知らない世界へ帰りたい(日本探求)

自分の祖先はどんなことを考えていたのか・・・日本人の来し方、行く末を読み解く試み(本棚10)。

『潜れ~潜れ~ 対馬の海女さん物語』

2017年08月24日 22時19分45秒 | ふるさと
第25回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
潜れ~潜れ~ 対馬の海女さん物語』 83歳で現役!離島・対馬の伝統海女
(制作:テレビ長崎)
(2017.8.21:フジテレビ)



 海女さんは絶滅危惧種の職業です。
 その消えゆく文化の一部を見せてくれた番組内容でした。

<番組紹介>
 対馬で最高齢の海女・梅野秀子さんは83歳!自ら船を操縦しアワビやサザエを素潜りでとる。長崎県対馬市の漁業は島の基幹産業であり、サザエは日本一、アワビは全有数の水揚げを誇る。その一端を担っている秀子さんは、かつて島の殿さまから特権を与えられた島全域の海を知る対馬伝統の海女の一人。若い頃は全国でも名高い裸海女として活躍し、結婚後は海女の稼ぎで家族を養ってきた。一人暮らしの今は地域の人たちと触れ合いながら、冬でも大好きな海に潜る。底抜けに明るい海女さんの日常から島の姿が見えてくる。厳しい自然の中、今も潜り続ける理由とは?
 800年に及ぶ対馬の海女の歴史を受け継ぐ海女さんが、今も潜り続けている。このことがきっかけとなり取材が始まった。九州の最北端・玄海灘に浮かぶ長崎県対馬市、人口3万2千人、約9割が険しい山林に覆われている。韓国までの距離はわずか49.5キロの国境の島。かつて大陸との交通の要所として栄え、地理的な背景から国の天然記念物ツシマヤマネコを始め、数多くの希少な動植物が数多く生息している。独自の歴史や文化、手つかずの自然は島の観光資源として広く知られている。しかし、対馬に伝統の海女がいることは地元長崎県内でもほとんど知られていない。ある日、対馬で電器店を営む通信員から「近所にすごい海女さんがいる、83歳で海に潜っている」という話を聞いた。なんでも自分で船を操縦したり、車を運転し、真冬でも海に潜るそうだ。今まで対馬の海女にスポットが当たったことがない、しかも83歳の海女さんとは、なんてパワフル!きっと誰もが元気をもらえるだろうと島に飛んだ。
 梅野秀子さん、83歳。15歳のときに母親から言われたある言葉で海女になり、今もその言葉を大切にしているという。大きな声で「海が好きで好きでたまらない」と話し、1枚のモノクロ写真を見せてくれた。海に向かってフンドシ1枚で堂々と立つ20歳頃の秀子さんが写っていた。自然と一体になった美しくたくましい海女の姿に圧倒された。「昔はね、フンドシで対馬全域を潜りよったと。雪の降る日でもね、だけん今でも元気かと。ハハハハ」その写真とキュートな人柄に引き込まれ、撮影を決めた。すると対馬で最高齢の現役海女であること、ほかにも興味深いことが次々とわかってきた。
 対馬の海女文化は800年前、日本の海女発祥の地とされる福岡県鐘崎の海女が対馬の曲(まがり)という地区にやってきたことから始まったと伝えられていた。曲の海女たちは島の殿さまにある理由から優遇され、対馬全域での海女漁が特別に許されていたのだ。曲の海女は一年中船で暮らし、島を一周しながら漁に励んだ。真冬でも潜水を優先させフンドシ一枚、全国屈指の潜水技術でたけだけしく海に潜った。そして、その歴史は戦後まで脈々と受け継がれていた。実は秀子さん、戦後まで続いていた対馬全域の海を知る由緒ある曲の海女だったのだ。番組の見所は伝統の海女・秀子さんの潜り。そして島で暮らす日々から見えてくる海女としての人生、対馬の現状。
 83歳の秀子さんは夫を亡くし一人暮らし。近所に住む幼なじみの海女・愛子さんや隣に住む小学4年の百花ちゃん、地元漁協、地域に住む人たちと触れ合いながら過ごしている。海に入れることが何よりの幸せ、しかし昔に比べ海の環境は変わり、思うような漁はできない。対馬全域の海を知る由緒ある海女はわずか3人になった。島に伝わる珍しい風習や祭りはどんどん失われていく。日本の10年先の姿を映すといわれる離島、対馬の過疎・高齢化も深刻だ。
 その一方で韓国人観光客は人口の6倍以上、年間21万人を超し、低迷する経済を支えている。自然と周りが変わっていく中、秀子さんは潜り続ける。一日でも長く潜れるよう無理はしない。自分の身体のことは自分が一番よく分かっている。都会で働く二人の息子はそれぞれ家庭を持ち、めったに帰ってこられない。そうしたある日のこと、長男が数年ぶりに島にやってきた。離れて暮らす親子には考えなければならい現実があった。自然にあらがわず、たくましく生きる海女さんを通し、自然、家族、人生を問いかける。





★ディレクター・安田朝香(テレビ長崎制作部)コメント
「細長い手足でぐんぐん潜る様子はまるで人魚のようでした。現役海女の梅野秀子さんは83歳、今も1分半以上息を止め、真冬でも大好きな海に潜ります。いつも底抜けに明るくユニーク、なんてパワフルなおばあちゃん、元気の源はなんだろうと取材を重ねました。すると、ただ明るいだけではなく自然を敬い、1日1日を愛おしく大切に暮らしていることが見えてきました。そしてそこには厳しい海女の修行に耐え家族を養ってきたこと、毎日命がけで生きてきたからこそ、全てのことに感謝して暮らしていることがわかったのです。自然や伝統、当たり前にあったものが失われていく世の中で、秀子さんは自然にあらがわずあるがままたくましく生きています。そのまっすぐな姿勢から、忘れてしまっている大切な何かを感じとってもらえたらと思います」

「東日本大震災の記憶を紡ぐ紙芝居」

2017年08月17日 08時00分53秒 | 震災
 紙芝居には不思議な力があると思います。
 読み手の思いを直接手渡しすることができるからでしょうか。
 繰り返し繰り返し・・・。


■ TOMORROW「記憶を紡ぐ紙芝居」
2015年11月8日:NHK BS-1
【語り】ステュウット・ヴァーナム・アットキン
 詳細大震災と原発事故に見舞われた福島県で、当時の出来事を紙芝居で語り継ごうという活動が続いている。発起人は広島の紙芝居作家、福本英伸さん。福島に足を運んでは取材を重ね、数々の作品を描いてきた。番組では、震災から4日間避難指示区域に取り残された人々の体験談と、5人の命を救った後に津波で命を落とした少年の物語を紹介。制作に至った背景や込められた思いをひも解き、紙芝居として生き続ける震災の記憶を見つめる。


<関連記事>
■ “震災の記憶”後世に 浪江まち物語つたえ隊が体験紹介
2015年3月11日 福島民友ニュース
「被災地の現実を知ってほしい」と各地で紙芝居の上演を続ける浪江まち物語つたえ隊

 県外で東日本大震災の記憶が薄れつつある中、風化防止に向けて被災者が「語り部」となり、自身の体験を伝える取り組みが各地で行われている。子どもたちに震災の教訓を継承しようと、震災から丸4年の節目に合わせて公立学校は防災の授業を行う。津波で被災した車や駅の改札口、道路標識などを「震災遺産(震災遺構)」として保存する動きも出ているが、当時の悲惨な光景を呼び起こすとして複雑な思いを抱く住民もいる。震災の記憶をどのように受け継いでいくのかが問われている。
 東京電力福島第1原発事故の影響で避難する浪江町民と、避難先の住民らが被災した体験を紙芝居にし震災の記憶として伝えている。「被災地の現実を知ってほしい」。震災から4年がたち、明るい話題も出てきたが、復興の影に隠れてしまいがちな被災者の思いを紙芝居で紡ぐ。
 紙芝居を披露するのは浪江町と桑折町、伊達市保原町の語り部有志で昨年4月に発足した「浪江まち物語つたえ隊」。広島市の市民団体の協力で古里の民話を紙芝居にして各地で上演。これまで制作した紙芝居は37作品に上る。
 被災体験を伝える最初の作品となったのは、浪江町の語り部で2012(平成24)年6月に84歳で亡くなった佐々木ヤス子さんが、避難の体験をつづった手記を基に作られた「見えない雲の下で」。佐々木さんから語り部について教わり、続ける約束をした八島妃彩さん(49)=浪江町=が読み手として思いを引き継ぐ。原発事故直後の不安な気持ちを思い起こさせる物語は、被災者の共感を得ているほか、被災していない人々の心も打つ。原発事故から時間がたつにつれて「(世間が)鈍感になっている部分がある」と感じる八島さんは「まだまだ復興が進んでいないことを知ってほしい」と話す。
 桑折町と伊達市のメンバーが加わったことで読み手が増え、活動の幅が広がった。8日には、東京で開かれたイベントで紙芝居を披露し、首都圏の人々に震災の記憶と被災地の現状を訴えた。同隊の小沢是寛会長(69)=浪江町=は「震災と原発事故を風化させてはいけない。そのために現実を伝え続けたい」と思いを語る。

 浜通り中心に語り部活動 
 県によると、被災者が震災の語り部となり体験を伝えるツアーの受け入れが相馬市やいわき市など浜通りを中心に行われている。県は2012(平成24)年にふくしま観光復興支援センターを設立。県外から寄せられるツアーや防災研修などの問い合わせに答え、観光協会や自治体など県内各地の受け入れ団体を紹介している。
 同センターが取り次いだ数は12年度が月平均で約700人、13年度は約1000人に上り、本年度は約700人という。同センターに登録する語り部の数は約180人で、地域復興の取り組みなども紹介している。

「ただぬくもりが欲しかった~戦争孤児たちの戦後史~」

2017年08月17日 07時31分25秒 | 戦争
ただぬくもりが欲しかった~戦争孤児たちの戦後史~
(2017.8.13:NHK)



<内容>
過去を知られたくない、つらい記憶を思い出したくないと、路上生活を送った戦争孤児たちは、その経験をほとんど語ってこなかった。そんな中、孤児たちの戦後を記録しようと、全国規模の調査が始まっている。高齢となった孤児たちは、つらい記憶をようやく語り始めた。餓死する仲間たち、生きるために働いた盗み、周囲の冷たい目、そして差別…見えてきたのは、戦争の犠牲者なのに社会からさげすまれた孤児たちの姿だった。


 「学童疎開が大量の戦争孤児を作ってしまった」という文言は衝撃的でした。
 それから、子ども心には「親しかった人達から拒絶される経験は人間不信を生む」こともわかりました。
 学童疎開先は親戚が多く、しかし東京の両親が亡くなるとその子どもは親戚にとってお荷物以外の何物でもなくなります。
 優しかった親戚のお兄ちゃん、お姉ちゃんの態度は一変し、蔑まされ、虐められます。

 番組に登場する目の不自由な老人(写真の男性)もその1人で、「大人が始めた戦争なのに、なぜ俺がこんなひどい目に遭うんだ・・・一生社会に反抗して生きてやる」と当時思ったそうです。
 しかしその後、疥癬でボロボロになった皮膚を撫でて同情し風呂に連れて行ってくれた大人と出会い、希望を持って生きることができるようになり、マッサージを勉強して生業(なりわい)としたという人生。

 戦争孤児が取り上げられるようになったのは、つい最近のこと。
 社会的な力がない存在はいつの時代にも後回しにされてしまいがちです。

「若冲〜天才絵師の謎に迫る」

2017年08月11日 16時18分01秒 | 日本の美
若冲〜天才絵師の謎に迫る
2016.4.27放映、NHKスペシャル



<内容紹介>
 80年以上、行方が分からず美術の世界で“幻”とされてきた絵が見つかった。鳳凰と孔雀を描いた双幅画。江戸時代「神の手を持つ男」と呼ばれた天才絵師・伊藤若冲(1716‐1800)の真筆だと鑑定され、修復作業が進められている。奇しくも今年は、若冲生誕300年の年。江戸美術の傑作と言われ、生命の躍動を描いた「動植綵絵」、そして世界的コレクターの秘蔵作など、世界屈指の作品群が次々と公開される。NHKでは発見された絵や、全国の若冲の傑作に秘められた謎と魅力を徹底究明。最新の分析で浮かび上がる天才絵師の神技に迫る。さらに特別な許可を得て、200年間公開されてこなかった“天井画”、劣化を避けるために立ち入り禁止となった“黄金の間”など、秘蔵中の秘蔵の作品を高精細カメラで撮影。超細密な筆致と生命のエネルギーあふれる色彩が織りなす若冲の世界を伝える。


近年、メディアを賑わせる伊藤若冲。
200年以上前の江戸時代に生きた謎の絵師。
流派に属さず、独学で我流、自由奔放・奇想天外なテクニックを用いて描ききった作品の数々。
現代でも通じる細密性と彩色を兼ね備えています。

しかも下書きをせず、直した形跡も見当たらず、超人的な集中力と云わざるを得ません。
感覚が鋭敏で、ふつうの人間よりいろんなものが見えてしまう・・・宮沢賢治を思い出します。

天才にありがちだですが、やはり当時は評価されなかったようです。
残した言葉は一つ:
「千載具眼の徒を竢つ」(せんさいぐがんのとをまつ)
・・・ 私の絵は遅くとも千年後には理解されるだろう、という意味らしい。
<群鶏図>

すべて羽模様の異なる鶏を線を使わずに描いています。発色の鮮やかさや微妙な濃淡は、重ね塗りの回数や裏塗りという技法を用いています。








インパクトのある「群鶏図」や「樹花鳥獣図屏風」が有名ですが、私が一番印象に残ったのは最後に出てきた蓮池図(大阪府西福寺)でした。



若冲さん、ご安心ください。
300年も経たずに理解され始めていますよ。
日本にとどまらず、海外でも研究されて評価急上昇中。


<追記>
もう一つ、若冲関連の録画番組がありました。

■ ザ・ドキュメンタリー「いのちの不思議を見つめた絵師 若冲は生きている」
2016.12.22:BS朝日
 江戸時代中期、京都で生まれた天才絵師・伊藤若冲。今年は生誕300年の年に当たり、日本中が若冲ブームに沸いています。
 若冲が生涯かけて描き続けたのは鳥、動物、虫、魚、草花など。若冲はそれらを精密にそして色鮮やかな筆致で描写しました。
 なぜ若冲は「いのち」をみつめてきたのか?
 若冲の絵の魅力と生涯をわかりやすく、解き明かします。
 また番組では数々の貴重な若冲の作品を紹介します。
 特に今まで公開されていなかった作品「鸚鵡牡丹図」の撮影に成功しました。また四国の寺に眠る「幻の燕」もテレビで初めて紹介します。




 この番組では、若冲の絵の特徴・技術を「裏彩色」(うらざいしき)と「裏肌紙」(うらはだがみ)と説明していました。
 また、前の番組で「下書きが見当たらない」理由として、下絵を絹地の下に置いて好かして上塗りしていたことを推測していました。

 代表作「動植綵絵」に私は何となく違和感を覚えます。
 個々の動植物は生き生きしているのですが・・・あることに気づきました。
 自然風景の中での動植物ではなく、上手く配置された絵なのですね。
 あくまでも「配置」で「構図」ではありません。

 若冲の伝記小説「遊戯神通 伊藤若冲」を書いた河治 和香さんや、生物学者の福岡伸一さんも登場しました。

佐藤優×出口治明

2017年08月03日 06時30分02秒 | 震災
対談集:佐藤優(作家・元外務省主任分析官)×出口治明(ライフネット生命創業者)
1.「イスラム教もキリスト教も、なぜ戦後の日本でうまく根付かなかったのか」(2017.7.31)
2.「宗教から国際問題を理解する」(2017.8.1)

<内容>
 ライフネット生命会長・出口治明さんが「歴史」や「教養」をテーマに、さまざまな有識者をゲストに迎える対談企画「出口さんの学び舎」。技術革新やグローバル化により変化の激しい現代で、ぶれない軸を持って生きていくために必要なものとは何か、対話を通じ伝えていく――。


気になった箇所を抜粋。

・人はなぜ宗教を求めるのでしょうか? ・・・端的に言うと、死ぬからですよね。

・近代に生きている人間は、宗教とは自覚していなくても、みんな宗教を信じていると思うんです。一番近い宗教は「拝金教」。お金を信じている。もう一つは「出世教」ですね。出世教と関係しているのは、「受験教」ですね。

・そのような宗教はたくさんあると思うんだけど、一番重要なのは、宗教という形をとらないと思うんです。戦前において、「国家神道」つまり伊勢神道は宗教ではありませんでした。日本臣民の慣習だった。

・「戦後の日本で、なぜキリスト教が広がらなかったんですか?」という質問を受けたことがあります。
 イスラム教もキリスト教も、戦後の日本でうまく根付かなかったのは、商売につながらないからですよ。私はいろいろな宗教を見てきましたが、ある程度ビジネスと相性のよい宗教じゃないと残らないんですよね。

・薩長土肥の中でエリートになれなかった青年たちが、明治維新のときにキリスト教に行っているんです。だから、今の日本のキリスト教は根付かないと同時に、政府に対してちょっと後ろ向きの姿勢を取る。左翼と右翼というよりも、明治維新の恨みがあるわけです。だから薩長が嫌いなんですね、日本のキリスト教は。

・なぜキリスト教は、世界的な宗教になることができたかというと……いいかげんだからですね(笑)。
 たとえば、みんなクリスマスのお祝いをするでしょ。あれは1950年代からなんです。それまでクリスマスなんて祝わなかった。アメリカで、つい最近起きた習慣ですからね。

・キリスト教の教義では、神様が一人のはずなんだけど、一方で「父なる神」と「子」と「聖霊なる神」の3つである、というね。それから、イエス・キリストが、人間なのか神なのかもよくわからない。真の神と真の人。教義の根本のところが、ものすごくいいかげんなんですよ。正しく理屈で説明できるようになると、それは異端で火あぶりになるんです。
 たとえば、父なる神がいたとき子と聖霊はいなくて、子なる神がいるときは父と聖霊がいなくて、子なる神キリストがいなくなったら聖霊になったんだ、という考え方が昔からあるのですが、それは異端でかなりの場合、火あぶりになっているんです。
 あるいは、神様がキリストを養子にしたという説もある。これも異端とされました。理屈で説明できるのは、全部ダメなんです。

・僕はキリスト教が世界に広がったのは、寄生階級を組織化していたからではないかと思っているんです。キリスト教は、ローマ教皇から始まり、寄生階級をたくさん抱え込んでいる。そうするとお布施がなかったら生きていけません。
 たとえばルターの改革で、ドイツや北ヨーロッパを失ったら、どこかを取り戻さないと自分たちが生きていけない。取り戻すため、拡大しようとした一つが日本だった。宗教改革がなければ、ザビエルが日本に来ることはなかったですからね。
 要するにどんどん領土を広げなければ、ごはんが食べられないという構造があったから、世界宗教になったのではないかと。帝国主義と結びつくことができたのが、キリスト教が広がった大きな理由でしょうね。

・イスラム教はキリスト教のどのグループと似ているのでしょうか。
 カルヴァン派です。生まれる前に神様から選ばれる人たちと、選ばれない人たちが決まっているという考え方(二重予定説)があります。似ていると、磁石ってN極とN極で反発するんですよ。実は、トランプはカルヴァン派なんです。
 20世紀以降、アメリカの大統領でカルヴァン派は3人しかいません。ウィルソン、アイゼンハワー、そしてトランプ。この3人は特徴がありますね。たとえばウィルソンだったら、国民に「何やってるの?」と思われながら、「神様から言われたからやっている」という思いで国際連盟を作りました。結局アメリカ議会の反対で加盟できなかったんですが、そういうエネルギーはカルヴァン派特有です。
 アイゼンハワーも、ノルマンディー上陸作戦なんて周囲はやらないほうがいいと思っていましたからね。それが、彼のものすごく強いイニシアティブで実現したわけです。やっぱり神がかり的なところがある。
 だからトランプを理解するには、彼自身が「自分は神によって選ばれている」という理想を持っていることを知ること。不動産業で成功したので、普通に考えればそれだけでいいんだけれど、彼は「世のため人のために大統領になった」と思っているんです。だから面倒くさいんです。何かを信じている人とは、なかなか普通の話ができないですよね。

・ユダヤ教とキリスト教はヨーロッパでは仲が悪いんですが、アメリカでは仲がいいんですよ。イスラエルというのは、選ばれた人によってできた国であると、聖書に書いてある。この世の終わりに最後の審判が起きて、みんなが楽園に入る前にイスラエルが現れる、と。
 それと同時にわれわれが作ったアメリカも、同じような国だ。だからイスラエルを支持しよう。この考え方がトランプの中で強いですからね。だから、娘がユダヤ教に改宗することを全然気にしなかった。

・アラブが今これだけの力を持っているのは、たまたま石油があったからです。本当に怖いのは、イスラム世界ではイランです。イランには、ペルシャ帝国の歴史が入っているので、円環もゾロアスターも持っている。古代の世界帝国を作ってきたのは全部ペルシャ人なので、中東のカギはイランが握っていると思います。イランというのは、ローマ帝国以前の世界帝国だった。ローマ教皇と自分たちは対等だと、今でも思っていますからね。
 中東を安定させようと思ったら、やっぱりイランがカギですね。今のイランが極端な原理主義政権なので、これが続いていったら大変です。イランが怖いのは、核開発を本気でやっていて、それは民主派もリベラル派も支持していることです。「大国であるイランは、核兵器を持つべきだ」と。

・レッドライン外交というのがアメリカの伝統的外交。ここが赤い線で、この線を越えたらアメリカはやるぞと言ったら必ずやる。有言実行の国だったんですが、オバマはシリア問題では結局一線を超えてもやらなかった。それがロシアにつけ込まれる原因になったんです。
 アメリカは、3年間ISと戦っているんです。オバマが宣戦布告をして。地上軍を送らないでやっているのですが、全然効果が上がらないわけです。
 ところがロシアはわずか2カ月間で効果を上げている。
 なぜかと言えば、アメリカは絨毯爆撃ができないからです。ISの特徴はハイブリッド。アルカイダとか日本赤軍とかオウム真理教とかドイツ赤軍とか赤い旅団とか、こういうのはすべてテロの専門家集団ですよね。それに対してISは、ハイブリッド。すなわち市民社会を持っているんです。工場も、農場も、役所も、学校も、病院も持っている。それがモザイク状に入り組んでいるのでどこを攻撃したらいいか、わからないんです。
 本当は絨毯爆撃のほうがいいんですが、それをやったらISが西側のジャーナリストを入れる。そして、子どもが殺されているところ、お母さんが子どもを抱きかかえたまま死んでいるところ、そういう動画や写真を渡して、「これが事実だよ」と伝えます。
 ロシアはまずメディアがそういうことを報じないし、仮にインターネットで報じられても、ロシア国民は「そんなもんだろう」という国民性なので心配ない。
 トランプからすれば、石油がろくに出ないシリアに、なぜ投資しなければいけないんだ、と。ロシアが多少野蛮なやり方で整理してくれるなら、それで構わない
 その代わりイラクはダメ、石油が出るから。だから、むしろ不良債権処理として見たほうがいいかもしれません。シリアとイラク、両方とも不良債権なんだけれど、コスト感覚としてシリアはコスパが合わない。そこの地上げ屋に入っている半分企業舎弟みたいなロシアがいるから、そこにやらせればいいじゃないか、という感覚でしょう。

・韓国は遅れているんです。意外と知られていませんが、韓国のミサイル技術、ロケット技術はいまだに大気圏外にも出すことができません。学力でいうと、韓国が公立中学3年生くらいだとすると、北朝鮮のミサイルは東工大の大学院くらいです。
 だから、韓国は弾道ミサイルと、核兵器がほしいんですね。
 核に関して言えば、日米原子力協定で、日本は六ヶ所村でプルトニウムの抽出、ウランの濃縮をしていますね。ところが韓国は認められていません。韓国の燃料はアメリカの原発からもらうだけなんです。
 どうしてかというと、朴正煕大統領の時代に密かに原爆を作ろうとして、アメリカがそれをやめさせたから。だから、日本レベルでのプルトニウムの抽出とウランの濃縮を認めさせてくれといっても、アメリカは認めません。今後も認めないでしょう。

・北朝鮮の核開発の最大の問題は、あそこでウランが掘れてしまうことなんです。ウランさえ採れなければ、封じ込めは簡単にできるんですが。

・テロには3つの形がある、と言っていました。
 1番目がローンウルフ、一匹狼です。これは自分の心の中でテロをやろうと決めて、誰にも言わないタイプ。
 2番目はローカルネットワークと彼は言っているのですが、夫婦や兄弟で行うテロ。このテロの特徴は、なたやナイフを使う。あるいは自動車のジグザク運転。これは夫婦や兄弟でやるので、情報が洩れません。命を賭けてやるから、最後は当日か前日に決意表明を書いて、インターネット空間に遺書を残す。できるだけ多くの人に見てほしいわけですからね。そこには、パターンとなったフレーズなどがあって、それに特化した検索エンジンシステムを、今、イスラエルは作っているそうです。だいたい20分くらいで見つけられる、と。
 そこに警官が「お話聞かせてください」と訪ねていく。そしてあぶないと思ったら予防拘禁するわけです。実は、日本国政府を暴力によって転覆させようと考えている人たちは、いくらでもいる。革命派とか、中核派とか。ところが、具体的な活動に着手しない限り、これは網にかかりません。
 ところが、イスラムのテロリズムというのは、思いついたら即行動なんです。その間の距離が短いから、近代法的な枠組みの中では脅威を除去できない。だから新しい防止策が必要になるのです。
 3番目は組織テロ、ISなどです。これの特徴は、爆弾を使うこと。自爆テロであるか、時限爆弾であるかを問わず、爆弾をつかうものには組織背景があると考えていい。
 自爆テロリストの養成について聞いたのですが、サンクトペテルブルグで自爆テロがありましたね。あれは1カ月前まではおとなしい青年だったというから、「1カ月で自爆テロリストにできるのか」と言ったら「佐藤、おまえ、何眠たいことを言っているんだ、簡単だよ」と言われた。「どうするの?」と聞いたら「自殺願望のある奴を見つけるんだ」と。
「理由は何でもいい。借金でも、失恋でも、とにかく自殺するってことを決めている奴を見つける」と。そしてこう説得する。「自殺するのは人生の敗者だよな。みじめだ。虫けらのような一生でみんなから忘れられる。でも、自殺ではなく、お前が命を投げ出す決意が重要なんだ。イスラムの聖戦に加わらせてやろう。そこで戦えば、天国に行く道の扉が開く」。