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月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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月の王・習作

2013-05-21 05:32:50 | 月夜の考古学

今日は別館も切り絵です。
これはずいぶん前に描いた「月の王」の習作。
こちらが2007年に発表した完成作。→「月の王」
http://blog.goo.ne.jp/motherblue/e/0bce17d284a63bbaab66948e993e963a

輪郭や服の線などを修正しました。
完成作の方が冷たく、淋しげに感じます。習作の方は、紙の質や色などが異なり、なんとなく暖かく感じます。

これを描いていたときは、とても大変な時期でした。
本当にいろいろと大変なことが起こります。人生っていうのは。今から思い返すと、よく耐えてこれたなと、感じます。
けれども今これらの絵を見ると、
自分がどれだけ無理をしていたかがわかる。
乗り越えるために、使ったエネルギイは、当時自分が思っていたよりも、ずっと多かった。
なんで乗り越えることができたのか、今でもわからないほど。
いや、本当は、まだ乗り越えられていないのかもしれない。


自分に無理をさせたツケが、今回ってきているようです。
少しはわたしも休まなくてはな。
休めと、誰かにしょっちゅう言われているような気がする。
楽をしていいんだぞ。と。
楽をしたいな。けれども、生きている限り、勉強しなくてはならない、
自分の心を怠けさせてはならないという、自分が常に動こうとしてしまう。

わたしはやはり、わたしに従って生きていくのが心地よい。
けれどもそういうわたしに、苦い思いを抱いている人が、今大きくわたしに影響している。
休め、と彼はしょっちゅう言うのだけれど。わたしはやっぱり動いてしまう。

詩集・瑠璃の籠は、物語的に発展していきます。明日からしばらく続きます。あいだに違う詩集の詩も入れますが。けっこうおもしろいと思います。お楽しみください。






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上弦

2013-05-20 05:28:47 | 詩集・瑠璃の籠

薄汚れた暗幕のような闇の中で
小さな椿の花がひとつ 赤い目玉のように光っていた

明晰夢というのがある
これはそれだなと思いながら
わたしはぼんやりと 椿の花を見ていた
静かだなと思っていたが
やがてどこからかぶつぶつと小さな細い人声が聞こえてきた

ああ よくないことがおこりそうだと
わたしは思いながらも 待った
予想どおり 椿の花の奥から
聞き覚えのある声が聞こえてきた
それは鶏のようにかん高い耳に触る声で
盛んに怒りながらわたしに言うのだった

おまえはこんなこともできないのか
なにしてもまともにできないね
百点とっても友達付き合いが下手では何にもならないよ
そんな服が似合うと自分で思っているの
ああ 女の子はいやだ いやらしいったら…

ああ そうです おかあさん
わたしは 役立たずです
生きていてもしょうがない
人に迷惑かけるだけの無駄な生き物です

わたしは言いながら 笑った
もうずいぶんと昔のことだ
あのひとにわたしは おまえは屑だと言われながら
毎日のように こき使われていたのだった

涙も凍って出ない
頭は脳みその代わりに石がつまっているようだった
今更こんな夢を見ずとも
もうとっくに終わったことなのに
自分ではとっくに解決したことなのに
なぜ今になって こんな夢を見るのか

わたしがそう思っていると 
どこからかビスケットを割るような
くしゃり という音がした
何気なく下を見ると
なんと わたしの右足が折れているのだった
痛くはないのだが 右足は曲がるはずのないところで曲がって
奇妙に縮んでいた

ああ いやな夢だ
もう目を覚ましてしまおう
わたしは夢から出ようともがいたが
残念ながらできなかった
椿の花は 相変わらず
低い女の声で 本当に
どうやったらそんなことに気が付くのかと
思うほど 小さなことをつついて
わたしに悪口ばかり言うのだった
聞いていると苦しくなってきて
足の骨がまただんだんと細ってくる
このままでは左足も折れると 思っているところで
ようやく光が見えてきた

目を覚ますと わたしは
小部屋の文机の上に顔をおいて眠っていた
しばらくの間 夢ともうつつともつかぬ
気持ちの中を揺らいでいたが
しびれていた耳の感覚が戻ってくると
プロキオンの声が聞こえてきて
わたしはやっと現実に戻ることができた

わたしは 自分の足を見た
前よりも骨は太く丈夫になっていたが
まだ添え木を外すことはできない
そうか わたしの足が細ってしまったのは
あれが原因だったのだな
わたしは自分の足をさすりながら
独り言のように言った
プロキオンが ち と鳴く

小さな子供のころのことは
もうとっくに自分でけりをつけて
大人になったつもりでいたのだが
やはり 受けた傷というものは残るものなのだ
自分でも知らないうちに わたしは
自分にとても無理をさせていたのだろう

長い間 聞こえるところから
あるいは聞こえないところから
投げつけられ続けてきた
人々の憎しみの言葉は 思っていた以上に
わたしに深くとりついている
それでわたしは 自分に自信を持つことが
なかなかに難しくなった
いつも誰かに遠慮している
そう 彼にも言われたことがあった
人々が愛をあまりに馬鹿にするので
わたしは愛しながらも 自分に自信がもてないのだと

わたしは立ち上がった
手首につけた鈴がころりと鳴り
その瞬間 わたしはさっきまで見ていた夢を
きれいさっぱりと忘れてしまった
夢を見たことは覚えているのだが
思い出そうとすると砂の満ちている箱のような
重い記憶の空白ばかりが見える

お風呂に入りたいなどと思いながら
扉を開けると おや
もうそこに ヒノキのお風呂があった
ジャスミンの香りのする薄紫色の湯が
湯気をたてながら湯船の中でかすかに波打っていた

なぜみな こんなにわたしにやさしくしてくれるのだろう?
わたしは だいじなことをわすれているのだ
わたし自身が とてもたいせつなものだということを
理屈ではわかっていても 
どうしても 子供の頃の経験によって培われた
自分に自信を持てない性質というものは 
なかなかに治らないものなのだ

そうだ わたしは
自分を治さなければならない
きっとわたしは 思っている以上に深く傷ついている
誰もわたしにはそれを確かには言わないが
こうやってわたしのために
みながたくさんのことをしてくれるということは
そうせずにはいられないほど
わたしはたぶん 大変なことになっている
治さなければならない
わたしは 
治らなければならない
ひとびとのためにも

たくさんの星が 人間を助けてくれる
だが
わたしにしかできないことが あるのだ
絶対にわたしでなければ いけないことがあるのだ

わたしは希望を捨てない
わたしは未来を信じる
たとえ今がどんなに絶望的であろうとも
暗闇に一筋の光すらなかろうとも
果てしない道を わたしは倦むことなく進むだろう

ひとびとよ わたしは
必ず あなたがたを 助ける

未来を信じなさい



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天使のまね

2013-05-19 06:53:40 | 苺の秘密

世の中 少しでも変わったことをしてたり
少しでもすてきなかわいい子がいたりすると
みんなで その子をつぶして
殺して
当人が死んだあとで 一斉に
その子のまねをしたりするんだ
流行というのは けっこうそういうもんなんだけど

テレビを見てると 時々
今どきの若い女の子が
よく天使のまねをしてるのがわかる
まぶしいくらい白い服を着てね
長い黒髪を清潔にまとめて
きれいな感じで笑っている
わたしは なんか妙な感じで流行ってるなあって思う
わたしは あんなきれいな服 持ってないけど

深々とため息をついて テレビを消す
あのねえ
女の子たち
人間の女の子のまねをするのは
いけないとは言わないけど
天使のまねをするのは やめなさい
見ていられない
どうしてもわからないようなら 言うけれど
天使のまねをすると 透き通って
自分のほんとの心が丸見えなのだ
その心と 微笑みがまるで違うので
見ているととても苦しいんだよ

自分らしいなんてことばを
人はよく簡単にいうけれど
ほんとうに 自分らしく生きるということは
大変なんだよ
そういうことはね 人間でも天使でも
五十まで まじめに自分を生きてきて
初めてわかる

若い女の子たち まずは
おしゃれよりも カッコよりも 勉強しなさい
顔よりも スタイルよりも
心をきれいにするために
まじめに 勉強をしなさい

年をとって まるで何もわかってない
馬鹿なおばちゃんになんかなりたくないでしょ
そういうおばちゃん よくいるけど
君たちはいつも軽蔑してるよね
でも 今のままなら 君たちもいずれ
そうなってしまうよ

人のまねよりも まずは
自分を まじめにやろうね
わからなくてもいいよ
自分がどんなものかなんて
すべてわかってるひとは
天使にもいないから
ただ まじめに よいことをするんだよ
たとえば 廊下の雑巾がけなど
トイレの掃除など
庭の花壇の手入れなど
普通に自分がやれる よいことを
こつこつとやってみよう

女の人はね そういう真面目な姿が
いちばんきれいなんだよ



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どこに

2013-05-18 04:53:02 | 人間の声


脱ぎ捨てた 自分を探しに
遠い道を 引き返す
七色の 道化の衣装を
ひきずり
夢の終わった後の
血のりを吐きながら
よろよろと 引き返す

どこに 捨てた
おれの 魂
あのとき 何もかもが
いやになった おれが
湖に 石を投げるように
捨てた あれはどこにある

脱ぎ捨てた 自分を探しに
遠い道を 引き返す
長い道を 引き返す
どこにある あれは
いたい 胸がいたいほど
せつない 
さ み し い
風が 空っぽのむねを吹き抜け
俺の全身を冷やす
ああ
流れる涙は 芥子の色をしている

どこにある おれは
どこにいる
かみよ あいよ
わたしは どこにある

冷たい風に おれの空っぽの胸をまかせ
おれはどこにいく
どこまで いく

ああ




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男のめんつ

2013-05-17 06:36:09 | 苺の秘密

男のめんつってもののために
女にがまんさせすぎたってことのつけは
そうとう ひどいことになってるよ

男は 女がいると 楽しいんだよ
だから いい仕事ができるのさ
女がいないと 男は
何したって つまんねえから
いっぺんに おっちぬよ
そこが だいじだってのに
女はいやだ 馬鹿だってさ
そういうことばっかりやってさ
結局 女ににげられてんの
馬鹿だね

女は ずっと つらい
男が ガキだから ずっとつらい
いたい目見ても 馬鹿にされても
なんまんかい 泣かされても
がまんしてさ
なんでって 自分ががまんして
いいよって言わないと
男も みんなも だめになっちゃうからさ

いいかげん 男は
自分のめんつのために
せかいじゅうのすべてを 馬鹿にしてんのよ
そのつけ すっげえ高くなってるぜ
はやいとこ やめて
ガキは すっぱりやめて
女のために なんかしてやれよ
馬鹿は もういいだろう?



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これを女という

2013-05-16 06:46:07 | 苺の秘密


耐えようったって 耐えられない
そんなときなんか わたし
もういいって
なにもかも もういいって
すべて ゆるして
なんにもないことにして
それで すっかりばかになっても
いいわ あいしているから
わたし
みんな あなたにあげるわって
あるわ そんなこと

愛でなければ 壊れてしまう
わたしが 壊れてしまう
馬鹿ばっかりじゃ 
生きていけないのよ
おんなは
愛でなければ 生きていけないのよ



おお 女よ
つらかったのう
せつなかったのう
おまえは 美しい

いいんだよ わかっている
今は言わなくていい
ただ あなたをたたえよう
おんなよ よく耐えたね
あなたは やさしい
あなたは あたたかい
あなたは ほんとうに美しい

よく耐えたね
つばさのしたにヒナをだく
白鳥のように
愛ですべてをつつんだ
あなたは そういうものだ

おんなよ あなたがたは
やわらかなミントの若芽のごとき
やさしくも 香りの甘い
美しい愛の母なのだ





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あざ

2013-05-15 05:30:50 | 苺の秘密

べつに こんなこと
なんでもないんだって
あんたたちが ずっとやってきたこと
そろそろだめになるわよ

はんぱな おとこが
どうしてもおんなを抱きたくって
いやがってるコに みんなでたかって
ひどいことばかり したわよね
つらいなんてもんじゃなかったわ

みんなでやれば こんなこと
いいことになるんだって
ごまかして
みんな おんなは馬鹿だから
べつにこんなこと やってもいいいんだよって
おとこはみんな それで
おんなをむりやり馬鹿にしたのよ

でもね それとんでもないことになってるから
教えてあげるわ

馬鹿なおとこが
いやがるおんなに
むりやり馬鹿なことをすると
おとこが馬鹿になるってことになるの
もうとっくにそうなってるんだけど
わかってないみたいだから
教えてあげる

セックスを武器にして
おんなを馬鹿にして
自分の好きにして 辱めたら
おとこの方が 馬鹿になるのよ
顔に もろに
おんなを馬鹿にしたやつだって
あざができるの

それを見たらおんなが
一斉に逃げていくほど
馬鹿なおとこは
きたなくてみにくいものになるのよ

おんなはべつになんでもないの
そんなこと
もう じゅうぶんにがんばって
耐えてきて
泣いて 泣いて ずっと泣いてきたから

汚いセックスをしたら
おとこのほうが汚れるのよ



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ルナ・8

2013-05-14 02:47:29 | 詩集・瑠璃の籠

大勢の馬鹿は みんなでひとつの
人格を生きている
自分以外の人間と言う
ひとりの人間を みんなで生きている

だから 何に対しても責任は持たない
人に意地悪をしても 平気でいられる
影で悪いことをしても 平気でいられる
嘘だって 平気でつける
相手を馬鹿にしながら 微笑むなんてことも
立派にできる

みんな 自分じゃないから
できるのだ
自分じゃないから
痛くなんかないのだ
どんなに恥ずかしいことをしても
自分が恥ずかしいと思わない
みんな 自分じゃないからだ
自分じゃなくて みんななのだ
みんながやってるから 自分もやる
でも
みんながやったのだから 自分がやったのではない

自分の意見だと言って
たいそう自慢そうに言うけれど
みんなでほとんど同じことを言っている
言葉は微妙に違うけど 言ってることは皆同じ
みんな馬鹿だ おれはいやだ
すべてがいやだ

大勢の馬鹿は ほんとの自分がいやなのだ
だってそいつは とても悪いことをしたから
恥ずかしいことを 何回もしたから
絶対に自分がいやなのだ
だから 自分以外の人間という
一つの人格に みんなで逃げる
みんなという ひとりの巨人に
みんなで逃げる

大勢の馬鹿は みんなでひとつの
人格を生きている
自分以外の人間という
ひとりの人間を生きている

自分なのに自分以外の人間という
絶対にいない人間を生きている
いないはずの人間を
生きている



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ヴェガ・2

2013-05-13 07:07:58 | 詩集・瑠璃の籠


マニ車を 一度回しただけでは
お経をぱらぱらとめくって
全部読んだことにするだけでは
勉強をしたことにはならないよ

五体投地などして
自分を地に落として
悪いものにしてはいけない
厭離穢土 欣求浄土
この世のものは汚いと言って
他人よりも 自分を
次元の高いものにするために
教えを使ってはいけない

阿弥陀の名を 唱えるだけでは
ほんとうの救いはない
人の魂の 救いを
努力と関係のないものにしては
いけない
ほんとうに正しいことを
きちんとやりなさい

悟りというものを
正しい言葉にしていうならば
それは 自分の中に燃える
愛の鳥の声に震える
感動の中心にある
真実の自分をみつけることだ

むずかしいことにも
こつこつと取り組んで
少しずつ 間違ったことを
正しいことに なおしていきなさい

あいしているよ

あいしているよ



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ルクバー

2013-05-12 06:54:43 | 詩集・瑠璃の籠

その日わたしは 岩戸の中を散歩していて
遠くに山の見える 窓を見つけた
わたしは窓から外を見た
緑の山が青空の下に 明るく光っていた

山の季節は春を過ぎ 初夏の衣を着ようとしていた
さくらの紅はところどころにちらほらとあるが
若い緑がうれしそうに緑を燃やし始めていた
窓ガラスを透いてくる風に冷たい冬の幻を感じながらも
空は明るい夏の気配をおびていた
ツバメが飛ぶのが見える

さくら さくらに なつかしさを感じてしまうのは
なぜだろう
まるで とおい故郷の
ほんとうの父母の住む家の
庭に咲いていた乙女のように

そんなことを考えながら 小部屋に戻ると
おや 星がそこにいた
わたしは その星を見ると
あわてて腰を落とし 姿勢を正して
頭をさげていた
何だか その星の顔を見ただけで
自分がいけないことをしていないかどうか
気をつけなければいけないと思ったのだ

星はしばらく黙ってわたしを見ていたが
やがて静かな声で名乗った

ルクバーと申します
カシオペイアの宮で働いております

わたしは ああと言った
何かを思い出したような気がしたが
もちろん何も思い浮かばない
けれどもわたしは ルクバーに
何かとても大きな貸しを作っているような気がして
とてもすまないような気持ちがしていた
そんなわたしを見て ルクバーは言った

しばらく見ないうちに
ずいぶんとお美しくなられましたな

わたしはもちろんそれはルクバーの冗談だと解し
返した
ええまあ
そういうあなたも しばらく見ないうちに
ずいぶんとご立派に

わたしは変わっておりませんよ
しかしまいりましたな
あなたという人は 頑固なほどまっすぐで
曲げようにも曲がらない鋼鉄の人だが
それが女性になってそこまでかわいらしいと
確かに困ったものだ
わたしも言いたいことがあってここに来たのだが
何を言いに来たのか あなたを見て
すっかり忘れてしまった
まあそのうち思い出すでしょうが

わたしはルクバーをきょとんと見つめた
ルクバーはわたしの顔を見て
ふふ と笑い
まいったなという顔をした
ルクバーはため息をひとつつき
とにかく話題をとぎらせてはいけないというように
話を続けた

わたしはカシオペイアのものだが
このたび事情があって少しの間
ぎょしゃの宮で働くことになりました
というのも ぎょしゃの宮から
地上に降りていく星がいくたりかいらっしゃり
そのために宮の人手が足りなくなったからなのです

わたしは ああ と大きな声をあげた
カペラのほかにも 
ぎょしゃの宮から地上に降りる星がいるのですね

ええそう
エルナトはもうすでに行っております
ほかにも何人か 地上に降りる準備をしている星がいます

わたしは少しうれしくなって 言った
ああ そんなにもたくさん 地球を心配してくれる星がいるのですね
するとルクバーは 困ったような微笑みを返し
わたしに言った

ああ 何をあなたに言いに来たのか
やっと思い出しましたよ
ますぐなる方よ あなたは当分
活動をひかえてください

はい そうしているつもりですが

いえ そうではなく
その 甘い蜜のような愛の詩を書くのを
少しの間 やめてください
わかっているでしょうが
あなたが この岩戸に閉じこもっていなければならないのは
今の人類にとって 困ることがあるからなのです

はい それはどういうことですか

今の人類には あなたよりも
エルナトや カペラのほうが
ありがたいのです
あなたは人類に甘すぎる
それもまた人類に必要なことだが
もはや人類はあなたに
借りをつくりすぎた
あなたは盲のようになって
ただひたすら人類を愛して やってきたが
もはや それ以上のことを
人類のためにしてはいけないところまできていると
何度も言われたでしょう

はい それは 言われました

あなたが岩戸に閉じこもっているのには
傷つきすぎたあなたを癒すためでもあるが
もう一つ 人類のためには 
決してあなたを外に出してはならないという
理由もあるのです
あなたは めったに 人類に会ってはいけません
甘い愛の詩も 書かないでもらいたい
それは人類のためにならないからです

わたしはルクバーの話をじっと聞いていたが
たしかにそのとおりだと思った
自分のくせで つい甘いきれいな詩を書いてしまうが
この頃はそういう詩を書くたびに
何か心のふちでひきつるような痛みを感じていたからだ

わかりました しばらく活動は控えめに
少し方向を変えてみます

そう 素直でものわかりがよいのもあなたのよいところだ
ではこれでわたしの用は終わりましたかな
何か言い忘れはなかったか

そういって考えているルクバーの顔を見ていると
なんとなく この星に気が引けるわけがわかってきた
ああ とわたしはルクバーに言った
わたしはあなたに いつも怒られていますね

おや 思い出しましたか
あなたが頑固に過ぎたり
必要以上のことをやりすぎたりするときには
少々お説教をさせていただいております
あなたときたら 本当に頑固で
ときに全く人の言うことに耳を貸さないので
皆困ることがあるのですが
わたしが言うと 少しあなたも言うことを聞いてくれるのです
その理由は言えませんが

わたしは目を伏せて少し身を縮めた
確かに ルクバーと一緒にいると
なんとなく 先生に怒られた小学生のような気持ちになる
ルクバーは 思い出したかのように ああ と言って
ふところから小さな金の鈴を取り出した
そしてそれをわたしの方に差し出していうのだ

これはよい鈴です
美しい歌を歌ってくれます
あなたの心の傷にとてもよいことをしてくれる
さびしかったり つらいことを思い出したりするときは
この鈴を振ってその音を聞くといいでしょう

わたしはありがとうと深く礼を言って
鈴を受け取った
金の鈴には赤いひもがついていて
それは手首にまくのにちょうどよい長さだった
鈴は手のひらで転んで ころりときれいな音をだした
すると何だか 急に
頭の中に薄紅の美しいさくらの花が思い浮かんだ
懐かしさと同時に 悲しい望郷の心が生まれた
もう二度と帰れない故郷が わたしにはある
そんな気がした
涙が流れそうになったが
鈴がもう一度 ころりと鳴ると
瞬時にそれは乾いて
さくらの花のイメージも拭い去られたかのように
わたしの頭の中から消えていた

ふと見上げると
ルクバーが 優しげにも苦しそうな瞳でわたしを見ていた
わたしは理由をきいてはいけないことはわかっていた
今のわたしには それは知ってはいけないことなのだ

それでは と ルクバーは簡単なあいさつをして
すぐに小部屋から出て行った
プロキオンが ちる と鳴いた

わたしはしばらく 愛の歌をひかえねばならない
けれども 詩は書いていいのだろう
何かほかに 努力のできる道を探ってみよう

わたしは金の鈴の緒を左手にくくりつけ
手を振ってそれをころころと鳴らしてみた
愛がわたしの胸に落ちてきて
思い出す前に 思い出してはいけないことを
次々と消してくれているような気がした





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