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社会科塾講師☆ブログ~しゃかりき!~

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「なぜ私は精神的にまいってしまったのか?」第1回

2014年05月10日 00時28分17秒 | 私自身のヒストリー

前回の記事にも書きましたが、

ここ半年ほど、精神的にまいっていて、自分の心の闇に対面しなきゃいけない状態になっておりました。

でも、さすがに、自分のためにも子供のためにも、そこから脱却しなきゃ、と思いまして

自分を見つめなおすために、こちらのブログに何回かに分けて、ここ半年の私のお話をしていきます。

 

 

「なぜ私は精神的にまいってしまったのか?」シリーズ 第1回

 

 

2014年のお正月、年始のあいさつで自分の実家で寝ている夜のことでした。

その日は、旦那もまじえ、夜に宴会をしました。そして、そのまま泊まって、、

次の日に初詣に行こう、ということになっていました。

 

夜中の2時ごろに、突然、気持ち悪くなって目が覚めました。

胃がゴロゴロするというか、キリキリするというか・・・、奇妙な痛みでした。

そのあと、2時間がんばって寝ようとしましたが、どうしても寝れない。

 

それで胃薬を飲んだら、なんとかおさまり寝ました。

 

しかし、朝、起きたら、もう立つのもできないほど、胃が重い。

 

私の状態を見て、実母は、「今日は休んでなさい!この子(私の娘)は、私たちが面倒見ておくから」と。

 

それで休んだのですが、2日経っても起き上がれない。

その次の日に遊ぶ約束をしていた、友人にも、会うのをキャンセルするメールを送りました。

せっかく、私のために時間を空けてくれていたのに、前日の夜にドタキャンするなんて悪い、という気持ちが残り、

次の日、よけいに胃が悪くなりました。

 

なんとか、4日目に、固形物が食べられるようになりました。一気に1キロ痩せていました。

 

そのあと、1か月ほどは、食事量はかなり少ない状態でした。

 

 

これだけだと、ただの育児疲れ、とか、年末が寒かったので寒さ疲れ、と思われるかもしれませんが、

これは、精神的ストレスがもたらしたものに間違いありません。

 

倒れている間も、私の頭の中では、ずっと、

「電池が・・、電池が・・。」でした。

 

実は、1か月前あたりに、市のゴミ出しで年2回の電池の回収があったので、

今まで放置していたものから、いくつか乾電池を取り出していたところ、

2つの物から、電池の液漏れが起こっていて、白い粉がついていました。

実際に乾電池を外していたのは旦那なのですが、近くで私はその電池の液漏れを実際に見てしまっていました。

 

そうしたら、突然、電池が怖くなったのです

液漏れしたものは、下手すると目が失明するそうで、また、皮膚を溶かす作用もあるそうです。

ただ、水によく溶ける性質なので、すぐに洗い流せば大丈夫な場合もあるそうです。

 

ふつうの精神状態なら、

「目にさえ入らなきゃいいじゃん。」

「手に白い粉がついたら、すぐわかるからそのときに手を洗えば大丈夫」

とか思えるのですが、

 

あのときは、

「気が付かない間に、電池の白い粉がついていて、それを飲んでしまったらどうしよう。」

「娘が、白い粉を見つけ、それを目に入れたらどうしよう。」

などの不安がどんどん出てきてしまいました。

そして、

「この白い粉が、私を不妊症にしたり、もし妊娠できたろき流産や早産を引き起こしたらどうしよう・・、と。」

 

電池を取り出したときに、白い粉は落ちず、ちゃんとゴミ袋に入っているのを見ました。

だから、どこにも白い粉はあるはずないのです

さらに、電池を取り出した際に、使用した棒も、白い粉がついている気がしていて、

さらにさらに、その棒をいったん旦那が置いた机にも白い粉がついている気がしてきました。

 

どこにも白い粉なんて、見当たらないのに。

 

どこかに白い粉が落ちているような気がして、怖くて怖くて、部屋が汚いような気がして、

生きた心地がしませんでした。

時間さえあれば、PCやスマホで、電池の液漏れのことを調べる日々。

好きなアメリカドラマも見る気になれず、ひたすら、調べる日々。

 

調べても調べても、「失明や皮膚を溶かす」という害以外は見当たりませんでした。

 

 

実は、私は主に何を調べていたかというと、

 

「電池の液漏れの液(白い粉)で不妊症・不育症になったり、妊娠しても胎児に影響があるのではないか?」

いうものです。

 

現在33歳の私。35歳までに2人目の子供を産みたい、という希望があります。

 

2回流産したことから、自分の体に全く自信がなくなり、3回目の妊娠にはとても慎重でした。

3回目に妊娠したときも、かなり神経質に過ごしていました。

出産後も、娘がいつ死んでしまうのか?という考えが出てきて、娘が1歳くらいまでは、不安でした。

娘はとんでもなく元気なのに、2回も流産してしまった自分という存在が産んだことに自信がなく、

どうしてもその気持ちが出てきてしまいました。

育児書で、「危ない」「汚い」とされることに対しては

すごく慎重でした。

 

でも、そのころは、ちょっとした潔癖症、神経質、という程度でした

周りの人も、そういう認識でした。

 

 

 

 

 

しかし、娘が1歳半くらいから徐々に、私はおかしくなっていきました。

極度の潔癖症・神経質、になったのです。

 

 

次回に続きます。

 

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