またまた昨日の続き。
昨夜甥っ子に電話したけれど繋がらなくて、今日も頃合いを見計らって電話してみた。本人出てくれた。
彼も単身赴任中だからどこに居るのか分からない。『こんにちは。久し振り。元気?今どこに居るの?忙しいとこ
ゴメンね。』
甥っ子は家に帰っているよと。週末だから妻子の元に帰っているのね。
早速懸念事項を話す。姉のことだ。甥っ子の返事は『全くもって言われる通り』だと。『僕も妹も叔父さんや叔母さんの
心配していることと全く同じ考えだよ』と。
私は、たまにしか会えなくて、何かしてあげられる訳ではないのに、外野からうるさいかも知れないけれど、私も兄も
姉のあまりの変わりように愕然としたと言うと、『僕だってショックだよ、お母さんがあんなになってしまって』と。
姉本人が、心臓の手術を受けなければ良かった、以前と比べて良くなったとは思えないと言うのが辛いと。
”心房細動”とか言う病気だと昨日も義兄から説明は受けたが、とにかく昔から身体の弱い人で、すぐに心臓がバクバクと
なる。すぐに倒れる。でも、しんどさは手術前と変わらないらしい。薬を変えたか量を増やしたかの途端、身体に震えが
来たのだ。
医者にその旨伝えると『その薬しかない』と言ったと。そんなことあるものか!と私たちは言う。医者を変えれば?と
言うのはそこよ。何の説明もない?薬がそれしか無い?
手術の前も何でセカンドオピニオン受けさせない?自宅から遠いところは義兄が嫌がった?そんなの義兄の自分の都合
じゃんね。なんで言いなりになる?姉が(妻が)大事じゃないのか?
薬も医学もびっくりするほどの勢いで進歩して行っているんだよ。義兄の昔の知識なんか何の役にも立たない。
『あーた(甥っ子)現役なんだから、自分の知識で主導権握ってコトを進めればどーなの?』
実は義兄もそうだったけど、甥もたまたまだけど大手製薬会社のMRだかプロパーだか知らんけど、そういう仕事。
ドクターだのどこの病院が良いだの薬だののことは、よく知っているはずだ。
甥っ子も国循(国立循環器センター)が良かったんだけど・・・と。
姉の問題は大きくは体の震えと腰の曲がりだ。背が低くなったのは仕方ないか・・・。
しもやけなんかなったことの無い人なのに手の指先がしもやけで紫になっている。それも血液の循環が良くないせい
なのではない?と思う。
甥は、先ず検査入院させるよ。有難うと。おばさんも元気で居ててよと言うから『私はすこぶる元気よ。うるさいばーさんが
まだ現役で営業の仕事しているよ。有難う。姉さんのことよろしくね』と。とりあえず安心。
速攻兄に報告。丁度義姉とその話をしていたところ。あれは義兄のパワハラ以外の何物でもないと2人で言っていた。
あれはひどいと。お前が甥っ子に電話しなかったら、オレがしようかと考えていたよと。
うん、まあ・・・パワハラかどうかは知らんけど、姉が可哀想ではある。しかし、他人には計り知れない夫婦の形
ってものもあるしね。
甥はとにかく、進捗状況は報告するよと言ってくれたので、あとは任せよう、様子を見ようと。それしか出来ることは
無いからねと。
兄は私に『〇子なんか、叩いても死にそうにない。ねーさんとえらい違いだ』などと言い、義姉にたしなめられていたが、
確かに見た目はね。私は四角いからね。頑丈だからね。しかし私だって悩みはあるよ。人に言わないだけで。
まあ口は悪いが兄は私のこと評価はしてくれている。その歳でそれだけの仕事をして稼ぐばーさんは、なかなか居ない。
お前は偉いっ!それだけでオレは尊敬しているよと。有難う。
結婚生活をしていた時は、何年経っても浮き草のような感じで、地に足が付いていない感覚がずっとあった。
何でだろう?と自分でもよく分からなくて不安でもあった。
でも今は違う。自分の足で立っている。ちゃんと根を下ろしている感覚はある。ちゃんとどころかどっしりとだ(;^_^A
自分の身は自分で守る。
勿論自分一人で生きている訳ではない。人に支えられて生きてはいる。でも私には守ってくれる人は居ない。
それはつまり、姉兄子供孫が居ても、皆が夫々に大事な人が居るのだから、私を”一番”に考えてくれる人は居ない
という意味。連れ合いが居ないんだもの仕方ない。
皆、過去には色々あっても、別れていない限りは歳をとれば夫婦仲良く支え合って生きて行くのが美しいと思う。
それだけの歴史があるのだもの。
無い人は無いものねだりしないで元気で機嫌よく、人になるべく迷惑を掛けない生活を目指して頑張ろう!と
私は思います、はい。 頑丈な身体に生んでくれた親に感謝です。