知らない世界へ帰りたい(日本探求)

自分の祖先はどんなことを考えていたのか・・・日本人の来し方、行く末を読み解く試み(本棚10)。

「土門 拳」

2010年01月03日 07時54分09秒 | 日本人論
寝正月に、録画しておいたNHK-BS『巨匠たちの肖像:写真家・土門拳~仏を睨む目~』を視聴しました。
『日本人論』とはちょっと離れた人物かもしれませんが、その真意は「ありのままの日本を残したい」という精神だと感じましたので、ここに記すことにしました。

土門拳は有名な写真家です。
報道写真に始まり、仏像、ヒロシマ、筑豊炭鉱などインパクトのある写真集を残しています。
実は、正直云って私はあまり興味がありませんでした。土門氏というより「写真」一般に関してですが。

しかし、この番組を見て認識が変わりました。
一枚の写真に注がれる写真家の執念を見せつけられたのです。

土門氏は戦中は報道写真家として国威昂揚を主旨とした雑誌の表紙写真を撮り名を上げたそうです。
戦後、その「やらせ写真」に嫌気がさし、撮る気力が失せた時期がありました。
その時、ある人の薦めで室生寺の写真を撮る機会が訪れました。
彼の転機です。
仏の凛とした美しさに魅せられ、虜になり、そこから有名な「古寺巡礼」の旅が始まったのです。

彼は仏を撮影するときに被写体と「対峙」します。
なぜこの仏がこれほどまでにヒトの心をつかむのか、凝視し続けます。
その時間は半日及ぶこともあったそうです。
そして仏が睨み返す、その瞬間が訪れます。
すなわち、仏がもっとも魅力を放つ角度と距離が決まる瞬間です。

また、彼の写真は隅から隅までピントが合っています。
力をもって迫ってくる勢いの大きな要素ですね。
デジカメで写真を撮る私にも、ピントが全てに合うなんて不思議なことがわかります・・・どうしたらそんな風に撮れるんだろう?

秘密は「絞り」にありました。
写真は絞りによりピントが合う範囲が左右されます。
絞りを開く(ヒトの目でいえば瞳孔が開くこと)とたくさんの光が入り明るい写真になる一方で、ピントが合う範囲が狭くなり、逆に絞りを絞ると暗い写真になるけどピントが合う範囲が広くなるそうです。
土門氏はその絞りを極限の64に絞って撮影に臨みました。
すると隅々までピントが合うが、暗い写真・・・そこでフラッシュの出番です。
そのフラッシュにもこだわりがありました。
「閃光電球」という今は製造されていない、特殊なフラッシュを用いました。
まんべんなく周囲を明るくするのではなく、一方向だけ・ある部分だけ光を照らすタイプだそうです。
フラッシュの距離と位置を塾考して調節することにより、仏の本来の表情・魅力を照らし出す・・・まるで彫刻のようです。

昨今、仏像は「癒し」の対象として語られることが増えましたが、土門氏の写真は「鑑賞者」というより「制作者」に近い視点だと感じました。
クラシック音楽の演奏者にも二つのタイプがいます。
楽曲の素晴らしさを啓蒙するタイプと、音楽を造った作曲者に肉薄するタイプ。
後者の代表の一人はグレン・グールドですね。
演奏会を行わず、スタジオに籠もって鼻歌を歌いながらバッハを演奏する彼のピアノは造る喜びに満ちています。

土門氏は「写真集」にこだわったと伝えられています。
戦意昂揚の「やらせ写真」は時代が変われば消えてしまいます。
それに嫌気がさした反動で、今ここにある日本の真の姿を残る形で収めたかったのでしょう。即ち、原爆に被災したヒロシマの姿であり、消えゆく筑豊炭鉱の姿でありました。
昭和という時代の「日本」が、彼の写真の中にしっかりと残されています。

※ その後、土門氏の写真集を2点、購入しました。

■「土門拳の昭和」全5巻
1.風貌
2.子どもたち
3.日本の風景
4.ドキュメント日本
5.日本の仏像
 すべて力を持って迫ってくる写真集ですが、一番印象に残ったのは第二巻の「子どもたち」です。昭和20~30年代の貧しい時代にもかかわらず、子どもたちの表情は生き生きしています。じゃれ合い、ケンカしながらたくましく育っていく子どもたちの目には夢のある未来が見えているのでしょう。
 翻って、現在の日本はどうでしょうか。
 デパートのゲームコーナーに行くと騒音の中、無表情でヒトを殺し合う戦闘ゲームに熱中する子どもたちを見かけます。そのまなざしはうつろで、背筋がゾッとしたことがあります。
 土門氏も「昭和30年代以降は子どものいる場所と時間が奪われ、天真爛漫な子どもたちがいなくなってしまった」と嘆いています。

■「古寺巡礼」(国際版)全5巻
ネット・オークションで安価で購入しましたが、発売当時は36万円だったとか。
本が届いてビックリしました。
大きい!重い!
1冊3kgくらいあります。写真集というより、家具ですね。
ゆっくりじっくり、眺めたいと思います。

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