花鳥風月・・・気ままな写真日記

ようこそ、どんこの小部屋へ。ゆっくりくつろいでください。
日常を出来得れば自然と融合したいと思っています。
 

関島秀樹ライブ  秋の夜長の音楽会 IN 荒尾

2008-09-29 | 郷土 荒尾
 平成20年9月29日(月)

関島秀樹は本市出身のシンガーソングラーターです。どんこの高校の後輩にも当たります。今回は地元のライブハウスにやってきました。



 ふるさとを忘れない彼は地元テレビ局のレギラーでもあり、滋賀在住にもかかわらず絶えず帰郷して熊本のファンとの接触を大事にしています。



 ♪「よかとこ荒尾」で幕開けです。



 京都から美原洋子さんも同行して盛り上げてくれました。時々合流されるそうです。



 ライブハウスは満席でした。写真には入りませんでしたが秀樹さんの両親も見えていました。



 花束贈呈では本人も大感激でした。



 まる2時間もの間、歌と語りで楽しませてくれました。「生きたらよか」  (「帰らんちゃよか」の原曲)「Doesn't mean forever」「家族」、新曲「コンクリートの街で」、熊本築城400年祭で作った「威風堂々」などなど・・・。



 来年はデビュー30周年を迎えます。地元の文化センター大ホールの1200席を満員にするのが夢だそうですが、多分間違いないでしょう。
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「やな(簗)場」  熊本県甲佐町

2008-09-27 | 紀行
 平成20年9月27日(土)

 一度は行ってみたいと思っていた「やな場」へ念願叶って行くことが出来ました。熊本県の東南部・甲佐町にあります。「清流のしぶきの上に建つあずま屋で味わう香り高いアユ料理」(パンフより)を食べさせる処です。



 玄関には野口雨情の歌碑があります。昭和16年(1941)甲佐町を訪れ、この「やな場」で「甲佐歌謡」を作詞、後に「甲佐小唄」として親しまれたと記してあります。『肥後の甲佐は鮎なら名所御簗落ち鮎見においで』の直筆の一節が刻まれています。



 「やな(簗)」とは「魚をとるために門の瀬に作る仕掛け。木の杭を打ち並べて、水をせき止め、一カ所、簗口にだけ流すようにし、そこの竹で編んだ簀(す)を敷き落ちてくる魚をとる」(パンフ)のです。



 ここの「やな(簗)」は寛永10年(1633)に設けられたと言いますから随分歴史ががあります。代々の肥後藩主も来遊されたとのことです。



 落ち鮎です。きれいな娘さんが馴れた手つきですくい上げました。



 定番の「やな場コース」。消費税・奉仕料込みで3,990円。もちろんご飯も付きます。



 ○印付近の座敷で食べました。



 来た時にはどしゃ降りでしたが、帰る頃には青空がのぞいていました。



 甲佐出身の親しい友人がいましたが、若くして亡くなりました。ああ、こんないい空気の下で青春時代までを過ごしていたのだなあと思いを馳せました。
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飛ぶ野鳥  蔵満海岸

2008-09-25 | 荒尾海岸の渡り鳥
 平成20年9月25日(火)

 春の季節のようにはいきませんが、海岸に北のシベリア方面から渡り鳥が見られるようになりました。今回は飛んでる姿をご紹介します。ジェット機に比べスローライフです。これは着地しようとしているところです。



 ダイゼンがほとんどですが、右側の茶色っぽいのはダイシャクシギです。手前の小さいのはシロチドリ、オオメダイチドリのようです。着地の際には大きなさえずる声が一斉に響きます。



 海岸は恰好のの散歩スポットにもなっています。人や犬が通ると鳥は集団で飛び立ちます。



 安全を確かめながらまた降り立つ体勢です。
 


 こちらは飛び立つ画像です。



 目をやると多良岳が海に浮かんでいるようでした。



 多いときには大小合わせて8種類以上の鳥たちが混在し、仲良くしています。



 この頃は梅雨時を思わせるような蒸し暑い日が続いています。
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ブルーインパルスの飛行 芦屋基地航空祭 (二)

2008-09-23 | お祭り
 平成20年9月23日(火)

 地上展示機の一部です。



 アメリカ空軍のグッズ販売もありました。



 米軍パイロットによるアクロバット飛行【ピッツ曲技飛行だった思います】はさすがでした。音のする方向にはもう機影がないので、探すのは鳥の数十倍神経を使いました。鳥は声と姿が同じ所にいるので、撮りやすいなあ。



 ブルーインパルスファンブレイクと言うそうです。薄雲が広がり、青空がないので写真写りがちょっと冴えませんでした。



 ブルーインパルスダーティーターン(かな?)



 急降下です。



 デルタダーティーローパス?なにせ早口の説明なので良く分かりません。相棒に聞けば自分で調べるといっぺんで覚えると相手にしてくれません。誘っておいてつれない返事です。来年はもう行ってやらないぞ!



 ワイドトゥ デルタループ。こんなカタカナを覚えるはずがないです。航空祭マニアのお方で、もし間違いにお気づきでしたらご教示ください。



 音もなく小さな機影が見え、あっという間に大きく真上を通った後で、轟音が聞こえるのに馴れた頃はもうおしまいです。大渋滞に巻き込まれないうちに帰途につきました。
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航空祭 (一)

2008-09-21 | お祭り
 平成20年9月21日(日)

 ヒコーキ大好きのカメラ仲間に誘われて芦屋基地航空祭に同行しました。「ヒコーキには興味がない」と尻込みすると「飛んでるのはヒコーキも鳥も同じだろ」と言われ、あ、そうかとうまくだまされました。
 人の多さには度肝を抜かれました。



 見物人、いや見学者は老若男女を問いません。どんこは「老」と「男」の一人二役でした。



 何とかかんとか、友人はカタカナで教えてくれましたが、あ、そうと聞き流していたために名前は分かりません。レーダーを持った最新式の兵器には間違いなさそうです。



 「航空学生ドリル栄誉礼」です。シャキッとしていましたね。○ージ○艦の水兵さんよりも頼りになるような感じでした。



 中央の隊員さんは家族サービスでしょうか。微笑ましかったです。



 独身とおぼしき隊員さんは初々しく、寸刻を惜しんで400円のカレーライスを掻き込んでいました。ニッポンは平和です。



 基地内には食べ物屋も開店し、大混雑していました。こんな風景ばかり撮っているうちに相棒たちは念願の飛行機ばかりを撮りにいって、いなくなっていました。



 次回は正真正銘、飛んでるヒコーキを紹介します。
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一人での探鳥

2008-09-19 | 荒尾海岸の渡り鳥
 平成20年9月19日(金)

 8月最終日曜日の荒尾海岸探鳥会の折には少なかった渡り鳥の姿がぼちぼち見られるようになりました。埋立工事が一段落した影響もあるかも知れません。ダイゼンが多っかたようです。



 ○印がダイシャクシギです。下に長く曲がったクチバシを持つ全長60センチの大型のシギです。



 反対に長いクチバシが上の方に反っているのがオオソリハシシギです。全長はダイシャクシギより20センチも短く、41センチ。



 翼を広げているダイゼン。これはチドリ科の鳥です。



 キョウジョシギです。



 手前がシロチドリ、向こうがオオメダイチドリでしょう。



 オオメダイチドリの夏羽は頚にかけての褐色が白っぽくなります。



 ハマシギが水浴びをしていました。



 やや遠くで投網をする人がいました。



 日暮れが迫ってきたので帰ることにしました。

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♪野道をゆけば・・・

2008-09-17 | 郷土 荒尾
 平成20年9月17日(水)

 どんこ菜園のそばに伸びているセイダカアワダチソウの花です。休耕の田畑に背丈以上に伸びて嫌われる外来種の雑草ですが花は可憐です。





 畦道を通って海へ出ました。雲海に浮かぶ雲仙普賢岳です。



 海岸近くの道ばたに咲いていたカンナです。野生なのでしょうか。



 畑の隅に植えてある八重咲きのダツラ・メテルです。もう盛りを過ぎてしおれかけていました。



 ゴマ畑をにゴマの花が咲いていました。



有明公園近くの観音様です。小さい頃から前を通るときにはお辞儀をする習慣がありました。



 近くのTさんちの木槿です。塀の内側に咲いています。



 早くも稲を刈った田んぼがありました。



 台風の進路が心配でたまらないどんこです。
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ブログ「花鳥風月」制作室  ブログ3周年

2008-09-15 | 生活、食べ物
 平成20年9月15日(月)

 9月2日はブログ3周年でした。早いものです。多くの方とお近づきになれて今ではもう生活の一部になっています。今回はどんこのブログの発信場所を紹介します。

 自分では“書斎”のつもりですが、連れ合いに言わせれば“散らかし場”なのだそうです。下手に掃除をされては品物や道具の行方が分からなくなるので、もうウン十年、他人様には掃除などしてもらったことがありません。9畳という長方形の城主を永年やっています。



 17ミリ広角レンズで写していますので、周辺が歪んで見えますが、草庵と言えどもまだ崩れてはいません。整理整頓の才能は親からまるきし受け継ぎませんでした。でも何がどこにあるかは、99.9%は分かります。



 一応は応接テーブルとソファーがありますが、荷物置き場として多目的に利用し、大変重宝しています。もう一つのソファー椅子は通行の邪魔になるので隣のどんこ専用8畳寝室に移しています。ここにも作りつけの本棚があります。広縁には机・椅子を置いていますがこれまた有効な物置になっています。端にはまた作りつけ本棚を設けています。さすがに大工が嫌がりました。
 来客は野鳥の会のYさん以外は滅多に招き入れません。Yさんは余りの散らかりように最初は珍鳥を見た時のように目を丸くしてましたが、馴れてきてさほど驚かれなくなり、入るなりソファーの物を適当にどけて、座っています。



 ここには「男はつらいよ」のビデオ全47巻や製作した子どもや孫のビデオ作品やCD、DVDなどの作品を2段に分けて収納しています。モニターテレビやビデオデッキなどもこの下に置いています。



 今は雑多な物置兼ブログ製作室と自認しています。



 ご覧のように人様を招き入れるような所ではありません。連れ合いはとっくに諦めて、孤高の城主を粗大ゴミを眺めるような視線を時々送ります。



 三女が就職した頃土産に持ってきたオモチャです。天井に下げています。スイッチを入れると勢いよく回り、切らない限り音を立てて、電池が切れるまで回り続けます。



 チョロ・ツーが一時は欲しがりましたが、結構危ないのでそのままここに、城主を見下ろしています。
 城主は、総理は捨ててもなぜか議員は捨てない、理事長は辞めてもなぜか理事は辞めないおかしなトップの姿勢などでストレスを感じると、スイッチを入れ、グルグルと同じ所を旋回するジャンボ機に見入ることにしています。
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また柳川へ (二) どんこ舟

2008-09-13 | 紀行
平成20年9月13日(土)

 一挙に柳川紀行をアップします。かんぽの宿柳川の北側は濠になっていて、客を乗せたどんこ舟の往き来が良く見られます。御花の玄関の方角から下ってきているどんこ舟です。船頭はユーモアたっぷりのガイドをしたり、唄を歌ってくれたりします。



 若い女性客が多いと張り合いがあるといつぞやは聞いたことがあります。この舟からは笑い声があふれていました。



 仲睦まじい老夫婦でした。「写真撮らせてもらいます」と声をかけると「モデル料は高いよ」と笑って答えてくれました。木製の橋は御花、松濤園へ通じるその名もゆかしい「出逢い橋」です。



 赤いカンナの花が燃えるように咲いていました。



 橋を渡ると客が一人もいないバーベキューのテーブルがずらり並んでいました。



 沖端通りの水面に映った水天宮の影が揺れていました。



 なぜかヘビを2匹も見ました。1匹は濠を悠々と泳ぎ、もう1匹は松濤園東園でセミの穴らしきところに頭を突っ込んでいました。私は蜘蛛は苦手ですが、ヘビはさほどではありません。
 若い女性がヘビの方へ歩いていくので「ヘビがいますよ。尻尾を踏まないようにね」と教えたら気味悪がっていました。

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また柳川へ (一)

2008-09-11 | 紀行
 平成20年9月11日(木)

 お隣の福岡県柳川が近くなりました。沿岸道路の一部開通によるお陰です。思いついたら30分そこそこで行けるようになりました。少し元気が回復してじっとしていられないどんこです。
 地盤沈下で一時中断していた矢部川橋(仮称)の工事も再開され急ピッチで工事が進行しています。みやま市と柳川市をまたぎます。総延長は517メートル。高さ約87.5メートルの主塔2本からケーブルで橋げたを支えるコンクリート製の斜張橋で、主塔間の距離は国内最長の261メートルだそうです(資料より)。
 沿岸道路の駐車帯に車を止めて撮りました。



 これは町道に降りて写しました。なかなかダイナミックな姿です。



 橋のことは良く分かりませんが、どちらかと言えば男っぽいスタイルになりそうです。公募した正式名称もやがて決まり、来春には開通の予定です。



 沖端をぶらつきました。西福寺でしょうか。古い楼門が時代を感じさせます。



 柳川藩学問の祖安東省庵先生生家の庭石と彫られていました。



 これも古い店先のうなぎ屋です。散策しているとあちこちのうなぎ屋からいい匂いがしてきます。



 これとは別の店で、肝吸い付きの特製うなぎせいろをいただきました。値段?はい、2,500円でした。



 次回は「どんこ舟の川下り」で締めくくります。
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昔の光・・・

2008-09-09 | 風景
 平成20年9月9日(火)

 荒尾特産の梨を紹介しましたが、ぶらついているうちに、以前華やかだった所がさびれている様子が気になりました。
 山小屋会館は十数年前までは当市の代表的な大型レストランで、結婚式等各種宴会で賑わったところでした。倒産して長い間取り壊されもせず廃墟となっています。看板も残ったままです。専務はN大の相撲部出で、九州場所を終えた横綱を初め関取衆が必ず訪れる所でした。昔日の面影は微塵もありません。



 このレストランが経営していたパチンコ屋も廃墟のままです。



 すぐ東隣にある赤田ゴルフ練習場です。閉鎖されて随分経ちます。その昔、プロゴルファーになる前、尾崎将司も通っていたことがあります。西鉄ライオンズを退団した頃です。どんこも若い頃、良く通い、話し好きのご主人から指南を受けたものです。



 練習ボールは放置されたままです。広大な敷地は荒れるに任せ、夏草が伸びていました。



 「野球経験者はスライスする癖があるけん、早く直さにゃ」。ご主人のアドバイスが今にも聞こえそうな気がします。麦わら帽子が昔のまま残っていました。



 このゴルフ練習場から歩いて10分もかからないところに赤田公園があります。桜の頃、紅葉の頃と大勢の客で賑わった公園です。中ノ島には貸しボートやを営む店がありました。



 近年、北側に駐車場や展望台等が整備されましたが、休日でさえ訪れる人がほとんどいません。素晴らしい景観なのになぜかさびれる一方です。



 店舗兼住まいだった家は釘付けされて、ゴミが散乱していました。犬の吠える声が聞こえました。飼い犬が残っているのか野犬なのか、姿は見えませんでした。子どもが小さい頃には良くボート遊びにきていました。壊れたボートの残骸が湖面に浮かんでいました。



 次には元気な荒尾をアップ出来ればと思っています。
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初秋の夕焼け

2008-09-07 | 荒尾海岸
 平成20年9月7日(日)

 残暑が厳しいとは言え、空気が澄んでくると夕焼け空が美しい季節を迎えます。干潮で沖まで干潟になっています。有明海は潮の干満の差が大きいことで知られています。向こうの山は長崎県と佐賀県にまたがる多良岳です。



 茜色もこれから段々冴えてきます。



 縞模様のコントラストが私は好きです。



 恋人たちが夕日を浴びながら語らいを続けていました。



 やや南に目を向けると雲に覆われた雲仙普賢岳が見えます。白く光っているのは長州港と対岸の多比良港とを結ぶ有明フェリーの船体です。



 上空には眉月がかかっていました。9月3日の夕方です。

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荒尾海岸 探鳥会

2008-09-05 | 荒尾海岸の渡り鳥
 平成20年9月5日(金)

 8月の最終日曜日の31日、体調も回復したので参加しました。正式名称は荒尾玉名地区探鳥会です。27名の参加がありました。今回はアメリカからも2名の参加がありました。残暑が厳しく、3時間も陽に照らされての行動は病み上がりにはこたえました。



 しかも鳥の群れは見られず、世話役のYさんはやきもきしていました。後半、南よりの牛水(うしのみず)地区の浜辺にちらほらと見られました。それでも終わって鳥合わせをしたら、山野の鳥を含めて27種を確認できました。



 水辺の鳥はコサギ、アオサギ、シロチドリ、メダイチドリ、オオメダイチドリ、ダイゼン、キョウジョシギ、トウネン、ハマシギ、イソシギ、ウミネコなどでした。他にミサゴ、コゲラ、ヤマガラ、シジュウカラ、ホオジロ、カワラヒワなども報告されました。双眼鏡で確認は出来ても撮れない鳥もいました。
 ちょっと珍しかったオオメダイチドリです。





 先日は50羽はいたダイゼンもほんの数羽しかいませんでした。


  
 キョウジョシギ(左)です。私は1羽しか見かけませんでした。



 たまにはこういうポーズも見られます。左:オオメダイチドリ。右:シロチドリです。



 砂が埋立に使われ、削り取られたため、今まで赤の点線までだった波打ち際がなくなりました。潮が防波堤のそばまで押し寄せて、鳥の憩いの場が奪われています。北側の一部港付近です。

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荒尾梨の季節

2008-09-03 | 郷土 荒尾
 平成20年9月3日(水)

 当地は荒尾梨と言う梨の名産地です。この時期は梨園直営の販売店が軒並み旗を掲げドライバーの引き留めに力を入れます。最近はHPを開設し、ネットで注文を受け発送する梨農家も増えてきました。



 今の時期は豊水という品種が出回っています。



 新水、幸水、新幸、豊水、秋月そしてジャンボ梨・新高へと出回っていきます。最近は愛甘水と言う糖度の高い新品種も生まれたそうです。
 同級生のK子さんがご主人と大事に育てている新高梨園です。小規模ですが美味しい梨を提供してくれています。毎年10月に、ここから皆さんに喜ばれる新高梨をどんこも各地へ送り届けています。



 これまで台風の襲来もなく、順調に生育しています。初ちぎりの豊水をこんなにたくさんいただきました。



 梨の他に葡萄を販売している露店もあります。



 平日はなかなか売れないと老夫婦はこぼしていました。



 この巨峰で800円でした。



 桃は別の店で買いました。少し傷んでいたので1,000円でした。



 荒尾梨の栽培は明治末期より始まりました。現在栽培農家は約200戸、生産量は約2千トンです。ジャンボ梨「新高」は、新潟県の「天の川」と高知県の「今村秋」という品種を交配して作られ、新潟県の「新」、高知県の「高」を取って「新高」という名前になったと言われています。
 荒尾梨はの育ての親は松尾茂氏と関島増男氏。関島増男氏はシンガソングライターの関島秀樹さんの祖父にあたります。
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稲実る

2008-09-01 | 生活、食べ物
 平成20年9月1日(月)

 まだまだ残暑が厳しい中、ぶらりと田園地帯を歩いてみました。遠く雲仙普賢岳が見える浦川周辺の田んぼは実りの秋を迎えようとしています。



 これまで台風の接近もなく順調に生育しています。新聞では「やや良」との今年の県下の成績です。



 「たわわに・・・」と言う表現はうまく付けたものですね。



 浦川に架かる「思案橋」の上をどこか、見学にでも行ったのでしょうか、保育園児が戻っていくところでした。「カメラのおっちゃんだ。ボクたちば、撮ってえ~」と言う黄色い声が聞こえてきました。



 「まあだボクたちば撮りおらす」と後ろの赤い帽子の子が言っていました。ハイハイ、性懲りもなくシャッターを押しているどんこです。



 正面の小高い丘陵の向こうに保育所はあります。きつい坂をきっと子どもたちは元気に登っていったのでしょうね。



 今年はスズメバチが低い所に巣を作っているようです。そんな年は台風が多いそうですが、そうならないよう願っています。 
 9月のポストカード。「早稲」は秋の季語。加賀百万石の大国のイメージを形象した句と言われています。

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