「差不多」的オジ生活

中国語の「差不多」という言葉。「だいたいそんなとこだよ」「ま、いいじゃん」と肩の力が抜けるようで好き。

ハイパー・メリトクラシー化のなかで

2006-12-31 | つれづれ
今年を振り返って印象深かった本があります。『多元化する「能力」と日本社会 ―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』(本田由紀、NTT出版)。この「ブログではそういえば感想を書いていなかったのですが、特に「ハイパー・メリトクラシー」という概念に興味を惹かれました。

=以下、アマゾンから=
現代社会で求められる「能力」とはなにか。「人間力」「大人力」などの言葉が氾濫する「『能力』の多元化」という社会状況の一端を、ハイパー・メリトクラシー(超業績主義)というキーワードを手がかりに描き出していく。

近代社会ではメリトクラシー(業績主義)が社会をすべる基本原理のひとつだった。それがポストモンダンの時代にはハイパー・メリトクラシーが社会の基本原理のひとつとなっているというもの。すごーーく砕いて身近な話にすると、要するにテストではかれる「学力」が人の能力の基準だった時代から、「人間力」など人格すべてが人を「はかる」ものさしとなってしまう社会。これは恐ろしいですよね。「人間」すべてが評価の対象になるなんて、おちおちのんびりと生きてもいられない。で、仕事の面では「成果主義」がその表出となります。

筆者はハイパー・メリトクラシーとういう概念を持ち出すことで、いま社会で進んでいる超管理化、息苦しさみたいなものの正体を見極めようとします。格差社会の現状分析(ちなみに筆者は新書「ニートっていうな!」の編者の一人です)を試みます。で、この重苦しくい現実をなんとかするには、という提言まで踏み込むのですが、残念ながら提言自体は「へ?」というかスカっとこけた感じがしてしまうのが難点で、非常に残念な本なのです。

と、本の内容はここまでですが、なんで印象深かったかというと、混沌とした現実意をなんとかしよたいという意欲と、そのための手段に新しい概念ハイパー・メリトクラシーというものを生み出したその感性に共感したということがひとつ。あとは、格差がどんどん拡大する一方の社会、社会全体がどうにも重苦しい雰囲気をたたえていることへの私なりの恐れ、焦りみたいなものがあって、それを的確に言葉にしてくれたように感じたからです。

個人的にもろくでもない一年でしたが、社会全体もどうにも、なんともいえない重さを感じます。少なくともいい方向に向かっていると感じられることがあまりに少ない。来年は好転への転機、きっかけをつかめればいいと切に願います。まずは紹介した本のように現実を冷静にみつめて問題点を見極めること。そして処方箋を考え、実行できることは実行していくこと。当たり前のことですが、そんなことから始めるしかないのでしょう。

人間が人間として尊厳を持ち続け、生きる希望などとわざわざ訴えなくても子どもたちが生き生きと暮らしていける社会。来年はそんなことを夢見るための第一歩にしたいというか、踏ん張りどころのように思います。皆様、よいお年を、というかいい一年にしていきましょう!

のだめフェスティバル

2006-12-30 | つれづれ
有楽町の東京国際フォーラムで開催中の「のだめフェスティバル」に出かけてきました。いやあ、のだめ旋風はまだやまずですね。来年1月11日から深夜枠でアニメ放送も始まるそうです。

フェスティバルはのだめ関連の音楽商品を販売したり、電子チェロや電子ドラムが体験できたり、ドラマで使用された千秋の衣装や裏軒のグッズなどが展示されたり。写真のように、お馴染みぬいぐるみのマングースが会場内で人気を集めていました。まあ展示はこんなものか、ですが、無料のコンサートも随時開かれており、そちらをメインに楽しんできました。クラシック業界にしてみれば千載一遇のファン拡大のチャンス。力が入っている感じです。

この催し、カウントダウンまで続くとか。で、毎年恒例という雰囲気になってきた一大音楽祭典「熱狂の日」の前宣伝にもなっています。昨年はベートーベン、今年はモーツアルトで大人気でしたが、来年は少々小粒というか一般受けしにくそうな感じですから、必死の宣伝といったふうでありました。

王の男

2006-12-29 | 映画
韓国映画「王の男」を観てきました。きょうは映画館がレディースデーで900円。たくさんの女性が来ていました。女性はレディースデーがあって安く映画が観られてうらやましいです閑話休題。この映画、終わったとき周囲の女性たちが涙を拭いていましたが、私は…

=以下、goo映画から=
16世紀初頭、漢陽にやってきた旅芸人チャンセンと相棒の女形コンギル。都で時の王ヨンサングンが、妓生上がりの官女と日夜遊び呆けている噂を聞きつけた2人は、芸人仲間と宮廷を皮肉った芝居を始める。興行は人気を博すものの、一座は侮辱罪で逮捕されてしまう。重臣に「王を笑わせることができれば、侮辱ではない」と反論したチャンセンたちは、死をかけて王の前で芸を披露する。彼らの芸は王を魅了することができるのか…。


王という独裁者、最高権力者の孤独と狂気がよく演じられていたと思います。そこは見事だし、芸人と政争をからめていく手法も面白いとは思いました。でも、女形とチャンセンの関係がなあ、どうもなあ、すっきり腑に落ちない。頭ではわかりますよ、お互い心と心で通じ合い、思い合っている二人だと。でもねえ、ストンというふうには納得できない。だから周囲の女性たちと違って泣けないどころか、けっこうさめた目でみてしまうんですよね。

映画の本筋とは関係ないけど、「芸人」というものがもつ毒気、権力の対極にある位置、というものに思いをはせました。本来、優れた芸人は社会の毒を中和する、権力を揶揄し、時に社会に強烈な「毒」をもたらす。そんな存在だと思うのです。映画ではそんな本来の芸人のあり方がうまく描けているなと感じました。年末年始のテレビを見ていると特に「芸NO人」が己の無知さをひけらかし、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てているだけの番組があふれていて嫌になる。

と、映画のことにふれずにすみませんが、まあ、韓国のイケメン俳優を観るにはもってこいの作品ではあります、という評価にしておきます。

仕事納め

2006-12-28 | つれづれ
本日で仕事納め。いろいろなことがあったこの一年を、漢字一文字で表現するとすれば「失」という以外思いつきません。

父の死をはじめ、様々なことを失う一年だったなと感じます。中年期は失うものがだんだんと多くなっていく、というのは何回か書いた感想。それにしても今年は象徴的だった。年末にかけて精神的にちょいとまいる日々もありましたが、まあ、なんとか乗り切っているのかな、と。

来年はもう少し明るい一年になるといいなあ。自分の意思だけではどうにもならないことがあるけれど、少なくとも意思の力が及ぶ範囲では前向きな方向にもっていきたいものだと思います。

まだ今年が終わったわけではありませんが、実質的には最終日ということでなんとなく。

007/カジノ・ロワイヤル

2006-12-26 | 映画
かっこいいです。最新の007シリーズ「007/カジノ・ロワイヤル」でジェームズ・ボンドを演じるダニエル・クレイグ。これまでのボンドとは一味もふた味も違います。

=以下、goo映画から=
暗殺の仕事を2度成功させたジェームズ・ボンドは“00(ダブルオー)”の地位に昇格し、最初の任務で、世界中のテロリストの資金源となっている“死の商人”ル・シッフルの存在を突き止める。高額掛金のポーカーで資金を稼ごうとするル・シッフルと勝負するため、モンテネグロに向かうボンドの前に、国家予算である掛金1500万ドルの監視役として財務省から送り込まれた美貌の女性ヴェスパー・リンドが現れる。


粗野でワルな雰囲気を漂わせながら、心に葛藤を抱えて悩むダニエル・クレイグの姿は、「なんでもできちゃうかっこいいボンド」というこれまでのヒーロー像とは似ても似つかない感じがします。一人の男として本気で恋もするし、悩みもする。それが憎らしいぐらいによく似合うんだ、これが。それでいてMとの会話もセンスがよくて、ボンドガールも魅力的、お約束の「テクノロジー」も出てきますから、なんというか、007の伝統的な魅力も楽しめます。

これまでの007シリーズ作品を、ダニエル・クレイグでリメイクしたものが観てみたい、などといったら古の名優たちに失礼でしょうか。それぐらい存在感があります。

おなじみのテーマソングに代わり今回は新しい歌が。葛藤に苦しむボンドに合った歌詞とリズムでした。で、最後の最後にお馴染みの決め台詞とおなじみのあのテーマソングが鳴り響き、007の誕生を告げるのでありました。あまり007シリーズはお奨めしないのですが、この作品はいいですよ。

のだめ最終回

2006-12-25 | つれづれ
ついに終わってしまいましたドラマ版「のだめカンタービレ」。最終回はなかなか感動的な終わり方でした。あの「俺様千秋様」が、みんなに感謝という思いをこめて、目を真っ赤にしながら指揮する日本での最後の曲「ベートーベン交響曲7番」。青春の旅立ちという普遍的テーマさえ感じさせる極上のシーンだったと思います。

それにしても漫画を実に忠実にドラマ化したことに敬服。原作のもつおもしろさ、ナンセンスさ、感動などを余すところ無く伝えたと思います。原作では千秋が、指揮するSオケで「もっと続けていたい」と心の中でつぶやく場面。あの場面から作中人物がより一層生き生きと動き出すような感じがあって、のだめの故郷・福岡県大川でののだめと千秋の出会いの場面がひとつのピークになるわけですが、ドラマでは最初から人物がいきいき、という感じがしていました。

ヨーロッパ編では漫画のほうもパワーダウンした感じがあるので、いいところで終わったかな(もっとも、ヨーロッパ編でドラマならどういう役者を配置するか、という興味もあるにはあるのですが)。

この漫画の見事な点の一つは、人間関係を容赦なくリセットするところにあると思います。これまでの漫画の多くだったらミネら学生時代の仲間をもっと引き連れて(それこそ「裏軒パリ支店」など作ってしまって)その人間関係をヨーロッパでも生かしながらというか狭い人間界での「成長」で終始してしまいがち。そのほうが読者も安心するし、ある意味、作者も冒険しないですむわけですから。

それが、ヨーロッパ編ではほとんど日本の学生時代の仲間をきれいに忘れたような感じで新たな世界を構築します(「いぶし銀のモーツアルト」黒木君など一部はもちろん、関係が続きますが)。ミネも裏軒も一度も出てこない。見事です。で、「冒険」がそこそこ成功する。のだめという主人公のパワーもあるのでしょうが、やはり途中から作中人物が生き生きと動き出し、まるでほんとの世界のように活動しているからこそ、こうしたことも可能なのかな、などと思ったりもします。

おっと、ドラマの感想からどんどん離れてしまいました。ま、なにはともあれ、今年のドラマの中では「アタリ」の一本でありました。

シャカリキ!

2006-12-24 | 
ついに完結しました漫画文庫の「シャカリキ!」。以前も紹介しましたが、自転車漫画の金字塔的存在のこの漫画、毎月発売日を楽しみに待った作品でした。

特に6巻と最終巻の7巻、沖縄を舞台にしたツールド沖縄編は感動的。途中「セカンドウインド」という、ちょいとありえない展開もあったにはあったのですが、それを差し引いてもなお、自転車競技、ロードレースの面白さを存分に味あわせてくれました。ストーリーの展開は予想がつくのですが、手に汗握り、主人公やそれをとりまく人々の心情に共感し、ハラハラする。お見事なお手並みでした。

思うに、ロードレースの面白さは「あいつに負けたくない」という実に単純明快な動機に根ざすわかりやすい闘いが基本で、肉体を極限まで酷使して競う。その道具に自転車がある。さらに、そこに後ろについて引っ張らせるとか、仕掛けるタイミングなどの戦略性が加わってくる。この漫画は漫画らしいデフォルメとわかりやすさ、単純化でそれをうまく描ききったという気がします。

少年が青年になっていくとき、何か打ち込むものを見つけられた少年はとても幸せだなとも思いました。久しぶりにわくわくした少年漫画の王道のような漫画でありました(ああ、続きが読みたい…)。

忘年会

2006-12-21 | つれづれ
忘年会が続き、更新があまりなくてすみません。この季節はほんと、仕事はけっこう年末に向けて時間に追われるのに、夜は忘年会が待っている。だからさっさかと切り上げなければいけないまさに追われるようなという、考えてみれば不思議な季節です。ま、忘年会自体をサボればいいじゃないかということなのでしょうが、まあそこはそれ、やはり節目というものがありましょう。お酒も嫌いではないですし。というわけで、きょうもまたいい気分です。

働きマン3

2006-12-19 | 
安野モヨコさんの「働きマン」第3巻を読みました。以前にも書いたとおり、安野さんはいま輝いている漫画家。この巻でも「週刊JIDAI」でバリバリ働く主人公を軸に、政治家やら漫画家やら植木職人やら、さまざまな「働く」姿が取り上げられています。

でも、この巻の見所は主人公の恋愛の行方でしょう。仕事ができすぎるゆえに、がんばりすぎてしまうがゆえに、恋人との距離はどんどん離れてしまう。現実にありそうな話です。主人公の涙と立ち直りまでの苦悩はなかなかです。

仕事がしたくなくなったとき、仕事に疑問をもったとき、読むと元気が出るという本の性格は基本的に変わっていません。

つばらつばら

2006-12-17 | 
もんろーさんがブログで紹介していた「つばらつばら」というお菓子を食べてみました。

雑誌「ブルータス」で手土産にもっていくのにベストと称されたお菓子。一口サイズの小さなドラ焼きといった風情ですが、これがおいしい! 「皮」がふかふかというより、もっちりとした感触。餡は粒餡、上品な甘さです。皮と餡の相性がいい感じがします。

ひとつ147円ですからまあ手ごろで、日持ちがして、鶴屋吉信のブランドですから、なるほど、これは手土産に適したものだと思いました。

手土産はやはり自分が食べてもいいものを贈りたいものですね。

気が重い

2006-12-16 | つれづれ
空は晴れ、うららかにさえ感じる陽気。前から楽しみにしていたツーリングには絶好の日和、のはずだったのですが…

生きているといろいろなことがあります(いやほんと大げさではなく、まさかねえというようなことが)。急遽中止にせざるをえない出来事が発生して、背広に着替えて泣く泣く今から出かけます。まったく間の悪い…しかも気が重い内容で…ふー

電飾

2006-12-15 | つれづれ
この季節はどこに行っても電飾(古い言い方ですね)花盛り。一昔前と違ってLEDを利用したやわらかーい感じのイルミネーションが多くなりました。

携帯でとった写真ですが、カレッタ汐留のクリスマスイルミネーション(生誕節電飾)です。波をイメージしたものだそうです。東儀秀樹さんの雅楽を流す時間もあって、幻想的です。

自転車依存症

2006-12-13 | 
「自転車依存症」(平凡社)という本を、題名にひかれて読んでみました。一言、「金返せ」でした(笑)。

いや、確かに自転車好きな人間にありがちな、一台買うとまた次の一台、また一台と増えていく様や、「出力過剰感」というふうにあつく自転車を語る様なんぞはその通り、と共感しました。でも、内容がないです。はっきりいって。

作者のいわばオタクぶりを露出しただけ。それも自転車だけでなく、鉄道やカメラ、自動車についての薀蓄、こだわり、オタクぶりを、その世界がわかる人間にだけわかる言葉で書いただけのもの。途中から、一体この本は自転車の本だったのか作者のオタクぶりを自慢したいだけの本だったのかわからなくなっている。サークル内の交換日記や掲示板で書けばいいような話で、わざわざ値段をつけた出版物で出す理由がわからない。著述業というわりにはレベルが…

まあ、筆者も書かれているように、自転車の世界は狭いから、あまり批判的なことを書くとお目にかかったときにバツが悪そうなのでこの辺にしておきます。でもなあ、これで1600円はなあ…あ、ひとつ評価するならばネーミングです。「自転車依存症」は言いえて妙。これはお見事でした。

「功名が辻」最終回

2006-12-11 | つれづれ
昨日で最終回を迎えた大河ドラマ「功名が辻」。今年はほとんど全部見てしまいました。総じて面白かった。

ラストの15分は進行が早かったですねえ。普通の大河なら2ヶ月ぐらい引っ張れそうな部分ですが、なにせ山内一豊が死んでしまっては、いくら千代とても大阪冬の陣・夏の陣、徳川家康の逝去までかかわるわけにはいかないですものね。

秀忠役は以前、西田敏行が吉宗をしたときにも息子・家重役で涙も鼻水もたれながし、名演を披露した中村梅雀さん。今回もわずか数かカットだけですが、存在感ある演技が光りました。やはりうまい人が演じるとしまります。

仲間由紀恵さんの演技は、まああまり問題にしますまい。でも、繰り返しますが総じて引き込まれる脚本でした。年毎にほんと、アタリはずれが大きいですよね、大河は。最近だと今年のと「新撰組!」は私にとってのアタリ。義経と武蔵、特に後者は論外でした。2、3回見てサヨナラしました。

来年は山本勘助だそうですが、予告編を見る限りはずれの予感が…さて期待を裏切るものになるのか否か。

ささやかですが

2006-12-10 | つれづれ
いま気づいたのですが、先週1週間のアクセスIPが500を初めて超えました。特に目立ったアクセス集中があったわけではなく、日々ほぼコンスタントに70以上という感じ。ここ何週間かだいたいそんな感じでそろそろ超えるかな、とは思っていたのですが、いよいよキリのよい数字を記録したわけです。ささやかな数ですが、特になにがあるというわけでもない中年オジの日記ブログにしては、というわけで、記念に文章化しておきます。ご訪問いただいている皆様、ありがとうございます。