ウィーンのドナウ川事情に触れぬまま、さらに下流(東)に進むことに躊躇し、時節を待って
いたが、その再開を新元号“令和”の初日にしたいと思っていた。
平成の最終日は生憎の雨模様だったが、夜が明けると、幸運にも爽やかな五月晴れ、まさに
“令和時代” の前途を暗示するかのような中欧における“令和”の明るい幕開け日となった。
ドナウ川を接する国は10か国もあり、言語、文化、宗教とその多様性は他に類を見ない。
その川の全長2850kmの道中で首都を通る国は4か国であり、上流からオーストリア(ウィーン)、
スロヴァキア(ブラチスラヴァ)、ハンガリー(ブダペスト)、セルビア(ベオグラード)である。
ウィーンでは、旧市街は高台の頂上に位置し、現在のリンク道路のある所には城壁が張り巡らされて
いた。 その当時は市街地から北東に向けてドナウ川は湿地帯を含んだ5km 以上の川幅で、複雑に
入り乱れながら、あたかも静脈血管の如く、美しく流れていたと云う。
しかし、雪解けの春先や大雨の時には、住民を度々、洪水と疫病で悩ませ続けて来た為に、ドナウ川
の治水工事と共に大都市化の改革は長い間の住民の切実な闘いでもあった。
そして城壁は1865年に撤去され、本格的な治水工事が始まったのである。
● 現在のドナウ川の様子(ドナウタワーから見た) May 01 2019
● ドナウタワー; 1964年4月16日に完成、全高さ252m、展望台の高さ155m。
May 01 2019
● Vienna International Center とドナウタワー May 01 2019
● ドナウタワーよりウィーン旧市街地の眺望 May 01 2019
● 18世紀当時のドナウ川の状況;....川は幾筋にも分かれた湿地帯を形成。
現在のウィーンには4つのドナウ河が存在。 ウィーンの西側から東に向かって順を追って....
① ドナウ運河 ....
最初の河川工事は1598~1600年で、2回目はリンク道路の完成後の1868~1875年で、
旧市街地の麓を流れる川であった。 街の北端のNussdorfで、ドナウ本流を水門によって
分流させ水量、水位をコントロールしている。
Apr. 30 2019
運河の長さは全長で約15 km、当初は2つの水門があったが下流側の一方は1969年に
取り去られ、水門監視所が残っているのみである。
● 稼働中の水門; 後方の水門監視所は、ウィーンで著名な建築家のオットーワグナーの作。
Apr. 30 2019
● ドナウ運河の途中で、リンク道路のちょっと外側の Julius Raab-Platz付近に注ぎ込んで
いるのがウィーン川である。 ウィーンの森を源流としてシェーンブルン宮殿脇を通って
ドナウ運河までの全長34km の美しい川であるが、市街地に入ると地下に潜るため見過ご
し易い支流である。 Apr. 30 2019
● ドナウ運河を航行する遊覧船
● 運河沿いには、壁画(人によっては落書き)や石像などのモダンアートがあり、夏の
プロムナードとして人気。 Apr. 30 2019
② ドナウ本流 ....
他の河に比べ、カフェオレのような色に見えるのは、流れがあり、川底の土を舞い上げて
いるせいであろう。 May 01 2019
● 地下鉄U1のDonauinsel 駅からドナウ本流の上流側 May 01 2019
③ 新ドナウ河 .....
ドナウ本流の洪水対策として、本流に沿って約20 km の放水路を1972~1982年に造り、
普段は水門を閉めておく流れのない河である。 本流と新ドナウとの境はドナウ島と呼ばれ
市民の夏の行楽地となっている。
● 地下鉄U1のDonauinsel 駅から新ドナウ河の上流側 May 01 2019
● 同様に下流側 May 01 2019
● 河岸のVienna International center を含めた新ビジネス街
④ 旧ドナウ河 ....
ドナウ川の護岸工事の為に、蛇行していた川が塞がれて出来た三日月形の湖になってしまい、
工事後は海のないウィーン子達の水遊びの場になって来た。
● 上流側 May 01 2019
● 下流側 May 01 2019
誰かの詩の文句ではないが、“あゝ、人生は何とも川の流れのよう” ‼
これにて「ドナウ河岸歩き(11)ウィーン」は、お終いです。
「ハンガリーでのんびり」 http://motsukahu.web.fc2.com
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