「差不多」的オジ生活

中国語の「差不多」という言葉。「だいたいそんなとこだよ」「ま、いいじゃん」と肩の力が抜けるようで好き。

「千々にくだけて」

2006-01-11 | 
万葉集の英訳で知られるリービ英雄さんの「千々にくだけて」(講談社)を読みました。筆者を思わせる主人公が米国に向かう機中で9・11同時多発テロに遭遇し、カナダに足止めされる。実際に筆者が遭遇した特異な体験を、米国人で日本語の小説を書き、中国にも活動の場を求める筆者らしい感性で描いた、不思議な、しかしなんとも重たい小説です。

飛行機で隣に座っていた老人の戦争のときの日本語での体験談、機長の「米国は被害者になった」という英語の案内、テレビの中で崩れていくタワーとそれを見る人々の短いつぶやき、ニューヨークにいる血のつながっていない妹への電話の不通音など、身近な細かい断片をつなぎ合わせて、世界が大きく変容する瞬間をとらえます。その象徴が松尾芭蕉が松島をよんだ句「島々や千々にくだけて夏の海」。タワーが崩壊する場面と「千々にくだけて」の英訳broken,broken into thousands of piecesが静かに重なり合います。

内面を極力表に出さず、短い言葉や事象を淡々と描くことで事象の重みが伝わります。「グラウンド・ゼロ」という英語を耳にして「ばくしんち」という日本語を思い愕然とする場面は、静かな水面に突然大きな石が落とされ、勢いよく幾重にも波が広がっていくような印象を与えます。

なんとも不思議な重い小説ですが、9・11以降、我々が生きているこの世界は、この重さを引きずり,対峙していかなければならない社会になっているのだ、と思うと一層その重みが増す感じがいたします。