今日の信濃毎日新聞の書評欄に「戦争という仕事」が取り上げれている。ご参考まで。
新幹線の中で「戦争という仕事」著者:内山節 発行所:信濃毎日新聞 定価:1800円+税 を読んだ。読了まではあと少しだ。その中に一部を紹介しよう。「間」
『時と間は一対のものであり、「間」があるからこそ「時」があると日本では考えられてきた。秋に収穫が終わると、農閑期に骨休み伝統行事や伝統芸能、、祭りや寄り合い、そして仕事の合間に、ふと空の動きや虫の様子を見ている瞬間。それらが村の生活を作り出し、村に暮らす楽しさを生んだ。』
仕事をしている時、「間」が生まれる。現場では特にその瞬間がある。その間を楽しむ。それは次の仕事の時につながっている。何かに向かう時、ちょっと息を抜く。仕事の進捗が思わしくない時がある。達成できず半ばなので、引き続きやり続ける。職員は辛い。そこには間がない。競争の時代、そんな悠長なことを言っていたらだめだと言う人がいる。そう言われると、思わずうなずいてしまう。でもね、経験的に言っても、ちょと腰を下ろし、一休みが結果的には良いことがある。一休みが長期の休暇になってはいけない。農村の一休みは、自然が「もう種まきの季節だよ」と教えてくれる。その時期になれば、おのずと田植えを始める。
自然との対話が自分の仕事のリズムを作る。現場でリズムを作るのはリーダーの役目だ。人は走り続けることはできない。一休さんではないが、「一休み、一休み」(間)を考えてみたい。
この本は信濃毎日新聞に連載されたものをまとめたものだ。仕事のありようについて語りかけてくれる。自分たちの仕事のありようや、自分の暮らし方が「当たり前」と感じている部分に切り込んでいる。歴史的に見ると、現代は極めて歪んでいる事に気づかせてくれる。お勧めだ。
内山氏は、群馬県の上野村に住み、畑を耕しながら、思索を深めている哲学者だ。立教大学大学院の特認教授でもある。釣りをしながら、自然と対話し、農民に学ぶ。会ってみたい一人だ。
『時と間は一対のものであり、「間」があるからこそ「時」があると日本では考えられてきた。秋に収穫が終わると、農閑期に骨休み伝統行事や伝統芸能、、祭りや寄り合い、そして仕事の合間に、ふと空の動きや虫の様子を見ている瞬間。それらが村の生活を作り出し、村に暮らす楽しさを生んだ。』
仕事をしている時、「間」が生まれる。現場では特にその瞬間がある。その間を楽しむ。それは次の仕事の時につながっている。何かに向かう時、ちょっと息を抜く。仕事の進捗が思わしくない時がある。達成できず半ばなので、引き続きやり続ける。職員は辛い。そこには間がない。競争の時代、そんな悠長なことを言っていたらだめだと言う人がいる。そう言われると、思わずうなずいてしまう。でもね、経験的に言っても、ちょと腰を下ろし、一休みが結果的には良いことがある。一休みが長期の休暇になってはいけない。農村の一休みは、自然が「もう種まきの季節だよ」と教えてくれる。その時期になれば、おのずと田植えを始める。
自然との対話が自分の仕事のリズムを作る。現場でリズムを作るのはリーダーの役目だ。人は走り続けることはできない。一休さんではないが、「一休み、一休み」(間)を考えてみたい。
この本は信濃毎日新聞に連載されたものをまとめたものだ。仕事のありようについて語りかけてくれる。自分たちの仕事のありようや、自分の暮らし方が「当たり前」と感じている部分に切り込んでいる。歴史的に見ると、現代は極めて歪んでいる事に気づかせてくれる。お勧めだ。
内山氏は、群馬県の上野村に住み、畑を耕しながら、思索を深めている哲学者だ。立教大学大学院の特認教授でもある。釣りをしながら、自然と対話し、農民に学ぶ。会ってみたい一人だ。