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「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

66年前のお台場 その変容

2006-05-30 05:21:14 | Weblog
「ゆりかごめ」も「レンボーブリッジ」もなかったころ、お台場への
アクセスは舟だけだった。当然だ。もともとお台場はぺリーの黒船の
来航に備えて徳川幕府が1854年、江戸湾に急遽造った浮かぶ城だった
のだから。幕府は1年がかりで、近くの御殿山の崖をけずり第1から
第6まで六基お台場をこしらえた。そのうちの二基、第2と第6が今
かろうじて文化遺産として残っている。

66年前の昭和15年の夏、今は埋立られ姿を消した第5台場で海洋少年団
の水泳道場が開かれた。当時小学校4年だった僕は母に連れられ一週間
ここへ通った。日の出桟橋から毎朝はしけが出て、会場の第5台場まで
運んでくれた。岸の近くに木製のインスタント・プールがあり、ここで
とっくり組みは海軍式に鍛えられた。僕もこの道場で初めて泳げるよう
になった。

当時でも海はきれいではなかった。台場付近の水域は湾に流れ込む目黒川
流域住民の汚染物投棄場になっていた。第3お台場は公園になっていたが
子供の目にも荒れ果てた印象だった。道場では最終日には羽田沖まで遠泳
も行われた。

毎月新聞に挟まれてくるお台場宣伝のフリー・マガジーンをみるたびに
お台場臨海地域の発展と変容に驚かされる。蒼桑の変とはまさにお台場の
ことをいうのだろう。





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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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面影は・・・ (kasaru _2005)
2006-05-31 14:28:27
「故郷は 遠きにありて 想うもの」の

心境でございましょうか。

 街の変貌ぶりは 浦島太郎どころではありません。

私のように横に、縦に延び放題

地面は売りましたが、空間は売ってません

先住の動物たちも迷惑ですね。きっと・・・
返信する
リップ・バン・ウインクル (kakek)
2006-06-02 20:02:29
面影有難うございます。

昔、中学校で「リップ・バン・ウインクル」という小説を習いました。主人公は浦島と

同じように数十年ぶりに故郷へ帰り、変容に戸惑いした話です。お台場は東京でもっとも

変ったところでしょう
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