私の10年上は「全共闘世代」と言われる人達で、大学に行くと「我々ワァー」とメガホンを持ちながら叫んでいた。
ちなみに、大学の教室の椅子と机が固定されたのは、学生紛争の反省からきているそうだ。全共闘世代は、教室の椅子と机で「バリケード」を作って戦っていたのだそうで。
東大の安田講堂で派手な騒ぎがあった頃、そこから20分ほど歩いた場所にある東京芸術大学では学生紛争はあったのか。
美術学部を中心に(比較的地味に)あったそうだ。武蔵野美術大学や多摩美術大学の学生が応援にかけつけたが、そこで東京芸大生のエリート意識が出てしまい、中心になるべき闘争以外のところで後味の悪いものだった、という美術学部の職員の証言を記憶している。
多分その頃の話だと思うのだが、キャッスルの「レモン水」が値上げをする、それで学生と「闘争」になった、という伝説を聞いたことがある。
1杯20円か25円のものが30円になる、それはけしからん!ということで、キャッスルVS音校生で「戦争」になったらしい。
今聞くと、それがなぜ戦争にまで発展するのかわからないし、そうだとしても実にのどかなほほえましい話、当時の言葉で表現すれば、とても「カワユイ」話である。
で、その攻防たるや、レモンをどれだけ薄く切ったらレモン水ができるか、学生とキャッスルスタッフで大実験をやったそうだ。
そして、少し薄く切ったら値上げせずにレモン水を作れる、という実験結果が出たのだが、キャッスルのマスターが、涙ながらに、
「でも、値上げしないとやっていけないんです」
と訴え、幕切れになった、という話。
たかがレモン水に、これだけ熱意を傾けた先輩のエネルギーには敬服する。
しかし、こんな学生を相手に営業してくれたキャッスルの皆さんにも頭が下がる。
今から振り返ると、このように「どうでも良いこと」に一所懸命情熱を注いだ、昭和の青年達の話であった。