老妻が昨日から娘と一緒に安芸の宮島、萩、津和野のニ泊三日の格安旅行に出かけた。羽田から広島までの往復飛行機代に食事つきのホテルの宿泊料金、それに各地の観光スポットをめぐるバス代まで含めて一人35,000円である。このコースを一人で計画して行けば、とうていこんな料金では行けない。
平成22年度の政府の「観光白書」によると、国民一人当たりの年間の観光回数は、年々減少しており、平成21年度は20年に比べて6%も減り、宿泊回数も減り年に1・4回、宿泊費も2・1%と減少している。今年は3月11日の東日本大震災ははもあって子国民の旅行マインドは冷え込んでいて、さらに旅行は減っている。そこで、観光業界はギリギリの利益だけで、こんな格安旅行を売りに出すのだろう。
が、考えてみれば好い時代になったものだ。明治時代の僕の両親は、ほとんど二人だけで旅をしたことはなかった。満州事変に始まる15年戦争もあったことも影響している。二人だけの最後の旅行は、新幹線が開通して間もない昭和39年の関西旅行であった。亡父が78歳、亡母が73歳であった。亡母はその後、僕の札幌転勤で初めて飛行機に乗ったが、ついに亡父は1回も飛行機に乗らずじまいであった。
半世紀の間に旅も随分変わってきた。新聞社勤務だった僕は、旅といえば年に2回の新聞休刊日(昔は春秋2回)に”全舷”といって職場全員がそろって温泉場に行き酒を飲んで大騒ぎするぐらいであった。今のように家族全員が海外へ飛行機ででかけ、バカンスを楽しむなんて夢にも想像できなかった。
平成22年度の政府の「観光白書」によると、国民一人当たりの年間の観光回数は、年々減少しており、平成21年度は20年に比べて6%も減り、宿泊回数も減り年に1・4回、宿泊費も2・1%と減少している。今年は3月11日の東日本大震災ははもあって子国民の旅行マインドは冷え込んでいて、さらに旅行は減っている。そこで、観光業界はギリギリの利益だけで、こんな格安旅行を売りに出すのだろう。
が、考えてみれば好い時代になったものだ。明治時代の僕の両親は、ほとんど二人だけで旅をしたことはなかった。満州事変に始まる15年戦争もあったことも影響している。二人だけの最後の旅行は、新幹線が開通して間もない昭和39年の関西旅行であった。亡父が78歳、亡母が73歳であった。亡母はその後、僕の札幌転勤で初めて飛行機に乗ったが、ついに亡父は1回も飛行機に乗らずじまいであった。
半世紀の間に旅も随分変わってきた。新聞社勤務だった僕は、旅といえば年に2回の新聞休刊日(昔は春秋2回)に”全舷”といって職場全員がそろって温泉場に行き酒を飲んで大騒ぎするぐらいであった。今のように家族全員が海外へ飛行機ででかけ、バカンスを楽しむなんて夢にも想像できなかった。