池川亜矢子の行住坐臥再び

独り言、のち猫、時々身体のこと

2019年は『惑』でした

2020-01-06 22:11:52 | 徒然

もうお正月気分も抜け・・・てない、つーか、まだ休みたい
だめよね、しっかりせねば。

 

さて。
昨年の漢字一文字を考えていたんだけれど。

『惑』

のような気がしてます。

周りの環境だけでなく、人も、なんだか変わってきているような気がして。

もちろん、それに対しての自分の体や気持ちも。

 

今までは、そんなこと起こらなかったし、そんなことで怒ったりしなかったじゃん??ってことが結構あって。
別に直接被害を被ったわけではないことも多いけれど、気持ちは良くないよね。
なんだか悲しいしさ。
そういうのを見てると、時流が変わってきていることや、視野が狭い人はとことん狭いんだな、年を上手に重ねるって難しいなと。

 

だから、どんな方法で接すればいいのか?
どんな言葉をかければいいのか?
どんな手を打てばいいのか?を、迷いました。

 

自分と違うことや予想と違うこと、思い通りにならないことに対してキレる人が増えた。
いや、前からそうだったのかもしれないけど、表面に出す人が増えているように思う。
クレームとか言ったもん勝ちなのかいな?とか。
そのピリピリした感じ、周りに気を使わせてるのわかんないのかな?とか。
それは道義に反してるやろ?みたいなことも平気でやってくるとか。
自分のウィークポイント、嫌なら聞かなきゃいいのにと思うことも、実は自他含めてあった。

人は人と一緒に生きて向上もしていくし、違っていることが刺激にもなると思うんだけど。

あぁ、愚痴になりそうなので、もうやめておきますね、新年早々

 

で、『戸惑う』をググってみたら、【夜中に用を足して戻ったら、暗くて自分の戸がわからなくなってしまうこと】みたいな記述が。
さすがに自分の環境と置き換えることは難しいけど、部屋狭いから
だけど、ちょっと知らない広いお店でお食事した時、どこに戻ればいいのか?どの扉だったっけ?みたいなことは、ままあるので、そういう感じかなぁと。

ということは、今自分がいる場所をきちんと確認して、目を離さないように、何があっても、そこに戻れるようにすればいいのかな。
人だったら、『こんなことする人だった?』ではなく、『する人なんだな』と諦め、その扉は閉めていく。
なんだかネガティブに聞こえてしまうかもしれないけれど、切り捨てるのではなく、手をつけないことかな、と思った。

だって、私も平和に仕事したいし、平和に生きたいし、何より人には優しくしたい。

それが通用しないなら、扉は一時保留。

 

うん、そうだ、そうしよう。

鍵もかけないし、自分から開けることはないけど、それでもいいかなと。

 

そんな気持ちでいたら、扉を開けて依頼が入ってきたので、迷ってます←迷うんかい

 

今年は反対の言葉、前向きな言葉を探しながら、今まで通り、コツコツ真摯に生きていくよ。

体調第一でもいくよ。
手配が面倒でも、代行は出す、休む。(多分)

こんな私ですけれど、お仕事はしっかりとやりますので・・・

 

2020年も、宜しくお願いします

 明るい1年となるように青空の写真を。


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2 コメント

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Unknown (hayane-hayaoki)
2020-01-07 22:54:33
人間関係は扉か、いいこと言うなぁ。
各自の家と思えば、仲良くなったとしても家主の許可なくズカズカとは踏み込まないのが礼儀ですし。
時に自分の都合でお断りするのも大事なことですね。
惑うことは多くて不惑とは行きませんが、せめてワクワクと過ごしたいですね。
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Unknown (anyanz414)
2020-01-07 23:54:06
さおぺんさん
私、不惑がとっくに過ぎているのだが、未だに無理。
サービス業は楽しくもあり厳しいこともあり。
でも、いい意味で扉をそっ閉じしておくのもありかなと思うこの頃です。
もともとニート気味なので、ま、いっかーで参ろうと思うよ。
本格的ニートになるには?も考えておるよ😅
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