華氏451度

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99条の危機と愛国心――『改憲問題』を読んで

2006-04-15 04:28:20 | 憲法その他法律


今日(とっくに深夜零時を回っているので正確には昨日)、電車の中で、愛敬浩二著『改憲問題』(ちくま新書)を読んだ。

〈ちょっと前置き〉
実は憲法問題を論じた本はやや読み飽きて(飽きちゃいけないのだが)。ここ2か月ほど雑誌に載った短い文ぐらいしか読んでいなかった。最近は憲法問題について書いた本が多数刊行されている。それは喜ばしいことであるけれども、同じテーマの本が次々と刊行される時によく見られる例で、正直なところ、やや玉石混淆の感もなきにしもあらず。いい加減なものが多いというのではない。ある程度の売れ行きが見込めるということで、かなり慌てて作ったようなものが時々見られるのだ(同じテーマの本が多数出ると、書店ではそれがひとかたまりで置かれ、顧客は“ついでに”という気分で2~3冊まとめて買ったりする。で、単独でポツンと置かれていたらめったに売れないような本も、ドサクサ紛れ?で売れたりする)。たとえば、「そのことはもう、いろんな人が言ってるぞ」という本。むろん、ほかの人と同じことを言ってはいけないわけではない。ただ、同じ論理を展開して同じ話をするのでも、読み手としてはその本だけの味が欲しい。味というのは変な言い方だが、つまりはその本を読んだことによって、1つでも2つでも何か新たにモノを考える手掛かりが欲しいのだ。何かしらの発見が欲しい、と言ってもよい。見出しなどを工夫していかにも発見ありそうに見せているけれども中は発見ゼロ、という本も残念ながらある……(偉そうなことを言えるほどの者ではありませんが、お金出して買って、時間を費やして読む読者の気持ちとして、言ってもいいかな?)。

〈簡単な感想〉
前置きが長くなった。ちくま新書『改憲問題』の話を書こうとしていたのだ。電車の中で読む本が欲しくて、駅前の書店でさっと前書きなどを読んだだけで買ったのだが、期待した以上におもしろかった。前述の話に関連して言うなら、特別に「個性的な」(!?)議論が展開されているわけではない。ある意味、それが当たり前だ。現憲法を支持し、改憲に反対する時に理由は既にこれまでに語られ尽くしている(尽くしていないかも知れない。ほかに誰も気づかぬユニークな理由があるかも知れないが、主なところ、基本的なところは既に明示されていると言ってよい)。後はそれを――法律や政治学の専門家ならば、どれだけ裏付けと説得力のある言葉で正確に語れるか、専門家以外ならば、基本的な知識を身に着けた上でどれだけ自分の経験や思想信条に基づいた借り物でない自分の言葉で語れるか、だけである。

同書は政治思想学の大学教授が、1年生のゼミで学生達に「改憲問題」について議論させ、学生達の意見に答える形で講義を進めていくという書き方になっている(著者は名古屋大学の教授だが、本の主役として登場する教授や8人のゼミ生達は架空の人物)。その点が、まずおもしろい。学生達はほとんどが「改憲賛成派」であるが、考え方はそれぞれ違っている。押しつけ憲法は変えるべきという積極的改憲派。自衛隊の位置づけをもっと明確にすべきだが、自民党案には賛成できないという学生。改憲といえば9条だけが問題にされるのはおかしい、新しい人権などを盛り込むのはいいことだという学生。解釈でイラク派遣などを正当化できる9条は、軍事大国化路線の歯止めにならないから明文改憲すべきという学生……。「巷の代表的な改憲論」が、学生達の発言の形で語られる。そうか、こういう改憲論もあったっけと改めて頭の中がまとまるし、それに対しする教授の答え(講義)を読んで、自分ならどう答えるかと考えることもできる。地域の9条の会など活動で憲法問題に関する素朴な感想・疑問を呈され、どう答えればわかりやすいかと悩んだ経験のある人には参考になると思う。

興味が湧かれたら読んでいただくのが一番だが(大学1年生のゼミという設定なので、文章も内容も難解ではない。斜め読みなら立ち読みでも読める)、私が印象に残った部分をところどころピックアップしておこう。長い引用は読まれる方も引用する方もしんどいので、サワリの部分だけ……。なお、カッコ内註は省略した。

【改憲の是非をめぐる現在の論議について、私がひどく違和感を持っている事柄が二つある。第一に、改憲に反対する人々は日本国憲法を神棚に祀って、その良し悪しを議論することさえ許さないという俗説が広まっていることである。しかし、私自身は『未来永劫、改憲を一切許さない』なんて考えたことはないし、そのような発言をする憲法学者に会ったこともない。ちなみに、私のスタンスは単純である。(中略)1950年以来、改憲派が出してくるどの改憲案よりも、日本国憲法は『よい憲法』だと判断するから、改憲に反対して現行憲法を支持する。ただ、それだけの話である】(まえがきより)

【『グローバル・スタンダード』とは決していえないアメリカ・イスラエル並みの『先制的自衛権』を日本も行使すべきと平気で論じる人々が、9条改定の推進派でもある事実は、軽視してよい問題ではない。日本は自国の利益のために他国を殴る『普通でない国』になろうとしている】(P.74)

【9条改定の是非を議論する際には、『戸締り論』のように日本や国際社会の現実から乖離した抽象論から議論を始めるのではなく、日本の軍備の実態や国際社会の動向を踏まえた現実的な問題提起をしてほしいと思う】(P.77)
著者はここで、「攻め込まれたらどうするんだ」といった抽象論を退けている。自衛軍というのは、単なる自衛隊の現状追認ではない。

【自民党の改憲案だけでなく、民主党の改憲案も、財界の改憲案も、読売改憲試案も、そして、アメリカの要求さえもすべて、自衛隊を『正真正銘の軍隊』にしたうえで、海外での軍事行動を可能にすることを目論んでいる。よって、あなたも今池さんと同様の感想を持つのであれば、端的に現代改憲一般に反対したほうが賢明といえる。それぞれの改憲案のニュアンスの差異を検討して、『どの改憲案なら、受け入れられるかしら?』なんてことを考えるのは、まさに改憲派の思う壺である】(P.97)
今池さんというのは、登場する学生のひとり。

【深刻なのは、『新憲法草案』が正式に憲法となれば、改憲派は緩和された改憲規定を利用して、次々と改憲をくり返すおそれがあることだ】(P.183)
草案中、緩和された改憲手続き(96条1項)について語られた部分から抜粋した。私も前々から、実はこれが一番おそろしい。第一弾では反対の多い部分を引っ込め、第二弾、第三弾で徐々に締め上げてくるのではないかと、かなり本気で疑っている。

〈そして、99条の危機について〉
最後の章では、改憲問題を考える上で自分としては絶対におろそかにしたくない問題、として「愛国心」の問題を取り上げている。著者が憲法の中で最も好きなのは、9条ではなく99条であるという。

第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

国民は憲法を尊重・擁護する義務を負わず、政府や議会やひとりひとりの公務員に「尊重し、擁護せよ」と要求する権利を持つ。この考え方こそ、立憲主義憲法の神髄であると著者は強調する。それに対し、自民党草案を初めとする現在のすべての改憲案は、憲法を「国民の行為規範」として捉えている。著者は、改憲の思惑を巡って9条だけに注目すると、大切なことを見失いかねないと警鐘を鳴らす。その思惑とは――憲法を「国家を縛るルールから、国民支配の道具に変えること」であり、これは個人と国家の関係を根底から覆すものであるという。

「公益および公の秩序」のために喜んで動員される国民を作るために、99条が変えられようとしている。著者は、改憲派が憲法や教育基本法に盛り込みたがっている「愛国心」の問題も、その文脈で理解すべきであるという。単なる「年寄りや右翼の」古くさい夢、ではないのだと。

そうか、そうなんだよな……と腕組みしてしまった。「国家を縛るルール」としての憲法ならば、国を愛する心を国民に強制できるはずがない。「国民を縛るルール」だから、「自ら守る気概を共有し」みたいな話になるのだな……(草案で99条がなくなるわけではない。なくす方向へ向かっているのは条文そのものではなく、その理念である)。

※99条の理念については多くのブロガーの方が書いておられ、TBいただいたこともある。私も「憲法は我々の権利」であると思っているが、その憲法の基本的な形(性格と言えばいいか?)そのものが危機に瀕していることも、常に忘れずにいたい。



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