あいあいのひとりごと

ローマ在住あいあいの暇つぶし日記。

脱獄王 

2008-10-19 20:00:10 | たまには読書
 
「脱獄王 白鳥由栄の証言」 斎藤 充功著 幻冬舎アウトロー文庫

網走刑務所のお土産売り場で、帰りの電車の時間潰しにと買った本です。「ここでしか売っていない」などと書かれていたのですが、それよりも文庫本でお値段がお手ごろなのと、荷物にならないサイズということで手にした本でした。それがなんと面白くて面白くて、行きは長くて苦しかった電車の旅がむしろ短いと感じたほど。自分の本を読み終えてしまったダニィの方が今度は退屈して、30分毎に私が本の話を伝えるということになりました。

この主人公の白鳥由栄は本のタイトルの如く人並み外れた脱獄の達人でした。そして絶対に不可能と言われた網走刑務所もこれまた人間業とは思えないやりかたで脱獄したのです。(網走刑務所から脱獄に成功した者は白鳥以外に他にいないとのこと。)確かに監獄博物館内で脱獄囚がいたという監房があって、ふ~んという感じであまりよく観察しなかったのが後になって本当に後悔。

さてこの本ですが、この白鳥由栄に関心を持った著者が、本人をなんとか探し出し、実際に本人の口からの証言をまとめたものです。白鳥が71歳で心筋梗塞で亡くなる少し前のことでした。

この脱獄王白鳥由栄は、青森刑務所、秋田刑務所、網走刑務所、札幌刑務所と4回の脱獄に成功しています。その方法というのが、まさに超人的なのです。ここでは私が訪ねた網走刑務所のケースだけご紹介します。後は本を読んでみてください。(網走まで行かなくても見つかると思いますよ。ネットの時代ですからね。)

網走に送られるまでに2度も脱獄をしている白鳥でしたから、網走では脱獄防止仕様の特別房に入れられ、24時間後ろ手に手錠、足枷には20kgの鎖玉つき、腰にも鎖がまかれる。手錠はナットの頭部は叩きつぶされ、鍵穴はなく切断しなければはずせないようされていました。手足が自由でないため、食事は犬のように口だけで食べるしかなく、入浴もできず、用便も垂れ流し状態。冬はマイナス30度にもなる厳寒の地で、夏の着物が一枚与えられただけ。手首と足首は手錠の摩擦で傷ができ、それが化膿してそこに蛆がわくほどになったとか。全く信じられない惨状。

白鳥には「人間が作ったものは、人間が壊せないわけがない」という信念がありました。食事のたびに味噌汁を口に含みナットにかけることで、味噌汁の塩分がナットを酸化させ、腐食させることで、ナットが少しずつ緩んでいく。長く根気のいるこの作業で(最初のナットをはずすまでに1ヶ月)、ついには手錠も腰の鎖も足枷もはずしてしまう。脱獄を防止するために特別に作られたこの特別房では、天井からも床からも逃げることはできないとわかった白鳥が唯一見つけた逃げ口は扉についている監視窓でした。監視窓には鉄格子がはめられているのですが、そこにも味噌汁をかけたり、揺さぶったりをし続けることで、3ヵ月後にはずすことに成功。その小さな監視窓から肩の関節をはずして抜け出し、天井の明り取りの窓を破って逃亡に成功したのでした。そのあと刑務所の壁を乗り越えることぐらいは白鳥にとっては簡単なことです。その鉄格子のはずされた監視窓を網走監獄で見ましたが、男性の体が抜けられるほど大きいようには見えず、まさに驚異的です。

白鳥が脱獄を計画した日、いつも親切に声をかけてくれる看守が当直にあたっていました。その看守に迷惑をかけてはならないと計画を一日延期したそうです。
このエピソードにもあるように、白鳥はとても義理堅い人であったと、関わった人々が口をそろえて証言しています。この本に紹介されているさまざまなエピソードの中に、白鳥由栄という人間そのものも明らかにされていきます。

もともと刑に服すことになった経緯はこのようでした。白鳥は幼少のころに両親を失い、親戚のところで豆腐屋を手伝っていました。やがて結婚し、娘も授かるのですが、出稼ぎで乗っていた蟹工船で賭博をおぼえ、それがもとでお金を手に入れるために仲間と土蔵あらしを始めるようになりました。ある時、土蔵あらしに入ったところの家人に見つかり、組み合っているところで誤って相手を刺し殺してしまう。共犯者の仲間が先に捕まり、それを知った白鳥は仲間だけに罪をかぶせることができず自首します。ところがその仲間が白鳥が主犯だと供述。どうやら警察も組んで、白鳥を主犯にしたてあげたらしい。裁判でも理不尽な判決を受ける。

罪を犯したのは確かですが、脱獄をしたのは自分の私欲のためではなく、刑務所での冷酷な扱い、看守達の横暴な態度を直訴するためでした。実際、人間らしく扱ってくれた刑務所では脱獄を試みていないどころか、模範囚にさえなるほどの態度で服役したわけです。

人間業をこえた脱獄と長い逃亡中の生活は実話とは思えない凄さがあります。親切にしてくれた人々への義理、刑務所に入ったことで別れることを決意した家族への思い、故郷青森への郷愁、そんな人間白鳥を表すエピソードに涙が浮かんでくることもしばしば。

まるで映画を見たようなそんな読後感でした。