2/18に防災・減災についての企画をします。お気軽にご参加ください。
参考の新聞記事です。
神戸新聞「命の記録/災害弱者6ヶ月」
激震と津波に耐えながら、その後も命の危機にさらされる「災害弱者」たち。そうした命に寄り添い、守ろうとする人たち。発生6カ月。東日本大震災の被災地を歩いた。
バックナンバー
(8)継承孤独死防げ寄り添う心(2011/09/15)
(7)共生仮設後の暮らし見えず(2011/09/14)
(6)遮断介護打ち切り 死を意識(2011/09/13)
(5)耐乏戻った自宅食料もなく(2011/09/11)
(4)差別健常者との壁 被災後も(2011/09/10)
(3)不安避難所 残るのは高齢者(2011/09/09)
(2)恐怖停電止まった呼吸器(2011/09/08)
(1)無念冷えた体 避難所の死(2011/09/07)
http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/shakai/201109inochi/
産経新聞「届かない支援/被災障害者の今」
被災障害者の今 (上)見えぬ全容「どこに避難しているのだろうか」
2011.8.19 20:45 (1/2ページ)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110819/trd11081920480017-n1.htm
被災障害者の今 (中)「動くだけで迷惑がかかる」と避難所去る
2011.8.20 18:47 (1/2ページ)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110820/trd11082018510015-n1.htm
被災障害者の今(下)行政を縛る“公平”の建前
2011.8.21 20:32 (1/3ページ)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110821/trd11082120340012-n1.htm
■地震!何が困る?誰が困る?~災害弱者の経験から防災・減災を学ぼう
不安だけど、何をしたらいいかわからない?そんな時は元気な人の話を聞いてみよう!
<日時>平成24年(2012年)2月18日(土)午後2時~3時30分
<場所>ゆう・ゆうプラザ(和泉市立人権文化センター)4階第一研修室
大阪府和泉市伯太町6-1-20/JR阪和線信太山駅200M
参加申込:2月7日(火)から下記主催者電話、FAX、Eメールにて受け付けます。当日座席に余裕があれば事前連絡なしでも参加できます。お気軽にご来場ください。(定員30人/参加無料)
講師:橘高千秋(きったか・ちあき)さん/NPO法人ゆめ風基金
大阪ボランティア協会事務局、障害者作業所を経て、1995年3月から1997年3月にかけて阪神淡路大震災障害者救援本部事務局を務める。1997年4月からはNPO法人ゆめ風基金事務局長に就任し現在に至る。
(ひとこと)「東北関東大震災でも避難所運営や仮設住宅など阪神淡路大震災の教訓が生かされておらず痛恨の極み。助かった生命を守る避難所づくりや共に生きる防災のまちづくりを市民の力で進めていかなければ、と痛感する日々。」
特定非営利活動法人ゆめ風基金
http://yumekaze.in.coocan.jp/
より
ゆめ風基金とは
16年経過のいま、そして先へゆめ高く……
あのとき、障害者市民は…
1995年1月17日5時46分、あのときから16年が経過しました。「水の星」といわれる生きものの星、地球。その大自然のふところで暮らす私たち。人間社会は自然の営みに畏敬を抱きつつ、人災をいかに少なくできるかを考え続けた、あの大震災でした。
もし戦争が起こったとき(絶対に起こしてはなりませんが)、障害者市民はどうなるか?いつも心の片隅に抱いていた恐れや不安が、あのときは残念にも現実になりました。避難所になった学校や会館そして仮設住宅は、障害者市民にはとても使えるものではなく、情報など生活に最低限必要なことさえ「後回し」にされたのです。とくに視覚や聴覚そして知的に障害がある市民には非常事態における被害が直撃しました。
しかし、被災した障害者たちは…
ところが直後の障害者たちは意外なほど元気でした。地域で暮らす障害者市民は、ふだんから「助け合いネットワーク」を組織していて、すぐに「障害者救援本部」と被災地障害者センター」を立ち上げ、全国に広く支援を呼びかけました。おかげさまで、多くの救援物資と約1億5000万円のカンパが寄せられ、当面の介助者派遣体制や障害者用プレハブ建設、各団体への見舞い金など、仲間への支援活動ができたのです。
こうした全国からの支援に力づけられた被災地の障害者たちは、一般より早く届いた救援物資を活用して、寒さにふるえる地域の人びとに豚汁を炊き出し、独居の高齢者に手づくりの弁当を配りました。この行動を知った全国の障害者市民は、どれだけ励まされたことでしょう。それが被災した障害者を支援する【ゆめ風基金】構想の原動力になりました。
【ゆめ風基金】を呼びかけて16年…
あの大震災の5か月後に、ふだんから非常事態に備えておこうと【ゆめ風基金】運動が発足しました。あれから16年、この間にご支援くださった方は1万人あまり、基金も2億円を超えたところです。おかげさまで、いつ、どこで大災害が起きても、その地の障害者たちがすぐに支援活動を展開できる資金面のメドが立ちました。ありがとうございます。
われわれのモットーは「ほんとうに必要なところへ確実にしっかり届けたい」です。そこで、いち早く正確な情報が得られるネットワーク「ゆめ風ネット」を、少なくても都道府県に1ヵ所はほしくて、いま全国に募っています(現在49ヵ所)。また、2001年にNPO法人格を取得して基金の透明性をより明確化することができました。
これまでに支援できたのは、阪神大震災はもとより、北関東豪雨、トルコと台湾大地震、有珠山噴火、東海豪雨、鳥取地震、インドとエルサルバドル大地震、十勝沖地震、北陸豪雨など、累計39,074,009円です(協働の「被災地障害者センター」がいつも1割をプラス)。海外の障害者まで支援できるなんて思いもしませんでした。ご支援くださった方々に心から感謝しています。そして、阪神大震災で被害に遭った障害者団体17ヵ所に無利子の貸し付け8850万円を行ってきました(完済)。
新たな【ゆめ風基金】、これからの10ヵ年計画は死者を一人も出さないために。
これまでの16年の「資金面の支援」はもちろん継続しますが、これからの10年は誰ひとり死なないための「防災・減災」に力を注ぎます。いかに空前絶後の天変地異が起きても自然を敬い畏れつつ、つねに「死者を一人も出さない」アイデアを広く求め、それらを集約し、さまざまな機会に発信し続けます。