たいがいの新語にはついて行けるつもりでいたが、昨日の新聞にわからない言
葉があった。「数独」と「ピカチュウ」の二つである。どうせわからないと思いながら
も老妻に聞くと,意外や意外知っており、普段のお返しとばかり僕を見下げた目
で見た。老妻は孫と遊んでいるが、僕は遊ばない、そのツケの結果である。
いつの時代でも新語、造語が多いと、社会の批判があるが、最近はとくにこの傾
向が強い。IT関係やその周辺言葉の洪水で、僕ら後期高齢者泣かせである。僕
は多少パソコンに触れているが、同年輩の旧友たちはまったくお手上げだ。パソ
コンはおろかFAXの扱いすらわからないのだから無理もない。
小ブログにコメントを頂く若い世代のブログを時々拝見している。老人にとっては世
代の違いを超越し社会参加が出来るようで楽しい。だが、ここでもわからない言葉
にのぶつかる。例えば”ジャンクフッドのマックでウィルの会”といった類。なんのこと
かわからない。
グルメには縁遠くなった年寄には、グルメの言葉もわからない。”イタ食”はなんとは
なくわかる。パスタ、スパゲッティも食べたことがある。が、カルボナーラ、ニョッキー、
ポルベッテイなどとなると、なんのことかわからない。僕は過去に二度もイタリア旅行
をしている。現地のリストランテで食事をし、バールでもビールを飲んでいる。でもこの
始末。だが、年寄は勝手なもの。好きな食後酒グラッペの名は知っている。
葉があった。「数独」と「ピカチュウ」の二つである。どうせわからないと思いながら
も老妻に聞くと,意外や意外知っており、普段のお返しとばかり僕を見下げた目
で見た。老妻は孫と遊んでいるが、僕は遊ばない、そのツケの結果である。
いつの時代でも新語、造語が多いと、社会の批判があるが、最近はとくにこの傾
向が強い。IT関係やその周辺言葉の洪水で、僕ら後期高齢者泣かせである。僕
は多少パソコンに触れているが、同年輩の旧友たちはまったくお手上げだ。パソ
コンはおろかFAXの扱いすらわからないのだから無理もない。
小ブログにコメントを頂く若い世代のブログを時々拝見している。老人にとっては世
代の違いを超越し社会参加が出来るようで楽しい。だが、ここでもわからない言葉
にのぶつかる。例えば”ジャンクフッドのマックでウィルの会”といった類。なんのこと
かわからない。
グルメには縁遠くなった年寄には、グルメの言葉もわからない。”イタ食”はなんとは
なくわかる。パスタ、スパゲッティも食べたことがある。が、カルボナーラ、ニョッキー、
ポルベッテイなどとなると、なんのことかわからない。僕は過去に二度もイタリア旅行
をしている。現地のリストランテで食事をし、バールでもビールを飲んでいる。でもこの
始末。だが、年寄は勝手なもの。好きな食後酒グラッペの名は知っている。
亡くなった祖母が「わしらち、なあんわからんわ」(私たちには、全然わからないわ)とよく言いました。気をつけてはいるのですが、気づかず言ってしまうことが多いかもしれません。
ピカチュウは漫画のキャラクターですよ。私も中身はよくわかりませんが。
ちなみについ最近まで、「オグシオ」とは競馬の馬の名前かと思っていたら、20代の子に違うと指摘されました(汗)何でも知らないうちに省略されて私もついていけません・・・笑
いつの時代もそうですね。若者中心に新語造語が生れ、そしていつか淘汰されてゆきますね。言葉とはそういうものなのでしょう。でもITの普及とともにカタカナ英語が一般化されてきましたね。それと絵文字など。笑 汗ーでも僕らは使えませんが。
先日来日した英国ビジネスマンは「ピカチュウ」を知っていました。あちらでも子供たちの中で流行っているそうで、ワタシの息子も好きですというと喜んでその話をしていました。
最近、分からない言葉(単語)は息子に聞いています、略された言葉はついていけません。
肝硬変で亡くなった親友(フィレンチェ在住)の勧めで飲むようになりました。美味しいのですが、飲みすぎると肝臓を悪くしそうです。ふだんは沖縄の泡盛を飲んでいますが、これも度数が強く飲みすぎると。
言葉は時代と共に変ります。チャリンコ
は昔はスリのこと。パチンコは三又の先にゴムをつけた小鳥などを撃つ道具でした。