goo blog サービス終了のお知らせ 

Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

Hotel Lover (7) 。

2008-07-17 | 異国憧憬
 リッツカールトンは香りの記憶を重視する。
 薄暗いヴィクトリア調のロビーに足を踏み入れた瞬間に、「あ、この香り。」と気付いたときに訪問者が感じる安堵感をよく知っているということだ。

私が奈良の駅を降りて地上に上がった瞬間につい頬を緩めるような、『帰ってきた感』。香りは、単に記憶を呼び覚まさせるだけのものではなく、以前にその香りを感じたときに記憶や感情をトリップさせる、えもいわれぬ陶酔的な効果を持っている。
それは視覚よりもずっと正確無比で、聴覚よりも直感的だ。だからややもすると、その香りを放つ本体からは最早接点もないというのに、香りそれだけを何度も何度も追体験することによって、既に幻影に過ぎない本体に対して一種異様な偏愛を抱くことだってできる。もしかしたら、私がいずれどこかで今日と同じ香りを嗅いだとき、「ああ久々にリッツに泊まりたい」とうっかり思ってしまうかもしれない。まあ、これはリッツ独自の香りであるから、その心配は基本的にないのだけれども。


クラブフロア専用のキーを指さなければフロアに止まるための灯りが点らないエレベーター。足を運べば四六時中なにかをサーブしてくれる専用のラウンジ。
それらを通り抜けると、上方に向けて奥まったところに私の部屋がある。

玄関を経て、バスルームと完全に分断された客室。ボタニカルを基調とした壁の絵に布シェードのかかったいくつものランプ、そしてその影を移す天井。会社のそれよりも大きなダークオークの机に、同色に纏められた調度。自宅のそれよりも倍くらいの高さに設えられたベッド。刺繍の施された重いカーテンと同色のソファ。

窓の外には、恐らく半分はタクシーだと思われる梅田駅付近の渋滞を眼下に望み、遠くにはまるでベルギーの絵画あたりに出てきそうな、風に吹き散らかされた雲。その少し手前を飛行機が飛ぶ音がかなり鮮明に聞こえる。多分ここが東京でなく大阪だからだろう、さしたる高層階ではないのに、ここは確かに空に近い。


私の住みたい理想の家のひとつは確実にここにある。
理想の家は、空に近いほどに垂直的に俗世と分断されてなくともよい。その分断は、壁によってでも植栽によってでもまるで構わない。ただ、これと同程度の隠遁的分断が確実に果たされるのであれば。


 この空間を明日の昼までひとりで満喫できることの贅沢さよ。
 この空間に粋な男のひとりでも居ないことの不便さよ。

 ひとりの部屋に、エネスコの弾くバッハのヴァイオリンソナタが流れる。
 眼下には笑ってしまうほどに千切れかけた夜景。






ダム記。

2008-06-05 | 異国憧憬
 人工物を見て、自然の風景を見るのと至極近しい感覚を抱いたのはとても久しぶりか、あるいは初めてかもしれない。
もう先月の話だが、黒部ダムと高瀬ダムを見てきた。

 黒部ダムは堤高の他、堤体積もアーチ式の中では国内第一位のダムである。ウイングのついた美しいアーチは、巨大でありながら繊細な機能美を感じさせる。5月の中旬、遠くの峰々は昨夜降ったばかりという新鮮な雪を戴き、雨上がりの陽光を眩しく反射させていた。テレビでも写真でも幾度となく目にした黒部ダムではあるが、写真はそのスケールを伝えることができないということを、身を持って知った。「物足りないのでは?」と思われるくらいに近くに見えた展望台は思いのほか高いところにあるし、近くまで降りてしまったら自分がダムの一部に取り込まれるかたちとなって、ダムの形状すらわからなくなる(富士登山の途中に、見慣れたあの富士山の形が消えてしまうようなものだ)。

 山をえぐってトンネルを掘り、自然の川を堰き止めて作られた巨大なダム湖。それは人間の力で自然を加工することに他ならない。それなのに、ダムとダム湖、およびその背景の山々には対立や相反性が全く感じられず、雄大な風景を構成する要素として互いの存在があるようであった。

 ついでというわけではないが、事前情報もないまま高瀬ダムへと足を伸ばした。
ロックフィルダムでは日本第1位の高さを誇る高瀬ダム。高瀬川の最上流にあり、東京電力の管理用道路を使用しなければ辿り着くことができない。よって、このダムに行くには、麓にある高瀬川テプコ館の見学ツアーに参加するか、公認タクシー、もしくは徒歩という選択しかない。ダムへの愛も知識もない人であっても、わけもなくマニアな気分にさせられること請け合いのダムである。

 この「ロックフィル」の規模が、想像を超えていた。毎日何往復も溜まった土砂を運び続けるという色とりどりのダンプカーの車列がつづら折りの道路を登っていく。ジグザグ隊列のダンプは見上げればミニカーのようにしか見えず、その理由は積み上げられたひとつひとつの岩の異様な大きさゆえだ。二人がかりで両手を広げてようやく届くかと思われる岩の幅。それが170m以上の高さになるとどうなるか、その絵が想像できる人はそれほど多くいないと思う。

 作業員以外の観光客がいない朝の高瀬ダムは、人とダンプカーの働く音を除いてはほんとうに静かで、迫りくる山に囲まれていた。毎日溜まる土砂とのいたちごっこにさも当然という態度で対応する人間と、そんなこと知らないよというマイペースな山の群れ。

自然と人との和やかなルーティンワークが今日もそこで営まれている。
ダムの底になにがあったかなんてもはや忘れてしまったかのように。




一貫して「わたしらしく在る」ことの厳しさの一端について

2008-04-11 | 異国憧憬
 「いやあ、自分が沖縄の環境破壊に寄与するだなんて、思いもよりませんでしたよ。」
開発事業者はそう云って、苦笑いした。
私も、業務上彼等の環境破壊に加担していることになる。こちらも苦笑いするしかなかった。

 「基地の移設に対する反対運動やってるんだ。」
知人はそう云って、満面の笑顔をわたしに向けた。
私は、10年後の沖縄の海がいまと同じ姿であることに大きな懐疑を抱きつつ、頷くしかなかった。


 窓の外には赤瓦の列と、その向こうに広がる大浦湾。沖縄で唯一の、もはや一頭きりになってしまったかもしれないジュゴンが生息しているエリアでのひとときの滞在。波ひとつ立たない、音のしない青い海。近くの漁港に戻ってくるらしい船がいくつか見える。

 せっかく沖縄に来てくれる観光客のために、すてきなもてなしをしたい。
 観光事業の発展は、完全失業率の極めて高い沖縄に雇用をもたらし、経済に刺激を与える。
 
せっかく沖縄に来てくれた観光客や、いつか島で生まれる誰かのために、美しい海を遺したい。
 海の汚染は、観光素材としての価値を低下させ、漁業を衰退させ、珊瑚を減少させる。

開発と反対運動は、それぞれの根幹議論を共有するにも拘らず、対立概念として存在し、どちらかが正しいということはない。ケースひとつずつを見ても、「今回は比較的こちらのほうが正しいですね」ということは決してない。それぞれは、連関の輪の中に位置する。

観光業(事業者のみでなく!)そのものに貢献する義務があるわたし。
美しくてかけがえがない色や音を愛するわたし。 

この連関を遠くから傍観できる立場上の猶予がない限り、最終的に「わたし」はどちらかの立場に身を置くことを余儀なくされる。しかも「どちらかと云えば」や「今回のケースでは」などという消極的なそれではなく、積極的に信念をもって推進する立場として。
結局のところ、人は自分と、自分にとってより近しい人の利権に引きずられて動く。沖縄経済から遠く離れた内地の人が環境運動を推進したがることが多いのは、経済不安を憂いることなく強いファンタジイをもって海を遺せと云えるからだ。県が開発を推進するのは、基地に頼りきることなく経済を刺激し、雇用を促進しなければならないからだ。

 そこで公私の意思を分断せよというのは甘い。
 来沖5度目にして、ようやく沖縄に対する「わたし」をひとつにする覚悟が備わった気がする。
 痛みを伴いつつ私を滅した人の言葉は重く、そして重いぶんだけほんの少し正しいいはずなのだ。





湯煙と近眼。

2008-03-30 | 異国憧憬
 私にとっての温泉街に必要なもの。
それは、車の入れない道と、川と、山のすがたと、常よりも確実に遅く流れる時間。
加えて、自身の視力がよかったならばどんなにか、と思う。

 温泉は、行ってみればよいところである。とはいえ、温泉をさして好きでないという人(かつての私を含めた)は少なからず居る。その共通する理由を考えるにあたり、決定打となったのが「視力」の問題だ。
 温泉に入るときには眼鏡やコンタクトを外すのが常だ。しかし、視力の悪い人にとって、自身が裸あるいはそれに近い状態にまで薄着になる場所で、更に床が固く、おまけに水がセットになっているところ -- プールや風呂のような -- は、恐怖の対象である。足元の段差が見えない。おまけに滑る。肌がふやけている可能性があるから、コケたらきり傷打ち身は必定だ。

 「露天風呂から雪を眺めて」などの『絶景かな』を謳い文句にしているところも多いが、絶景が見える視力がこちらにはない。風雅な眺めの露天風呂も、手の込んだ浴室の内装も、全てがまるで水の中のようにぼんやりしている。近眼のひどい人はきっと漏れなくこういう不便な思いをしているのであって、温泉宿の謳う「風呂のすばらしさ」のすべてを満喫できることはまずない。近眼者のための新しい楽しみかた(近眼者でないと判らない限定的なタノシミ)とか恐怖の軽減とか、近眼割引とかがあればよいのにと思う。

 そんな私が宿で楽しめることと云えば、部屋付きの温泉に入りまくることでも豪勢な食事でもなく、ただ、部屋でぐったりとすることだ。風呂に入りたければ入り、縁でぼんやりしたければ煙草をふかす。疲れたら寝て、呼ばれれば起きる。
その間、できるだけ時計を見ないで済んだならば、それはとてもよい宿だ。




夜に泳ぐ人。

2007-12-21 | 異国憧憬
 仕事を終えて上司と別れ、ひとり那覇から北へ一時間。豪雨の中、恩納の森へ向かう。
 そうえいば世間はクリスマスも間近の連休前の金曜日だ。ディナーの席、どことなく居心地の悪そうな、良さそうな、どっちつかずの風情でただこの雰囲気を味わうことに無邪気なカップルの姿が多いことでそれと知る。

 光に浮かび上がる屋外プールを眺める特等席に案内された私はその場に不似合いなスーツ姿で、おまけにひとりきりだ。ひとりきりのホテルステイに慣れきっている私にとってはその場の雰囲気などはどうでもよく、ただひとえに周囲のカップルが私との目線を敢えて外しにかかるのが可笑しくて仕方なかった。

 まるで自分が幸せであることに対して無意味な罪悪感を感じているように、また、日常らしい私の姿を見ることで、自らの時間や意識が日常へと引き戻されるのを恐れるように。彼等はてんでに、意図的に彼等の世界に没頭し、私を風景の奥のほうへ押しやろうとする。背景に埋め込まれた私の目線は、オープンテラスの天井に張り付いた一匹の守宮に釘付けだったりするにも拘わらず。
 
 
 遠く下方に海を望める(はずの)プールは、夜には小高い丘の上の闇に溶け込み、ライトで照らされた水中だけが青くぼんやりと浮かび上がる。闇から四角く区切られた世界はまるでショーウィンドウのようで、その中が空っぽであることにむしろ違和感と物足りなさを覚える。

 この大きな水の箱の中に、全裸の上に色鮮やかで煌く化粧を纏った男女が2、3人でもいいから、ただ泳いでいてくれたらいいのに。日暮れた後のプールできらきらと光をその身に反射させながら泳ぐだけが仕事の、まるでおしのように黙りこくったスタッフがもしこのホテルに居たとしたら(そういうスタッフは遥か遠い時代には奴隷という役職で呼ばれたかもしれない)、まさに森に浮かぶ小さな宝石箱のようなホテルになるだろうに、と思った。

 
 部屋に戻ってソファに腰掛けると、極東には不似合いなシーリングファンが目の端にちらついて邪魔なことが判った。ソファで寛ぐことを断念して、浴槽に浸かりながら持ってきた読みかけのボードレールを開いた。
自意識過剰な夢想家の真摯で無邪気な嘆きのしらべは、生活に対してひどく無関心なリゾートホテルにぴったりだと思ったわけなのだ。


「一人きりでいることのできぬ、この大いなる不幸!」
有り体な、精一杯の彼の皮肉に図らずも共感したくなる嵐の夜。


-------------------------
 夜が明ける。
厚く垂れ込めた灰色の雲が所々で破れ、午前の日が差し込む。
闇という平等な暖かいものにみなが等しく包まれていた時間は去った。バルコニーを全開にして部屋の中とこの森を取り囲む全ての空気との隔てを無くする。空に浮かぶこの部屋が、森から孤立してしまうことのないように。

癒しという言葉は陳腐すぎて、行為や環境の全貌を決して示さない。
しかし確かに、南国には再生が似合うらしい。






上海は霧の中にあった

2007-12-15 | 異国憧憬
ひとりでぶらついていると、中国語で道を聞かれる。
「地下鉄の駅はどこですか。」
私は上海人じゃないからわからない。

空き時間にスターバックスで仕事をしていると、中国語で話しかけられる。
「いい天気だね。外の席は寒いだろう?」
私は上海人じゃないから答えられない。

それでも仕事をしていると、マレーシア人に英語で話しかけられる。
「たとえ寒くても、煙草吸いには外のほうが居心地いいよね。」
私も英語でそうよね、だけど北京だったらさすがに屋内のほうがましだわ、と答える。

こんなに近くてどれだけ顔が似ていても、電光掲示板に流れるニュースの意味が半分くらいわかったとしても、ここは別の国。三菱のエレベーターに乗って、日立のテレビがあったとしても、どうやらここは私が暮らしているのとは別の国。

そもそも国とはなんだったっけ。
なんのために定められたのだっけ。
同じ時間を、同じ寒さを共有して、同じ皿からご飯を食べたりするのに、そこには「こちらの国の人」と「あちらの国の人」がいる。そこには、どのような意味があるのだっけ。

東京では見たことのない木々の上を小鳥が飛んでいて、車はそれを横目にハイウェイをただまっすぐ進んで行く。空港に向かう車窓の景色は、郊外に近づくにつれて徐々に殺風景なものとなり、私の眠気を誘う。なんの変哲もない光景なのに、ただなんとなく、目を閉じてしまうのがひどくもったいなく感じる。
たぶん、国が違うということは、そういう気分にさせることなのだ。

そういえば、こちらのガスった低い空には切れそうに紅い三日月はなかった。



音の国籍。

2007-10-04 | 異国憧憬
 もうすぐ夕暮れが迫ろうかという頃、海の面は乏しくなった光の下で眠りに落ちるかのように淀む。
爆音で空を切り裂きながら、黒ずんだ海を掠めるようにを2機のF-15が腹を見せながら通っていった。ベランダに続く窓を開けると、肌を微かに震わす振動がその音の物理的な存在を確からしく主張していた。東京の生活では決して出逢わない音だ、と思った。

 移動をすることに心的障壁の低いわたしが「遠くにきたのだな」と感じるためのきっかけはだいたい、その土地の音か植生に触れたときだ。
「遠く」とは、大きな距離が離れていることを意味するのではない。わたしが日々当然のように寄りかかっている習慣や生活風景、行動を規範付けるための前提となる文化、それらのものとの断絶に気付いたとき、同時に自身の中心部からの遠さ、言い換えればそれらからのひとときの「さよなら」を感じる。
 哀しみを伴わない小さな「さよなら」がもたらすカタルシスは手頃な快感をもたらす。処を替え人を替え、そのカタルシスが繰り返し次々とやってくるのが旅なのだとしたら、旅を知ってしまった人が一生涯そのカタルシスの幻影に捉われてしまうことも頷ける。


 暗闇を彩る、雨に濡れたハイビスカス。
 夕暮れに次々を帰還する戦闘機の影と爆音。
 定刻以降の海遊びをヒステリックに注意する広報スピーカ。
 擦れ違う米国人の重く粉っぽいフレグランス。

これら日頃の生活で出逢わないものたちのどれかに最初に出逢ってしまう一瞬--心の襞を乱されそうになる瞬間--のすぐ直後、わたしは無意識にそこから一定の「遠さ」を認識し、日々の心の襞を形成する何かとさよならする。旅先の地が国内であっても、アジアでもアフリカでも、わたしが感じる「遠さ」はいつも一定だ。

自分から一定の、しかし手の届かない距離に、自分がかつて出逢ってさよならした全ての音や目にした植生、風の強さや湿気がわたしを取り囲むように浮かんでいる。いま自分が立つこの中心を離れ、その地に再び赴くことによってしか手を届かせることのできないいくつもの世界が蜃気楼のようにそこにいつもある。

 軸足が確実なさよならを重ねることでしか、次の地に純粋に足を下ろすことはできない。ほんとうの旅を旅するためには、せせこましい甘えや郷愁を大事に抱えたままではいけない。さよならというフォーマットなしに、新しい何かや遠さの感覚によって心を震わせることなどできない。

だから、旅を知るものは優しく冷酷で、旅そのものはもっと残酷なのだ。
 


  
 

Hotel Lover (6).

2007-09-28 | 異国憧憬
 言葉に不便のない南の島に行って、自宅よりもはるかに広いホテルの部屋に引き篭もる。
そんなときに優先的に欲しいものは、静寂とダークオークのファニチャー、窓から見える鬱蒼としたみどり、そしてなによりも、こちらがいつか打つかもしれないタイミングまで待機して、打ったと同時に涼やかに響いてくれるサービスだ。
 リゾートにビーチは必須ではない。たまに散歩風情で海の脇を歩くこともあろうが、裏庭が亜熱帯の雑木林に繋がっていて、それを眺めながら伸びやかなチェアに寝転んだりしていたほうがずっといい。静寂が確保できるのであれば部屋はもとあった土と繋がっているフロアのほうが心地よく、屋外で寒さを感じるほどでなければ、南国らしい強い日差しさえ必要ない。
 
 自宅からさして遠くもない都内のホテルに引き篭もるときには、高層階の客室と、そこからの眺めを邪魔することのない大きな窓。そして繊細な調整の可能な照明。加えて、質のいい音響があればなおよい。どうやら、都内のホテルに求めるものは、静寂と暗い湿度で護られた、硬質かつ高質な閉鎖空間らしい。

実際にこれらの要望に合致するホテルがあるのかどうか、わたしはまだ知らないけれど、これらの身勝手なイメージを充たすだけの空間がもしあるとしたら、それはホテルを除いて他にない。

 旅のついでに、あるいは旅を遂行するためにホテルを利用する場合ではなく、ホテルに宿泊すること自体が目的であるとき、宿泊者によってホテルは満喫されるべきで、ホテルは宿泊者を充足させるだけのいろいろを持ち合わせていなければならない。そして、持ち合わせているものの内容を説明する必要はなく、持ち合わせていますよというメッセージだけをやんわりと伝えることができればよいのだ。なぜなら、宿泊者が消費するものは各内容についての知識や実体験ではなく、それらを包含する空気に包み込まれることであるから。それは、見知らぬ不慣れな空間で人に安らぎを与えるために必要な、穏やかなる緊張感。宿泊者にはそれを消費し賞味させてこそあれ、その緊張感に同調させてはならない。

 時折、無償にわたしがホテルに行きたくなる理由のひとつ。
それは、柔らかい待機という他者の緊張の中に埋もれることで自らの緊張を緩和させ、強固なバリアで囲まれた安堵の中にすっぽりと隔離されたいがためなのかもしれない。




Hotel Lover (5).

2007-08-09 | 異国憧憬
 ホテルのエレベータを降りる。

眼の前に掲げられた案内板が、自分の部屋の在り処を示す。

その数字の形が、日々の新聞やPC画面で見慣れたのとは異なる形状であること。

ただそれだけのことが、心をほっとさせたりする。


エレベーターホールの空間に、誰が座るともない椅子がちょこんとあること。

ただそれだけの無駄が、心を豊かにしてくれたりする。


電話を受けたフロントが、私の名前を呼んで応えてくれること。

ただそれだけのマニュアルが、心を。








呼応。

2007-05-22 | 異国憧憬
 奈良は私の「縄張り」だ。

 近鉄京都駅を出てそろそろ闇も濃き奈良に入るだろうかという頃、列車の屋根と窓に叩きつける大粒の雨音が聞こえた。夜の闇の中でもこうして私をそれと見つけて、敷地に入るときにいつものように雨で迎えてくれることを、私はとても嬉しく思った。そうして、電車を降りて地上に出たときには、雨の降った形跡などどこにもなく、しかし雷の音だけが遠くから響いていた。そこは私のよく知った奈良の匂いで満ちていた。私は鼻をくんとさせて、微笑んだ。

 私にとっての奈良の色は、緑色と茶色が殆どだ。恐らく、反射をするくらいに輝かしい緑は山の色、くすんだ茶色は古材の色。それぞれが混じりあった色は、黴の色だ。そして、私にとっての奈良の匂いは、濃密な湿度を伴った土と草の匂い(※草いきれ、とは少し異なるのだ)、水の匂い、抹香と古材と黴とが混じりあった土臭さと神々しさとが共存する匂い。そうして、それらの全部が割合を異にしてぐちゃぐちゃに混合された匂いだ。暗い道ですべての風景が藍色に溶けているにも拘わらず、鼻腔を経由した私の脳には、鮮やかな緑がひらひらと翻っていた。
 その夜は、雷の音を聞きながら眠った。

 翌日、二月堂の茶屋で、同行者が苦笑いを浮かべて外を眺めていた。二月堂までの道はぽかぽか陽気だったというのに、休息を取ろうと茶屋の扉を潜って間もなく、まるで待ち合わせたかのように美しく雨が降り出した。雨は次第に強くなり、風がうねり、やはり雷がやってきた。半時の間、私はその歓迎の楽隊に耳を傾けたのち、気に入りの法華堂へと移った。私の身体は一滴たりとも濡れていない。

 翌日、私が最も好きな寺である室生寺へと車を走らせた。一転して快晴となったこの日は、全ての緑がきらきらと輝き、山藤は風に揺れていた。人が歯を見せずに自然な笑顔を作れるように、山のすべてが穏やかに笑っていた。そしてようやく、4度目にして私は初めて、快晴の室生寺というものを見た。散り遅れたシャクナゲが申し訳なさそうにまばらに咲く傍らで、檜皮葺きのお堂の屋根に生える下草がむしろ意気揚々としていた。池にはチョウトンボにイトトンボ、そしてゆるりと泳ぐ井守がいた。
山の影ではなく、山の生命をこれでもかと見せてくれた室生寺は、初めてだった。

室生寺の傍らに、室生寺よりも古い龍穴神社がある。この社を鳥居越しに眺めたとき、私は心の底が踊るのを感じた。好きな寺の寺領に収まっているときの安定感とは異なる、自分の力ではきっと制御できない垂直的で透明に澄んだ奔流が、身体の中を突き抜けた。人間であるがためにその感情を表現するすべを知らない自らを疎ましく感じる程に、それは強制的な高揚感であった。数分の間に過ぎないが、私はその神域の石段にひとりでにこにこと座っていた。すると、鳥居の向こう側に5~6名の女性観光客が現れ、私は折角の気分を邪魔された気持ちになり、来なければよいのに、と思った。「ここ、怖いわね。」「おっかなくて、入れないわ。」彼女たちは口々にそう云って、縁起の書いてある看板にさっと眼を通したあと、そそくさと退散していった。
ふたたび一人きりになれたことに満足の笑みを浮かべて、私はこの強烈な山との呼応を暫し愉しんだ。

次はいつ来れるだろうか。
そう思いながら室生の里を抜けようとしたとき、山の中腹からほら貝の調べが響き渡った。私は足を止めて音の聞こえるほうに身体ごと向けると、音の余韻が終わるまでそこに立ち尽くした。

鳴り物入りに送りほら貝だなんて、これ以上豪華なもてなしをまだ私は知らない。








Hotel Lover (4).

2007-05-21 | 異国憧憬
 猿沢池から春日大社に向かう途中、東京駅を設計した辰野金吾の手になる低層の昭和初期木造洋風建築が建っている。荒池を挟んで奈良公園を見下ろす小高い丘に立つかつての迎賓館は、今も「奈良ホテル」というその正統性を前面に押し出した静かな名前を冠している。
 
 この古風な建築を愉しむために宿泊するのであるから、本館に泊まらねばならない。部屋のタイプは様々であるが、私の希望するところのダブルやデラックスツインは本館にしかなく、それは願わしいことだ。とはいえ、建造物保護のためであろう、本館での喫煙は一切できないという大問題がともに発生する。まる2日くらい悩んだ挙句、なにがほんとうに大事かということを鑑み、本館、奈良公園側の部屋を確保するに至った。

 取り立てて美術史的価値が高いという訳ではないが、著名な画家による時代の赴き深い淡い色調の絵画がロビーやメインダイニングの壁を飾っている。色調の淡さとまろやかさ、あるいは墨色の大和らしさが、このホテルの迎賓館としての性質をよく伝えている。木の床の上に貼られた赤い絨毯は、キャリーケースのキャスターの軌跡がくっきりと描かれるくらいにふかふかだ。
 
 昨今の潮流からするとかなり狭い部屋は、手ふきガラスの窓や暖炉をはじめとする時代がかった調度で埋め尽くされてより一層手狭な印象を与えるが、天井を不自然なほど高く抜くことによってそれらの凝集感を緩和している。
壁は薄く、隣の部屋の水音がまるで手の届く範囲で聞こえる。低層なために奈良公園側といっても公園が望めるわけでもなく、茂みに閉ざされた眺めは決してよいものでもない。けれど。

 人は、初めてのホテルを訪れるとき、その建築の構造を、そして自室とは全く異なるその部屋の機能や調度品の配置を知らない。それなのに、どうしてそこが「良いホテル」であることだけは一瞬にして知ることができるのだろう。


 西吉野温泉の旅館ロビーで出逢ったお兄さんと、奈良ホテルのバーで、シガーに火を点けた。
奇をてらった酒や高級酒、あるいは見たことも無いシガーが置いてあるのでもない。ベーシックなものがベーシックに取り揃えてある静けさが、誰と競争するのでもないこのホテルの穏やかな正統性をやはり物語っていた。

「こういう場所での、こういう時間が、必要やな。」
正統からは程遠い兄さんの言葉に、私はその通りだと笑って頷いた。






いつもの場所へ。

2007-05-18 | 異国憧憬
------- 過去記事より引用 -------
-------------------------------------------

「有難う。また、来るね。」その言葉に添えられる互いの笑顔を、その後どうしたい?
「また来るね。」の不安定極まりない約束の結果は旅人に掛かっている。約束を破っても誰も傷付かないし怒らない。されど、約束を形にした時の驚きと喜び、偶然の点を自らの意思で線と繋げる意味を知るのは約束を守ってみたことのある者だけ。「また、来たよ。」たった2度目の出会いは最早偶然でなく、その日を起点として旧知のように紡がれる様々な言葉と笑顔と、新しい約束。今度の約束は期待と実体を伴う、血の通ったなにか。

-------------------------------------------


 今夜から、懐かしい場所に行ってくる。
 ほんの束の間だけれど。

 ※【懐かしい】(形)
 (1)昔のことが思い出されて、心がひかれる。
 (2)久しぶりに見たり会ったりして、昔のことが思い出される状態だ。
 (3)過去のことが思い出されて、いつまでも離れたくない。したわしい。
 (4)心がひかれて手放したくない。かわいらしい。(古)

 「懐かしい」という感情には、かならず「過去」がつきまとう。
修学旅行を除いて、個人的にわたしが初めてそこを訪れたのは21のときだったと思う。40度の高熱にうなされていた修学旅行の記憶など殆ど残っているわけもなく、それなのにこの土地がわたしにはどんなにか懐かしかった。
たった10年の間に、合計しても50日前後の滞在しかないはずで、昔のことが思い出されるわけでもなく、何かしら素敵な思い出の背景になっているわけでもない。記憶や血に何の裏づけがないにも拘わらず、実際的な故郷が淡く霞んでしまうほどに、そこはわたしの故郷のように見えた。

 旅に向かうのとは明らかに異なる、到着前から既にいくばくか満たされた気持ちで、夜の新幹線に乗る。

耳の奥に復元できるほどにいつも聴いていた。
元興寺の玉砂利を掃く音を。興福寺の鐘の音を。
柳に彩られる池の端を、いつも眺めていた。
朝の風とともに。夏のじりじりとした暑さの下で。夜の水面に朧に揺れる五重塔を。

 あの階段の何段目に、あの寺の本堂のあの柱の影に、わたしの定位置がまるですっぽり抜けた穴となって、その空洞と影がわたしの目にだけ見える。
 数百キロ離れた、わたしが納まるはずの空間にぽっかり空いた洞。
そこに自身を嵌めこむために、わたしは懐かしい場所にゆく。そこにぴたりとわたしが収まり、風景の一部にわたしがなり得るとき、わたしの身体の全てはその空間に包み込まれる。
 



暴走散歩。

2007-04-22 | 異国憧憬
◆◇◆修正依頼を反映し、経験値を追加(4/23)◆◇◆


 ◎プレイ開始(HP200 4/22 0:00時点)



0) 5:30起床               ⇒HP125(-75)

1) 家から、車で神奈川県の三浦半島まで。 ⇒HP120(-5)

2) 強風のため、フェリーで激烈に酔う。 ⇒HP50(-70) 経験値25↑

3) しまあじのみりん干しで若干復活。 ⇒HP65(+15)

4) 南房総のフラワーラインを通過。 ⇒HP55(-10) 経験値6↑

5) 海鮮料理で若干復活。         ⇒HP60(+5)

6) シェイクスピアカントリーパーク視察  ⇒HP40(-20) 経験値30↑

7) 懲りずにいちご狩り          ⇒HP50(+10) 経験値42↑

8) 山道を延々と迷子系ドライブ      ⇒HP30(-20) 経験値4↑

9) うみほたる休憩            ⇒HP25(-5)

10)都内へ戻り、夕食処物色        ⇒HP5 (-20 *ほぼ絶命)

11)中華料理屋で夕食をゲットした!    ⇒HP15(+10 *意識回復)

12)帰宅                 ⇒HP10(-5)

13)風呂                 ⇒HP?(測定不能 *脈拍不安定)



リセット。






Hotel Lover (3).

2007-04-04 | 異国憧憬
 買ったばかりの靴ではなく、幾つもの国や幾つもの大事な場面へと私を連れて行ってくれた靴を履いて、南の島へ。
新しい靴は大好きだけれど、どきどきする旅や常とは異なる地での仕事へと私を連れてゆかせるだけの信頼はまだ勝ち得ていない。 

 旅や移動という、必ずどこかに不安定を伴う動きをなるだけ確固たるものへと仕立てあげるのが靴の役目だ。私という身体と足の運びとを熟知しており、尚且つ過去の様々な忘れ難い場面を共に迎え、その動揺や悦びとを共有してきた靴だからこそできることがある。つい先日にオイルを施されたばかりの靴は艶めいて、しかしアッパーレザーには微かに裂け目が生じはじめている。正直、かつてのように雨に耐えることはできないだろうと知りながら、迷い無くこの靴に足を通す雨の朝。


 日付も変わってからようやくチェックインを済ませて転がり込んだ部屋はオレンジ色の暖かい灯りにぼんやりと白い壁と大きなベッドと、淡い色のウッドを浮かび上がらせる。
窓際には一輪の蘭の鉢植え。隅々まできらきらに磨かれた葉っぱの形の灰皿はウッドの机に綺麗な波模様の影を描く。
私はその光景にふっと安堵して、PCを立ち上げて仕事のメールをチェックする。家からPCに入れっぱなしのCDを起動したら、ようやくの煙草に火を点ける。誰のものでもない部屋が、私のためだけの部屋だと錯覚する瞬間だ。


 この時間があるから旅が好きで、出張さえも好きなのだ。
 開いたままのブラインドの隙間から、薄暗いために妙に不慣れな夜景が広がる。







空中遊園。

2007-03-03 | 異国憧憬
 ステンレスやアルミのような煌きをもつ熱帯魚に迎えられて、屋上へと昇った。
扉を抜けると、苔に覆われて深い緑色になった大小さまざまな水槽があった。恐らく真っ暗であろう水槽の中からまるで光を発するように、これまた色とりどりの金魚がゆらゆらと漂っていた。金魚鉢のように、その中に受け入れられた光によって四方から眩しく照らされた金魚よりもなお一層、緑によどんだ暗い空間の中を縦横に揺らめく彼らは無神経なほどに可愛らしく見えた。 

 じっと見ていると、白や橙や朱や赤の破片がぱらぱらと分離して、それでもなお金魚であったときの不安な動きのまま、ゆらゆらと緑の空間を漂っていた。金魚で居る必要がなくなり、色そのものになった彼らはもはや自由になって、かつての棲みかであったどす黒い水槽から外へと、躊躇しながら蠢いていった。

 屋上は、小さな遊園地の風情をしていた。懐かしい電子音が響き渡るなか、子供達が無邪気に走り回っては転び、手にしたポップコーンをこぼしては、泣く。煙草を咥えて一部始終を眺めたまま、笑顔さえ崩さずにそれを眺める祖父。

 空から降りてきたばかりの小さな移動遊園地は、僕の子供時代の夢そのままにあった。それは、親や祖父母に付き合わされて、デパートでのつまらない時間を過ごしたあとに貰える、ほんの2~30分のご褒美の景色だ。子供心にも天井が低いと感じたデパートの中は、とても多くの人がそれぞれの小さなうきうきを抱えている。おまけに、色々な人の香水や化粧品の香りが混じって息苦しく、目が回りそうだ。この、おもちゃ箱をいくつもぶちまけたあげくにその蓋を閉じたかのような閉塞的な空間のなかでは、他の多くの客のそわそわが僕に伝染して、無意味かつ無目的な高揚と不安に苛まれるのだ。

 そのきりきりした気分に無事耐え切ると、この屋上でのひとときが赦される。どこまでも天井のない空間は、都市のど真ん中でありながら緑がいっぱいで、軽々しい電子音とちかちか点滅するゲーム機のサインが、ここが大人のものでなくて紛れもなく僕の世界だということを教えてくれた。


 座って煙草を吹かして、僕は数十年ぶりに目にする懐かしい光景に目を細めていた。
周りを取り囲む高層ビルで日が翳り、ふっと屋上に陰が差した瞬間、狭い柵の中を嬉々として走るミニチュアの新幹線にトロッコ、カートが一斉に止まった。僕は慌てて、ゲーム機の並ぶほうに目を遣った。ゲーム機を彩るライトの点滅は、深夜に家の明かりが徐々に消えてゆくような素振りでひとつ、ふたつと消えはじめる。


 あ、あ、どうしよう、と思って無為に立ち上がった僕の眼の前を、白や橙や朱や赤のきらめく欠片たちがふわふわと不安げに横切り、僕を取り巻いたかと思うとまたゆらゆらと日暮れの空を漂い、緑色濃い水槽の中へぽちゃん、ぽちゃんと小さな水音を立てて戻っていった。