プロフェッショナルは世の中、社会を成り立たせる上で必要不可欠な存在だ。プロがいてこそ、どの世界も水準が保たれ、進歩もする。魚をみるプロがいれば、IT技術のプロもいれば、外科手術のプロもいるし、会社経理のプロもいる。共通しているのは、それぞれの仕事に誠実に取り組むことがプロの最低条件だと感じる。そして、その仕事に誇りをもつことも大切な条件だろう。教員は子どもを教育することに、政治家は国民生活を向上させることに誠実に誇りを持って心血を注ぐことがとても大切だ。
知能犯を取り締まる警官が犯罪の中心にいたり、自分の利益のために客の金を流用したりする「プロ」が横行しだすと、信頼が揺らぎ、社会の根幹が揺らぐ。人は頼るべきものがわからなくなり、己の知る限りのとても狭い世界に安住し、社会は機能低下、機能不全に向かいかねない。
一方、プロはあくまでも自分の世界だけのプロ。金融のプロがたとえばプロ野球解説をプロ面してするのはどこかおかしい、プロ棋士がわかりもしない政治・教育に口出しして天皇にたしなめられたりするのは、自分がプロである、拠って立つ基盤を履き違えて余計なよそ様の世界にちょっかい出す愚かしさの典型でしかない。こうした愚かさも最近とても多く見られる。芸能人のワイドショーでの表層的感想発言などなど。こうした行為も本来のプロの世界を蝕む。
本物のプロは謙虚であることが多いので、似非プロの発言を苦笑してみてしまうことが多い。で、似非プロはますますずうずうしくなる。本物のプロが気づいたときには、もはや回復不能なダメージがその世界に与えられ、プロは困惑する。こうしたことでも信頼は揺らぎ、社会の基盤が揺らぐ。何を信じてよいのか、人々は戸惑う。
アマチュアリズム、プロに対する批判的精神や関心は大切だが、それは健全なプロがいてこそ。世の中アマチュアだらけ、似非プロだらけになったら、と思うと怖い。最近の世相はその怖さをひしひしと感じることが多い。きょうはちょっと酔いモードで肩肘張っちゃいました。
知能犯を取り締まる警官が犯罪の中心にいたり、自分の利益のために客の金を流用したりする「プロ」が横行しだすと、信頼が揺らぎ、社会の根幹が揺らぐ。人は頼るべきものがわからなくなり、己の知る限りのとても狭い世界に安住し、社会は機能低下、機能不全に向かいかねない。
一方、プロはあくまでも自分の世界だけのプロ。金融のプロがたとえばプロ野球解説をプロ面してするのはどこかおかしい、プロ棋士がわかりもしない政治・教育に口出しして天皇にたしなめられたりするのは、自分がプロである、拠って立つ基盤を履き違えて余計なよそ様の世界にちょっかい出す愚かしさの典型でしかない。こうした愚かさも最近とても多く見られる。芸能人のワイドショーでの表層的感想発言などなど。こうした行為も本来のプロの世界を蝕む。
本物のプロは謙虚であることが多いので、似非プロの発言を苦笑してみてしまうことが多い。で、似非プロはますますずうずうしくなる。本物のプロが気づいたときには、もはや回復不能なダメージがその世界に与えられ、プロは困惑する。こうしたことでも信頼は揺らぎ、社会の基盤が揺らぐ。何を信じてよいのか、人々は戸惑う。
アマチュアリズム、プロに対する批判的精神や関心は大切だが、それは健全なプロがいてこそ。世の中アマチュアだらけ、似非プロだらけになったら、と思うと怖い。最近の世相はその怖さをひしひしと感じることが多い。きょうはちょっと酔いモードで肩肘張っちゃいました。