…
かなりショックを受けました。
今回、由良洞隧道へ来たのも少し前のブログに
現在の国道42号 由良隧道(由良トンネル)を紹介した事もあり
久々に見に行こうと思い、やって来たのですが(T_T)
由良洞隧道は、和歌山県における近代土木史に燦然と輝く素晴らしい隧道です。
明治期に開通した隧道トンネルの多くが、時代の流れと共に閉鎖されていく中で、
全国的に見ても、今でも現役で活躍する数少ない隧道なのに…本当に残念です。
出来れば、この由良洞隧道の歴史を紹介する立て看板があっても
おかしくない素晴らしい近代土木遺構です。
しかし嘆いても仕方ありません。
まだ明治時代に作られた由良洞隧道を通る事が出来るのですから、
閉鎖される事を思えば、良しとしましょう(*´ω`)
2018年4月28日撮影時
2022年11月27日撮影時
当時、もっと写真を撮っておけば良かったなぁ~と思いました。
原付は、当時と変わっていませんが(^^ゞ
日高町池田から由良洞隧道を望む
隧道内のレンガ積みは遺されていますが、水溜りがひどいなぁ
写真では分かりにくいのですが、以前は、岩盤がむき出しでしたが
モルタルが吹き付けられています。
日高町側の由良洞隧道坑口付近
水溜りがあって私が見た時は、5㎝位の水深があったので、
歩行者(多分、いらっしゃらないと思いますが…)には、通行しづらいと思います。
何とか少しでも隧道内の排水をしようと近くにあった木で、
排水用の側溝を手掘りしたのですが…
途中まで掘りましたが、木の棒では限界がありました。
このまま真っすぐ掘り進めることが出来れば、
その先は、下り坂になっているので自然勾配があるので排水出来ますが、
そこまで掘ろうと思えば、とてもとても時間が足りませんでした(T_T)
落石防止や隧道坑口の崩落を防ぐためにも今回の措置は、仕方なかったのかも知れませんが、
明治期の近代土木構造物である事を考えれば、もう少し配慮があっても
良かったのでは?と個人的には思います。
また、このような先人が苦労して掘った隧道内のレンガに
スプレーで落書きがされていました( ノД`)シクシク…
私からすれば「何で、そんな事をするの??」という悲しい思いです。
ほんの少しでも、このような歴史的にも価値のある構造物に対して
敬意と良いますか、大切にしよう…という気持ちを持って
この由良洞隧道を利用して頂けたらと思ってしまいます。
恐らく落書きをされた人も、由良洞隧道が明治期における
地域の経済発展に多大な貢献を果たした事や
開通までの地域住民の苦労という歴史的背景を知っていれば、
このような落書きをする事は、無かったか信じたいです。
今回、由良洞隧道について熱くなってしまいましたが、
この後は、広川町井関まで走り、帰りは、鹿ヶ瀬トンネルを抜けて白浜へ走りました。
歴史的には、有田方面から御坊方面に行くには、
明治時代の短い間は、由良洞隧道ルートを通る道でしたが、水越峠や由良の峠越えは、
道が狭く勾配がキツかった事から、その後、鹿ヶ瀬隧道を通るルートに変更されました。
昭和になって紀勢本線(当時は、紀勢西線)が由良経由になった事から、
道路も再び、由良町を通る現在のルート(国道42号)に変更されたという
大雑把ですが、そのような経緯があります。
遠出の旅も良いですが、暫くは原点に返って?
50㏄原付バイクで近場を走ってみたいと思います(*´ω`*)
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
1年って本当に早いなぁ~と思ってしまいます(^^ゞ
今年に入って、相棒(原付バイク)と出かけたい場所として
以下の3か所に行く事を目標にしました。
①しまなみ海道(広島県・愛媛県)
②富士山(静岡県)
③黒四ダム(長野県)
しまなみ海道と富士山は、行く事が出来ましたが、
冬になってきたので黒四ダムには、もう今年は、
行けそうにありませんが、また機会を見て挑戦してみたいと思います。
そんな私といつも一緒に出掛けてくれる相棒(原付バイク)ですが、
先日の愛知県幸田町へのツーリングからの帰り道でのトラブル以降、
私の元から離れた日々が続いていますが、何分、古いバイクなので、
バイクショップのお兄さんも部品を調達するのも大変そうです(;^_^A
大変ななか、ありがとうございます(^^ゞ
私にとって相棒がいないと、休日は少し寂しく感じますが、
最近は、これまでの遠出から近場を探索するようにしています。
と言っても、これまでに行っている所もあるので、
正直、やや新鮮味に欠ける所もありますが、それでも私にとって車と違って
原付で走れるのは、楽しいです( *´艸`)
今は、元相棒(原付50㏄で私の中では「兄貴」と呼んでいます)と走っていますが、
何分、同じ原付でも50㏄なので、坂道(上り坂)などは馬力が無く、
道路端を走るので、後ろから来る車に怖い思いもします。
また路肩近くを走るので、路面のアスファルトが波を打っていて
轍(わだち)にハンドルを取られそうになったり、
場所によっては、道端の草に当たり鞭(ムチ)のように受ける事もあります( ´∀` )
昔は、兄貴(50㏄原付)に乗って名古屋まで走ったのですから…(*´ω`*)
そのため私の中では、兄貴はレジェンド的存在です。
兄貴とは、これまでは週1回程度、近所を走る程度でしか乗っていませんでした。
というのも相棒以上に、お歳を重ねていますので無理は、させられない!という事もあり
遠くへ走る事は、控えていましたが、まぁこういう事情なので
老体に鞭(ムチ)打って頑張ってもらっています(笑)
まぁ、よくわからない擬人化した文章(相棒や兄貴)になっていますが、
前置きが長くなりましたが、今日は、由良洞隧道まで走って来ました。
主な走行ルート 白浜町→県道31号線(田辺白浜線)→上富田町→国道42号→
日高町→県道23号線(御坊湯浅線)→由良町→国道42号→広川町井関→
県道21号線(広川川辺線)→広川町津木→県道176号線(井関御坊線)→
日高町→国道42号→白浜町
走行距離 約150㎞(この日は距離を計測していませんでした)
なお今回、訪れた旧由良隧道(由良洞隧道)については、
2018年8月21日に書いた「旧由良隧道について」に詳しく書いております。
お時間ございましたらご覧頂ければと思います(*´ω`*)
https://blog.goo.ne.jp/dosukoiya/e/da0b49f44f20ac7035939ac6facbb1ce
また旧由良隧道(由良洞隧道)について、
まろさんのブログ「交通遺産をめぐる」にて詳しく紹介されています。
とても深く調査されていて、内容がとても素晴らしく、
私も見習いたいレベルの高さです(*´ω`*)
https://myaurroi.hatenablog.com/entry/2022/08/09/184336
さて今日は、朝から良い天気でしたが、上富田町朝来地区で
少し驚いた!というか、素晴らしいセンスだなぁ~と思い
写真に撮ったのですが、田んぼの中に一輪のヒマワリ
作者の世界観というかセンスが良いなぁ~と感心しました(*´ω`*)
田んぼの近くに住宅地があるという
極々、普通の田んぼなんですが…
あれっ?田んぼの中にヒマワリ?
田んぼの中を歩いて、ヒマワリに近づいていきました
一輪だけヒマワリが咲いています
11月下旬ですが、ヒマワリが咲いている事にも驚きました((+_+))
ヒマワリ
ヒマワリがポツンと咲いています。
どなたが、このヒマワリをお世話されているのか?わかりませんが、
個人的には、作者の遊び心?というか、センスを感じてしまいます。
何て素晴らしい感性の持ち主なんだろう…
国道42号を北上して田辺市と みなべ町の境界付近から白浜方面を望む
田辺湾は、今日も青かった
日高町側から由良洞隧道へ走りましたが
「えっ?」「あれっ?」と見た瞬間、絶句してしまいました((+_+))
明治22年(1889年)開通という和歌山県内でも最古級にランキングされる由良洞隧道が…
かなりショックを受けました。
今回、由良洞隧道へ来たのも少し前のブログに
現在の国道42号 由良隧道(由良トンネル)を紹介した事もあり
久々に見に行こうと思い、やって来たのですが(T_T)
由良洞隧道は、和歌山県における近代土木史に燦然と輝く素晴らしい隧道です。
明治期に開通した隧道トンネルの多くが、時代の流れと共に閉鎖されていく中で、
全国的に見ても、今でも現役で活躍する数少ない隧道なのに…本当に残念です。
出来れば、この由良洞隧道の歴史を紹介する立て看板があっても
おかしくない素晴らしい近代土木遺構です。
しかし嘆いても仕方ありません。
まだ明治時代に作られた由良洞隧道を通る事が出来るのですから、
閉鎖される事を思えば、良しとしましょう(*´ω`)
2018年4月28日撮影時
2022年11月27日撮影時
当時、もっと写真を撮っておけば良かったなぁ~と思いました。
原付は、当時と変わっていませんが(^^ゞ
日高町池田から由良洞隧道を望む
隧道内のレンガ積みは遺されていますが、水溜りがひどいなぁ
写真では分かりにくいのですが、以前は、岩盤がむき出しでしたが
モルタルが吹き付けられています。
日高町側の由良洞隧道坑口付近
水溜りがあって私が見た時は、5㎝位の水深があったので、
歩行者(多分、いらっしゃらないと思いますが…)には、通行しづらいと思います。
何とか少しでも隧道内の排水をしようと近くにあった木で、
排水用の側溝を手掘りしたのですが…
途中まで掘りましたが、木の棒では限界がありました。
このまま真っすぐ掘り進めることが出来れば、
その先は、下り坂になっているので自然勾配があるので排水出来ますが、
そこまで掘ろうと思えば、とてもとても時間が足りませんでした(T_T)
落石防止や隧道坑口の崩落を防ぐためにも今回の措置は、仕方なかったのかも知れませんが、
明治期の近代土木構造物である事を考えれば、もう少し配慮があっても
良かったのでは?と個人的には思います。
また、このような先人が苦労して掘った隧道内のレンガに
スプレーで落書きがされていました( ノД`)シクシク…
私からすれば「何で、そんな事をするの??」という悲しい思いです。
ほんの少しでも、このような歴史的にも価値のある構造物に対して
敬意と良いますか、大切にしよう…という気持ちを持って
この由良洞隧道を利用して頂けたらと思ってしまいます。
恐らく落書きをされた人も、由良洞隧道が明治期における
地域の経済発展に多大な貢献を果たした事や
開通までの地域住民の苦労という歴史的背景を知っていれば、
このような落書きをする事は、無かったか信じたいです。
今回、由良洞隧道について熱くなってしまいましたが、
この後は、広川町井関まで走り、帰りは、鹿ヶ瀬トンネルを抜けて白浜へ走りました。
歴史的には、有田方面から御坊方面に行くには、
明治時代の短い間は、由良洞隧道ルートを通る道でしたが、水越峠や由良の峠越えは、
道が狭く勾配がキツかった事から、その後、鹿ヶ瀬隧道を通るルートに変更されました。
昭和になって紀勢本線(当時は、紀勢西線)が由良経由になった事から、
道路も再び、由良町を通る現在のルート(国道42号)に変更されたという
大雑把ですが、そのような経緯があります。
遠出の旅も良いですが、暫くは原点に返って?
50㏄原付バイクで近場を走ってみたいと思います(*´ω`*)
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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