シルバーバーチを拠り所にして

スピリチュアリズムを学んでいます。

お守り

2015-11-13 14:24:55 | 拝み屋Mちゃん
宗教的信条ないしは教条は、地上界のいわゆる夾雑物の一つです。これは見方によっては疫病や伝染病よりも性質が悪く、身体的な病よりも危険です。なぜなら、それが「魂の病」を生み出しかねないからです。霊性が目隠しをされてしまうのです。
・・・いかなる聖遺物を崇めてもいけません。ただひたすら大霊の摂理に従うように心がけるベきです。摂理こそが宇宙で最も大切なものだからです。宇宙の最高の権威は大霊の摂理です。
『シルバーバーチは語る』


勿論わかってます!
100%シルバーバーチの言うことは正しい、どう考えても正しいのですが・・・

悩ましいのは、子供の七五三のお参りに神社から頂いた小さなお守りの処分。

お守りについていた鈴は、音が良いので取っておくとして、
眺めていると、あの頃の思い出がよみがえってくるのですね。

「神様にあれだけ子供の健やかな成長を祈願したのに、いらなくなったらポイはないよなあ」とか、「バチ当たったら(当たるはずないけど)」とか、思考がグルグルしてきました。

これが私のDNAですか・・・ね?

霊性を目隠しする「宗教」から、一歩一歩足を洗って、大霊の摂理のみを信仰するということは、大枠はできても、完璧はかなり難しいものだなあと、と実感します。


こうして自分の問題になるとMちゃん家のグロテスクな置物を燃えないゴミ扱いして悪かったなあ、と反省です。


神主家系の私にとって、お守りとはロザリオとか数珠みたいなもの。
まさに踏み絵と同じ・・・かな。
外人なら、変色したお守りなんざ、足で踏んでゴミ箱に捨てれるだろうな。

ここまで考えて、七五三の守りは、荒塩と一緒に紙に包んで燃えるゴミで捨てようかと思いました。
荒塩に包む部分が私の気弱さですね。
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