井財野は今

昔、ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)それが語源です。

アルペジオは難しい

2010-09-16 08:07:43 | ヴァイオリン

おけいこニストのための四大協奏曲を弾く前に、アルペジオをたくさん練習しよう、ということを以前書いた。これが結構難しい。

梅鶯林道を考える際、1級に上がる条件として「3オクターヴのアルペジオが弾ける」を入れていた。考えた時は、スピッカートよりは易しいだろうと思っていたので、さっさと1級は取ってもらって、スピッカートの習得に進んでもらうつもりだった。

ところが、あにはからんや、うっとこの学生は誰一人アルペジオがまともに弾けないことがわかったのである。スピッカートはできても、である。

確かに、スピッカートは自転車乗りと同じで、一回できたらできなくなるようなことはない。しかし、アルペジオは一生練習し続けるものだ。こちらが難しいのだろうか・・・。

右手の技術と左手の技術を比較するのはナンセンスかもしれないので、それはおいておこう。

ここでまず、話題にしているアルペジオについて説明の必要がある。3オクターヴのアルペジオといっても、使っている音階教本により、取り扱いは様々だ。

・小野アンナ、フリマリー : 主和音と下属和音の2種類

・シェフチーク、フレッシュ : 減七・属七を含む7種類

・ガラミアン : 減三、増三等を含む10種類

小野アンナ等のアルペジオだと、それほどの難しさは感じないかもしれない。しかし、日本で「アルペジオを弾く」というのは通常フレッシュのものを弾くことを指す。これは難しい。

逆にこれが弾ければ、大抵は何とかなると長年思っていたところに、ガラミアンの存在を知るところとなる。これは減三和音、増三和音、付加四の和音、属七の和音、等が含まれてさらに難しい。

さらに、クリエイティブであることを信条とするガラミアンらしく、指使いが数種類記載されている。こっちで弾けるようになったら、あっちもやって、という具合。こうなると完全にプロフェッショナル・ユースだ。おけいこニストには負担が大きすぎると思う。

一方、フレッシュの「一種類の指使いで他の調も弾ける」という考え方は、とても実用的で捨てがたい。

フレッシュは当初、ハ長調の音階だけを例示し、他の調は、これを移調して練習して下さい、と書いている。ところが誰も移調して練習しようとしなかったので、業を煮やして24調分の本を作った。

なので、考え方としてはハ長調の指使いを半音高いポジションで弾いたら変ニ長調、さらに半音上げたらニ長調という具合に、指使いは一種類で弾けるように作ってある。正確には変ロ長調から上の18調のことで、ト、嬰ト、変イ、イの6長短調は別の指使いになる。

それで、井財野版のアルペジオは、ガラミアンをベースにして、フレッシュ的に「一種類の指使い」で弾けるものを考えたのである。

ところが・・・

一種類に統一したおかげで、不必要に難しくなってしまったところがでてきた。それで、指使いはガラミアンのものを踏襲して第二版を作った。

ところが・・・

ガラミアン先生の意図がどうにもわかりかねる部分を発見するにいたった。妙に不統一な指使いが不必要な労力に結びついているように思えるのだ。やはり一定のルールの上に成り立つ指使いの方が良いのではないだろうか。

という次第で、現在第三版を準備中である。それでも指使いは悩みどころ。例えば4度は、低いポジションでは当然1-4でとる。しかし、ハイ・ポジションになると1-3の方が取りやすい。さあ、どこで切り替えるか・・・というような問題が随所に生じる。

いやはや、アルペジオは難しい。


なぜゲーム音楽か(3)ドラゴンクエスト

2010-09-08 01:13:09 | アニメ・コミック・ゲーム

譜面台に「ドラゴンクエスト」書かれた譜面が置かれていた。

「何ですか、これ?」

「なんかテレビゲームの音楽だって。ドラがゴーンと鳴って質問するとか・・・」

「はぁ・・・」

1987年、全国の土地が異常に値上がりしだす、いわゆる「バブル期」の始まりの頃の話。最初はテーマ音楽だけだったのが、ある時から組曲になっていた。「ドラゴンクエストIII」略して「ドラクエIII」、この音楽が交響組曲として作り直され、N響が録音したディスクが発売されたのだ。

「ドラクエIII」も売れたが交響組曲のディスクも売れた。確かゴールドディスクをコンサートマスターの徳永さんが受け取っていたような覚えがある。(「ドラクエIV」だったかもしれないが。)

とにかく、この音楽は小学生を中心に有名だった。例えば「ロトのテーマ」と呼ばれる曲がある。これはゲームをする度に自動的に流れ出すものだ。いやがおうでもこのメロディは覚えてしまう。ゲームだと三声の電子音なのだが、これがオーケストラに編曲されると、一転ゴージャスなサウンドに変化する。これはやはり感動的なことだ。

翌1988年頃、小学校で「ドラクエ」の音楽を演奏しようものなら、会場騒然となり、ロック・コンサート状態になったこともあったのだ。この興奮状態、残念ながらベートーヴェンの「運命」やルロイ・アンダーソンの小曲では起きたことがない。文字通り「前代未聞」の珍事(慶事?)と言えようか。

その後、「ドラクエIV」が売り出される時には、発売前に長蛇の列ができ、テレビ局、新聞社、こぞってそれを報道する「社会現象」となっていた。そして、これまた「交響組曲」が作られ、私も幾度となく弾く機会があった。

その後も「VII」あたりまで作られていたようだ。それらの音楽が全て広く受け入れられた訳ではないと思うし、多分「III」と「IV」あたりがピークだっただろう。でもそれで充分だと言いたい。

重要なのは、この音楽が基本的に「歌謡曲」だったことだ。作曲者のすぎやまこういち氏はご存知歌謡曲の大家、「恋のフーガ」「モナリザの微笑」「学生街の喫茶店」に連なる系譜の音楽なのだ。前述の「ロトのテーマ」などは、ちょっとひねるとそのまま山口百恵や岩崎宏美の世界に連れていかれるよう音楽である。

この事実に私は一種の感銘を受けた。日本人って2、30年たって、つまり一世代分時間がたっても、同じ音楽に心ひかれるのだなぁ、と。

そう思ったのが約20年前。そして現在もそうか、と見渡すと、そうでもないように見える。20年前には永遠不変に思えた「歌謡曲」の世界の絶対的な立場が、随分影が薄くなっているような気がする。これは、あまりいい感じがしない。この点に関しては、また別の形で考察をしたいところだ。


おけいこニストのための四大協奏曲

2010-09-04 09:01:38 | 梅鶯林道

ずっと梅鶯林道のことを考えているのだが、そうするとなかなか結論の出ない問題が多々あることに気づく。

ちっとも新しくない「新しいヴァイオリン教本」、その5巻までは、ステップ・バイ・ステップで編集されており、とても使いやすい。ただ6巻との間に少し段差を感じる。

鈴木の教本は7巻と8巻の間に段差があるとは良く言われる。が、いずれにしてもモーツァルトの協奏曲で終わり、にはならないケースが大半を占めるだろう。実際、スズキ・メソードは、その後の曲目のコースがあって、メンデルスゾーンが最終教材だと聞いた。(チャイコフスキーをやっていた人も聞いたことはあるが。)

モーツァルトの協奏曲はオーケストラの入団試験にもよく課せられる。モーツァルトの協奏曲が弾けるのは、ヴァイオリニストとして最低条件、あるいは「ヴァイオリンが弾けるというのはモーツァルトが弾けるくらいのことだ」と見なされていることに異論はない。

では、その後はどうするか。現在、日本で一般的に取り上げられる楽曲に、以下の4曲がある。

・ブルッフ「協奏曲第1番」

・ラロ「スペイン交響曲」

・サン=サーンス「協奏曲第3番」

・メンデルスゾーン「協奏曲」

これら4曲は小学生で弾く人もいるし、音楽大学で勉強する人もいる。このあたりがまともに弾ければ、専門家並と言っていいだろう。換言すれば、そのくらい難しい。モーツァルトの次に挑むには、これまた段差を感じざるを得ない。

その間に別の曲をはさむことが考えられる。それが、以前に述べた「梅鶯林道・1級」から「初段」あたりに相当する曲になる。

実際、そうされている実例を見聞することは少なくない。ただ、それでうまくいっている例は、少ないようだ。

上述の4曲に共通した特徴がある。それは、左指を速くうごかすパッセージが比較的長く続く部分を持っていること。そして、一つの楽章の演奏時間が長い。小品の経験を積み重ねても、それに対応する力は身に付かないだろう。

では、どうすれば良いか?

やはり「スケール」と「アルペジオ」の練習ではないか、と思うのである。特に「アルペジオ」である。

モーツァルトの協奏曲にもスケール、アルペジオは含まれている。だから、これを弾く限りにおいては、それほどの重要性を感じなくても無理はない。しかし、この段階で大量のアルペジオが弾けるようにしておくと、上述の4曲にスムーズに移行できるのではないだろうか。

ブルッフには連続の三重音、コーレ、フェッテ、急速なアルペジオ等、白い本の5巻までや鈴木にはほとんど出てこなかった技術が頻出する上に、ロマン派特有のねばりも要求される。これを、他の曲で補うことを考えるより、アルペジオをたくさん練習しておく方が、はるかに実際的だと思う。

そろそろモーツァルトの協奏曲=そろそろアルペジオをたくさん、を提言しておこう。


なぜゲーム音楽か(2)宇宙戦艦ヤマト

2010-09-01 21:00:48 | アニメ・コミック・ゲーム

1960年代生まれ、中でもその前半を中心に、昭和50年代、爆発的なヒットとなったのが、この「宇宙戦艦ヤマト」。他にもアニメはいろいろあったのだが、この人気には及ばない。猫も杓子も、という感じ。(こうなると、私は好きになれない天の邪鬼であった。)

余談だが、アニメという言葉も、この頃定着したと思う。昭和40年代は「漫画映画」と言っていて、「動画(アニメーション)」は専門用語に近い響きだった。動画が定着したのは21世紀になってからかなぁ。少なくとも「ヤマト」を「動画」と言った人は皆無。

ただ、ヒットに至るまでは、結構時間がかかったと聞いている。企画そのものは、まず手塚治虫の「虫プロ」から始まったが、虫プロの倒産で、まず難産。1974年にテレビ放映なるも、「ハイジ」に押されて視聴率低迷で一端打ち切り、とアニメ本体もなかなか苦労の船出だったそうだ。

で、ここで問題にしたいのは音楽である。作曲者の故宮川泰氏は、この「ヤマト」の音楽に大変な愛着を持っていたという。アニメがダメでも音楽だけ何とかならないかと、あちらこちらに売り込んだらしい。

途中経過は知らないのだが、作曲者の熱意がついには天に通じ、当初相手にされなかった時から数年を経て、交響組曲「宇宙戦艦ヤマト」の誕生に至った。ただのサントラ盤ではない、オーケストラ用に改編された「交響組曲」だよ!

これがまた、売れたんだなぁ。我々の世代は、ほぼ全員その交響組曲を聞いているに違いない。豪華ジャケットのLP、そうそう手の出るものでもないから、友達から借りてカセットテープにダビングして、という感じで、またたく間に普及していった。

気を良くしたプロデューサーと作曲者、ほどなくして第2弾も出た。この中でヴァイオリン・ソロが活躍していて、当時ソリストとして活躍していた外山滋さんが弾いていたのが目をひいた。

その昔「バイオリンのおけいこ」という番組があって、江藤先生や鷲見先生に交じって外山先生も結構出ていらしたので、かなりの有名人だった。東京芸大の非常勤講師もされていたので、ある後輩がヤマトのことをちょっと尋ねたら「ああ、あれ戦艦大和の映画の録音だと思ってたんだよ」だそうで・・・。

ついでに、これらの交響組曲はオーケストラ・メンバーも全員クレジットされている。後々読んでみると、芸大オーケストラやら読響メンバーの名前があったりして、業界人としては興味のつきないところである。閑話休題。

とにかくアニメ本体だけでなく、その音楽にも中高生が夢中になった。当時私はこともあろうに吹奏楽部に所属していた。その1年先輩方が、楽譜を自ら起こして、次の本番でやろう、などということを企て、私も内心その多少不出来な編曲に心中文句を言いながら、演奏に参加した覚えがある。何カ月か待てば大手出版社から楽譜が出たかもしれなかったのだが、そんなものは待てなかった(ひょっとしたら買えなかった?)。すぐにでもやりたい!と、こんな光景が、どうやら全国で展開されていたようである。

さらについでに書けば、私は大栗裕の「バーレスク」(吹奏楽コンクールの課題曲で、うちの学校はエセ・ディスコ曲を選んだおかげで吹けなかった幻の名曲)の方に夢中だったので、ヤマトはジャマト思っていた。

30数年前の当たり前の光景、熱意。宮川さんの情熱に端を発し、中高生が燃え上がる。このようなことがポケモンにあるだろうか。