2014年7月14日に高塚山(標高186m)の頂上にある高塚竜神神社の写真を撮ってきましたので紹介します。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/b4/7103d937a130b195e5ae35748419259b.jpg)
上の写真は高塚山ハイキングコースの案内板で2014年3月に設置された真新しいものです。
案内板の西入り口から登っていきました。
拡大版はこちら
http://seiyo39.blog.eonet.jp/default/files/P1280782_1.JPG
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/1f/1b4efd85c67a4ca8fa75dac40fa1cb6a.jpg)
上の写真は高塚竜神神社の鳥居と拝殿です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/1b/87594a372c61e16c48c550733d3924e6.jpg)
上の写真は拝殿前の竜神神社の説明板です。
そのまま引用紹介します。「高塚竜神様は、その昔、近江の竹生島より勧請され、高塚山の頂にお祭り
されている神様で、縁結び、安産、病気、商売、事業、進学等の上に、あらたかな御神徳があり、
一旦事ある時は、雲をよび嵐となって、天空をかけめぐり、悪をいましめ、正しき願いは必ずかなえて
下さる、大願成就の神様です。」
竹生島の都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)か?
字は少し違いますが須麻(すま)となっているのが面白い。
竹生島の訪問記にリンクしておきます。
長浜散策記 その1 竹生島 宝厳寺 2011-9-7~9-8
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/12/8ab23d238007587bec35175f017d38d7.jpg)
上の写真は高塚竜神神社の本殿です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/e0/009ff1b81f94d42e8e980d3d11b76202.jpg)
本殿に向いて水際に鎮座の摂社。
鏡と石が置かれています。鏡は高塚山古墳群からの出土品か?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/d9/5bf4b96edb30ce9b748af5c9e4714083.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/d1/b905c6a0c9fa6a2deb83faf4b8cab934.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/cb/f010fdd63147ba931d42e574d34542e8.jpg)
上の3枚の写真は摂社です。何がお祀りされているのか未調査で不明。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/bb/3461a4c5c769031f55a56f8e25c35403.jpg)
上の写真は展望場所の近くに鎮座する聖観音菩薩さまです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/45/708c0ddaab309be5ac319c0288dc5918.jpg)
上の写真は展望場所からの眺めで明石海峡大橋方面を観たもの。
当日雨で良い写真が撮れていないのので上述の高塚山ハイキングコース案内板のものを添付しました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/2f/9afc2002a3f3786639ccc9031b367b9e.jpg)
上の写真は昭和56年(1981)5月17日に解脱会神戸中央支部により建立された石碑です。
高塚竜神神社は徳川道の経路の途中にあり大山寺と転法輪寺を結ぶ道として古代より存在
していたようです。
高塚山古墳群は6世紀の円墳軍で全部で15基確認されておりそのうち9基については
平成3年(1991)3月1日~9月4日の第1次調査と第2次調査(1991.12.3~1992.5.8)に
発掘調査が行われ現地説明会も行われた記録があります。
神戸市教育委員会による調査報告書は下記サイトから見れます。
http://rar.lib.kobe-u.ac.jp/Repository/metadata/382
9基の古墳は、いずれも横穴式石室の埋葬施設で高塚山古墳群1号墳(T字状の石室)については
神戸市埋蔵文化財センターの前に復元されています。
1号墳についての小生のブログ記事にリンクしておきます。
高塚山古墳群1号墳
9基の古墳の出土品は須恵器+土師器+耳環+ガラス玉+馬具+鞘金具+鉄鏃
このうち耳環については金メッキされたものが出土しており(高塚山2号墳、7号墳)
2014年7月19日から8月31日に神戸市埋蔵文化財センターで開催中の「装いの考古学」で
展示されています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/22/fef165bfac074056e1fa09969b3445d2.jpg)
上の写真は上記神戸市埋蔵文化財センター企画展「装いの考古学」の看板。
高塚山古墳群の祀られた地方豪族が大陸から新しい技術を伝来させた海人族ではないかと
推測できる根拠となる発掘品である。
また2号墳の線刻画や8号墳における火葬の痕跡も貴重な考古資料である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/c6/0b999b20fce1279139f27f7bc6385552.jpg)
上の写真は高塚山古墳群1号墳の横穴式石室の復元。撮影:2014-7-20
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/b4/7103d937a130b195e5ae35748419259b.jpg)
上の写真は高塚山ハイキングコースの案内板で2014年3月に設置された真新しいものです。
案内板の西入り口から登っていきました。
拡大版はこちら
http://seiyo39.blog.eonet.jp/default/files/P1280782_1.JPG
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/1f/1b4efd85c67a4ca8fa75dac40fa1cb6a.jpg)
上の写真は高塚竜神神社の鳥居と拝殿です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/1b/87594a372c61e16c48c550733d3924e6.jpg)
上の写真は拝殿前の竜神神社の説明板です。
そのまま引用紹介します。「高塚竜神様は、その昔、近江の竹生島より勧請され、高塚山の頂にお祭り
されている神様で、縁結び、安産、病気、商売、事業、進学等の上に、あらたかな御神徳があり、
一旦事ある時は、雲をよび嵐となって、天空をかけめぐり、悪をいましめ、正しき願いは必ずかなえて
下さる、大願成就の神様です。」
竹生島の都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)か?
字は少し違いますが須麻(すま)となっているのが面白い。
竹生島の訪問記にリンクしておきます。
長浜散策記 その1 竹生島 宝厳寺 2011-9-7~9-8
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/12/8ab23d238007587bec35175f017d38d7.jpg)
上の写真は高塚竜神神社の本殿です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/e0/009ff1b81f94d42e8e980d3d11b76202.jpg)
本殿に向いて水際に鎮座の摂社。
鏡と石が置かれています。鏡は高塚山古墳群からの出土品か?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/d9/5bf4b96edb30ce9b748af5c9e4714083.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/d1/b905c6a0c9fa6a2deb83faf4b8cab934.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/cb/f010fdd63147ba931d42e574d34542e8.jpg)
上の3枚の写真は摂社です。何がお祀りされているのか未調査で不明。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/bb/3461a4c5c769031f55a56f8e25c35403.jpg)
上の写真は展望場所の近くに鎮座する聖観音菩薩さまです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/45/708c0ddaab309be5ac319c0288dc5918.jpg)
上の写真は展望場所からの眺めで明石海峡大橋方面を観たもの。
当日雨で良い写真が撮れていないのので上述の高塚山ハイキングコース案内板のものを添付しました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/2f/9afc2002a3f3786639ccc9031b367b9e.jpg)
上の写真は昭和56年(1981)5月17日に解脱会神戸中央支部により建立された石碑です。
高塚竜神神社は徳川道の経路の途中にあり大山寺と転法輪寺を結ぶ道として古代より存在
していたようです。
高塚山古墳群は6世紀の円墳軍で全部で15基確認されておりそのうち9基については
平成3年(1991)3月1日~9月4日の第1次調査と第2次調査(1991.12.3~1992.5.8)に
発掘調査が行われ現地説明会も行われた記録があります。
神戸市教育委員会による調査報告書は下記サイトから見れます。
http://rar.lib.kobe-u.ac.jp/Repository/metadata/382
9基の古墳は、いずれも横穴式石室の埋葬施設で高塚山古墳群1号墳(T字状の石室)については
神戸市埋蔵文化財センターの前に復元されています。
1号墳についての小生のブログ記事にリンクしておきます。
高塚山古墳群1号墳
9基の古墳の出土品は須恵器+土師器+耳環+ガラス玉+馬具+鞘金具+鉄鏃
このうち耳環については金メッキされたものが出土しており(高塚山2号墳、7号墳)
2014年7月19日から8月31日に神戸市埋蔵文化財センターで開催中の「装いの考古学」で
展示されています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/22/fef165bfac074056e1fa09969b3445d2.jpg)
上の写真は上記神戸市埋蔵文化財センター企画展「装いの考古学」の看板。
高塚山古墳群の祀られた地方豪族が大陸から新しい技術を伝来させた海人族ではないかと
推測できる根拠となる発掘品である。
また2号墳の線刻画や8号墳における火葬の痕跡も貴重な考古資料である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/c6/0b999b20fce1279139f27f7bc6385552.jpg)
上の写真は高塚山古墳群1号墳の横穴式石室の復元。撮影:2014-7-20