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あいあいのひとりごと

ローマ在住あいあいの暇つぶし日記。

久しぶりのローマの夏

2020-07-26 23:57:04 | ローマの平日
”Da quanto tempo!" 久しぶりに会う人と交わすくだけた挨拶、つまり「お久しぶり!」。 毎度のことながら、またも”Da quanto tempo!"の状況でブログに戻って参りました。相変わらずローマ暮らししています。元々、記憶力が非常にない自覚をもとに「備忘録」プラス「イタリア紹介」のつもりのブログだったはず・・・。ふと出てきた昔のカレンダーをを見て、「ああ、こんなこともあったらしい」と全く消去されている過去を発見する度に、忘れてしまった残念なことがたくさんあるのかなあと思わされ、ここに戻ります。

世界中がそうですが、新型コロナウイルスによって、生活が変わってしまった人はたくさんいるでしょう。私に関していえば、有難いことに夫の仕事はなくなっていないし、歳と共に体の不調は増えますが、身近な人も含め、このウイルスには関わることもなく過ごせていますし、緊急に「どうしよう!」という心配事はありません。
でも、日本語を教えている私の仕事は激減、ちょっとしたアルバイトもなくなり、習い事も参加していた活動も休止。ロックダウンの後遺症で外出がメンタル的に難しくなってしまいました。実はちょっと外で差別的発言を受けたこともトラウマです。いつもなら今頃は日本に帰国もしていますが、今年はどうやら無理・・・イタリアから娘が帰国したら父母に迷惑になるかしら・・・そんな思いからです。今東京の人も他の県に行くと、ちょっと迷惑?、それと同じことがありそうかな。14日の検疫などはロックダウンで慣れていますし、問題ないんですけれど。
日本在住の外国の方々は、今自分の国に帰国するといつ日本に再入国できるかわからないために日本を出国できなくて困っていると読みました。まさかこんな世の中が来るとは・・・。

というわけで、こちらも"Da quanto tempo!"のローマでの夏を過ごします。本当は夏はローマがいいと思う。日が沈み、涼しくなると、子供からお年寄りまで夏の夜を楽しみに出てきます。そのために毎晩毎晩色んなイベントが行われます。こんな時間まで子供が起きていていいの?といつも疑問に思うのですが、小さな子供たちを夜遅くまで見かけるのも普通のこと。「夏なんだから」ということなんでしょう。もちろん「蜜」は当たり前・・・残念ながら、今年はそんな夏はもちろんありません。

それでもイタリアも「再出発」を目指しています。世界でも最も早い時期に大被害を受けたイタリアは、あの状態に二度と戻るわけにはいきません。まだまだ油断はできないと毎日のようにテレビで呼びかけを聞きますが、それでも少しずつ夏を楽しみ始めることができるようになりました。

こちらはロックダウン終了後、初めて行ったコンサート。野外です。

入り口で書類に連絡先などを記入(感染者が出たら、連絡が来るんでしょう)、熱の測定、1m間隔を置いてチケット売り場に並ぶ。
椅子はたくさん並べてあるのに、座れるのは半分~三分の一ぐらいでしょうか。連れの人とは二人並んで座れます。チケット販売数も実際はかなり少ないようでした。座席指定ですが、空いている席はたくさんで、不安な人はちょっと離れた空席に座ることもできます。私たちの左右前後には10席分ぐらい空席がありました。席にいる分にはマスクを外すことができます。

ここはCasa del Jazzという施設でJazzのコンサートが開かれます。もとは犯罪組織のお屋敷だったところだそう。そこのお庭での野外コンサートですが、以前はギャングの方々がここでパーティなどをやっていたのかと想像が膨らみます。違いが今でもよくわかりませんが、マフィアではないのだそうです。bandaというようです。セリアBみたいなものなのか・・・?また調べてみます。

ローマ在住のアルゼンチンのミュージシャンでした。ここ数か月ずっとコンサートもオンライン、観客を目にして演奏できる喜びを伝えていました。ただ、ステイホームで体がなまってしまっているのは誰もが同じ。途中でかなり息切れまで聞こえてきましたよ。

次に行ったコンサートはAuditorium parco della musicaという大きな音楽ホールのある施設の野外ホールで。
オーケストラによるベートーヴェンの交響曲第2番と第6番でした。
観客が大勢いるようですが、こちらも1mおきに座っています。演奏をしているオーケストラの方々もそんな感じ。
時間も決まっているのか、普通ならあるアンコールもなし。指揮者の方が感謝の気持ちを何度も投げキスで表していました。
アナウンスがあるわけでもないのに、席を立つと誰もがきちんとマスクをつけていて、これには驚きでした。こういうコンサートに若い人は少ないので、若い人が集まる場所ではどのようかはわかりません。

生の演奏はやはり良いですね。例年通りというわけにはいきませんが、折角のローマの夏を楽しみたいと思います。日本は恋しいけれど。





バラの花束は奇数で

2014-05-02 00:09:00 | ローマの平日



ダニィの姪っ子は日本でいえば、高校3年生。半年前に彼が出来て、今とにかくラブラブな毎日です。日本語を私と勉強していますが、勉強中も携帯が手放せない。充電器も手放せない。彼はもともと親友のお兄さんで、そこのところでお友達との仲が複雑になってしまったとか。でもそのお友達の気持ちもちょっとわからなくはないですね。

さて、この間彼女の祖父母(私の義父母)のところに彼を連れてランチに来たと聞いていたので、義母にこっそりと「どんな男の子でしたか」と聞いてみたわけです。すぐに返ってきたのが「現代っ子ね」でした。義父の方は「若いのにもう働いていて感心じゃ」との見方。姪っ子より5歳ぐらい年上ですが、もうとっくの前から働いていて(とはいえ父親の会社のようですが)、お金持ちのようです。義母はその後に耳の近くでこそっと、「前髪のところを金髪に染めちゃって、ロレックスの時計なんかしてたのよ」と。両親と違い、おばあちゃんの孫の彼に対する感情というのはよくわかりませんが、100%合格ではなさそう。

その彼が彼女に半年目の記念日に(毎月記念日をやっているようですが)バラの花束を贈ったそうなのです。それも51本。というわけで、彼女に「どうして51本なの」と聞いてみると、「なんでも1年目で100本、半年だからその半分らしいよ」とのこと。「でも、51本のこの1本はなんなわけ?」

イタリアではバラの花は奇数では贈ってはいけないというルールがあるのだそうです。でもどうして?彼女も「え~知らない。どうしてだろう。」

伝統的にそういうルールがあるのだそうで、そのことは誰もが知っているのですが、理由は誰も知りません。実際には12の倍数は良いとか、数が多くなれば関係ないような、そんな話もあるようです。ネット検索でもあまりわかりませんでしたが、お葬式やお墓へのお供えのときは偶数であるべきといったようなこと、数字占い上の理由などがあるようです。

バレンタインデーの日には、1本のバラ、それもなぜか茎の長~いものがリボンつきの透明の袋に入って、そこいらじゅうで売られます。この長い茎も何か理由があるのでしょうか。こちらも謎です。

上のバラの写真は、ローマのバラ園でバラコンクールをやっていたときにたくさん撮った写真の1枚。昨年のものですが、今年のそろそろその時期です。

こんな変わったバラもありました。

  

地下鉄B線チルコマッシモの駅からすぐのところにあります。
眺めも素晴らしいところにあって、有名な観光スポットではありませんがおススメです!

ベルルスコーニ氏からお手紙届きました

2013-02-22 14:28:15 | ローマの平日
日本のニュースでもちらほら取り上げられているかもしれませんが、今イタリアでのニュースの話題の中心となっている選挙、いよいよあさってが投票日。ダニィにも届きました、このお手紙。



ダニィは今までもベルルスコーニ氏を支持したことはなく、昨日も友人に「開封もしてないよ」と話していましたが、ごめん、私が開けました。

中身はこちらです。



宛名はファーストネームで、「Caro 名前」(親愛なるダニィへ)です。ちょっと馴れ馴れしい?イタリアでは普通なのか。
というわけで、もう一通他の党から来ていた郵便物をチェックしてみました。「Gentile Signor 苗字」(親愛なる苗字様へ)となってました。CaroもGentileも英語ではDearに当たるのでしょうが、Caroは親しい間のやりとりで、Gentileはフォーマルな形式です。SignorはMr.に当たるものです。というわけで、やはりベルルスコーニ氏は馴れ馴れしいようです。

レターサイズの用紙に両面びっしりの手紙の半分以上が、モンティ政権の批判とIMU(不動産税)のことで占められています。不動産税はもともとあった税ですが、モンティ首相が財政改革の一つとしてこの不動産税が前にはなかった一軒目の不動産にも課されることになったため、もともと他の税金や物価の上昇、失業率の悪化ですでに苦しくなっていた国民の生活がさらにこの課税で苦しくなったのは確かです。私はお恥ずかしながら政治について大変無知ですし、特に外国生活だとどうしても外国語で理解するのが面倒になってしまうのですが、よく「リム(L'IMU)のせいで・・・」と不満たらたらの声は聞いてました。その国民の不満のうまく利用しようとベルルスコーニ氏、この選挙戦では減税を売り物に、この悪名高きIMUの廃止、既に支払われた分を還付するとしています。

このお手紙にも還付金の受け取り方として、銀行振り込みでも、郵便局の窓口で現金でも、と具体的な方法も記されています。万一こんなことが現実になったとして、郵便局に殺到する人々のことを想像すると怖い怖い。順番に何かをすることができない人びとに、整理券を配ろうが、予約制にしようが、理解できない人びとが多くて、とにかく窓口に人が殺到するのは避けられません。怖い怖い。

それよりももっと怖いのは、これを読んで取りあえずお金が入ると思い、投票してしまう人々が少なからずいるということです。最近ちょっと話をした人の中にもいたんです、そんな人が。とにかく税金が苦しい、生活が苦しい、モンティはひどい奴だ、ベルルスコーニのときの方がよかったと。とりあえず目の前の生活でいっぱいの人には、ある意味そう考えてしまうのも仕方がないのかもしれませんが、そんな人々が増えているようですし、少し前までは恐らくベルルスコーニ氏が勝つことはないだろうと言われていましたが、どうも最近になって、最後まで結果はわからないという見方が強まってきたような印象です。

このお手紙、結局はお金をちらつかして票を買おうとしているって、そんな感じにも見えなくないですね。モンティ氏がベルルスコーニ氏のことを「ハーメルンの笛吹き」に例えたらしいとか、的を得た例えだなあと感心しました。ベルルスコーニ氏の吹く魔法の笛に騙されて、踊りながらついて行くイタリア国民たちは、最後泥沼で溺れるのでしょうか。

いづれにしても、私には選挙権がないので外から眺めているだけですが、この国の住人になってしまった以上、結果はふりかかるんでしょうね。インターネットでちらほらと読んでいる限り、どんな結果になってもこの国の救世主になれる人はそもそも存在しないようなので、あまり変わらないんじゃないかという状況のようです。がっかりですね。少なくともこれ以上悪くならないでと願うばかりです。

ベルルスコーニ氏からのお手紙、そろそろゴミ箱行きです。ブログの話題提供には貢献いただきました。

この季節のお気に入り野菜~ブロッコレッティ~

2013-02-17 17:49:34 | ローマの平日
肉を食べないダニィとの生活では(魚は食べます)、我が家の食の中心は野菜です。ダニィについては、野菜と果物のどちらの比重が高いか、これは疑問です。もしかすると果物のような気もします。今のこの季節、うちには、りんご、オレンジ、みかん、パイナップル、キウイ、なし、バナナが常備されてます。私は日本にいた頃は、かなり肉も食べていましたし(日本の肉は確かにおいしい!)、日本は世界のグルメ国ですからね、かなりいろんな種類のものを食べていました。イタリアも日本のテレビで見ると、グルメ王国のように見えますが、実際の毎日の食生活はあまりバラエティには富んでいません。特に男性はマンマから「嫌いなものは食べなくていいのよ」と育てられたのか、好きなものだけ、同じようなものばかりを食べているという人が目立ちます。同じものばかり食べていて飽きないの~?と思うのですが、いろいろなものを食べるという考え方がそもそもないらしい。

とはいえ、イタリアの肥沃な土地で、強い太陽光を浴びて育った野菜たちは、繰り返し食べても飽きないという力があります。確かにおいしいです。イタリアに来てまずはまったのはカルチョーフィでしたが、このブロッコレッティ(Broccoletti)もなかなかのものです。私がおいしいと言ってから、繰り返し買ってこられちゃうんですけれど、それでも飽きずに週に複数回食べています。



太くて固い茎や黄色くなった葉、開いてしまっている花を切り落とすと、最初の量の半分以下になってしまいます。カルチョーフィもそうなのですが、なんだかとても勿体ない。でもやはり茎部分はかなり立派で固いです。花の部分が確かに私たちの思うブロッコリーに似ているので、ブロッコレッティ(イタリア語的にはミニブロッコリーということですが)と呼ばれるのでしょうね。でもどう考えてもブロッコリーではないですよね。



さて、このブロッコレッティ、ローマではこう呼ばれるのですが、他の地方、例えばナポリではfriarielli、フリアリエッリとなんとも発音しにくい名前で(この野菜とソーセージのピザはナポリピザ特有のものです)で呼ばれていたり、その他にもrapiniとかbroccoli di rapeとか呼ばれるようです。cima di rapeという野菜の仲間のようですが、ダニィは南部に行くとcima di rapeと呼ばれるというので、同じものなのか、その野菜の品種改良されたものなのか結局よくわかりません。そのcima di rapeから調べて行くと、日本では菜の花に行きつき、そういえば菜の花に近いかも、と突然納得しました。
どうやらイタリアが主な原産地のようで、特にローマのあるラッチオ州、ナポリのあるカンパーニャ州、そしてこの野菜とオレッキエッティというパスタの料理で有名なプーリア州が主産地だそう。

どのように食べるか。生では固いのでサラダは無理ですね。ローマではオリーブオイル、塩、唐辛子で炒めます。こんな簡単な料理なのですが、かなりおいしいですよ。苦味のある野菜なのですが、その中に甘味も感じる、そんな味です。ネットで調べていたら、このブロッコレッティを茹でて胡麻和えにするというレシピを書いている方がいらっしゃいました。いけそうな感じです。

この間日本に帰った時に、近所のスーパーでブロッコリーロマーノを発見しました。ちょっと怪獣の背中を想像させられる(って私だけ?)見かけのブロッコリーです。日本はなんでもありますね。ブロッコレッティももしかしたら売られているのかもしれませんね。


食の話ついでに、今日ダニィの両親とランチに行ったお店をご紹介します。ダニィは時どきレストランのクーポンを買い、クリスマスや誕生日に親戚・家族にプレゼントしているのですが、両親の場合は私たちも一緒に行くことになります。買う前にはそのお店のサイトや口コミなどを調査して、それで決めるのですが、今回はガンベロ・ロッソ(イタリア版ミシュランと言ったところかしら)にも選ばれたお店で、L'invincibileというお店です。ベジタリアンランチのコースで、内容があまりにシンプルだったのであまり期待もしていませんでしたが、料理もワインも目に舌にも満足で、レベルは高かったです。ただ量が多すぎて、お得感より最後は苦しくなってしまったのが残念でしたが。
クーポンなしでは、ちょっと私たちにはお高めのお店・・・。



前菜。ちょっと写真が下手でおいしそうに見えませんねえ。

ドルチェの前に、小さなグラスにはいったcrema di latte al basilico(ミルククリームバジリコ風味)とかいう見かけがシャーベットなるものが出されました。デザート前のお口直しにということでしたが、これがなかなか良かったです。初めて体験しました。バジリコの風味が口に広がります。

ご関心がありましたら、ローマにいらしたときにでも是非。

L'invincibile: Via degli Stefaneschi 3/5/7 (トラステベレ地区です。もしかするとコロッセオ地区に引っ越すかもとのことでした。)

発見!新しいジェラテリア

2012-07-11 12:28:44 | ローマの平日
ジェラートの季節がやってきました。夜のイベントにでかけるときは、うちのダニィはたいがいジェラートが夕食です。以前は呆れていましたが、最近では私もそれが普通になってきました。実際、私は後で少々お腹が空くのですが、イタリアのジェラートは確かにおいしいし、新しいところを見つけたと言われれば、その誘惑には勝てません。

さて、前回の投稿で紹介したコンサートに行くのに、ダニィはしっかりその地区のジェラート屋さんを探していました。チェーン店やバールのジェラートならもちろんどこにだってあるのですが、それではダメなのです。一度おいしいジェラートを食べ始めると、もう工場で作られてくるような代物は食べられないというわけです。

さて、見つけたジェラテリア。La Gourmandise なんていうフランス語の難しい名前のお店。「グルメさん」とかなんかそん意味なのかなあと想像しますが、閑静な高級住宅地区モンテヴェルデにひっそりと目立たない本当に小さなお店でした。

ところがジェラートのフレーバはなかなか興味深いものばかり。

私が選んだのはPera, Cannella, Crumble(梨、シナモン、クランブル)とBanana crocante al profumo di arancia(オレンジの香りの香ばしいバナナ)とCaffe e Mandorla(コーヒーとアーモンド)。他のお店では味わえない変わったフレーバが色々あるのです。もちろん味もなかなか。

他にもレモンとバジル、ホワイトチョコレート・グリーンペパー風味、マロン・ローリエ風味、レッドオレンジとオリーブオイルなんて、何じゃこれ?というようなのもあります。

近くには観光スポットもなく、ちょっとアクセスは困難ですが、お試しがいはあるというもの。

La Gourmandise Via Cavallotti, 36/B

トレンディ地区ガルバテッラ

2012-06-15 00:53:06 | ローマの平日
私の住む地区ガルバテッラはローマの観光の中心街からちょっと出たあたりにあります。地下鉄の隣の駅はピラミデでそこまでは大抵の観光地図にも載っているでしょう。ただ反対の隣の駅はローマ四大教会の一つサン・パオロ教会があるので、広い意味ではまだ観光地区の中でもあるでしょう。この地区には1920年ごろから公営住宅の建設のプロジェクトが始まり、実は変わった建築スタイルの家々が立ち並ぶことで、建築に興味のある人びとがわざわざやってくる所でもあります。そのプロジェクトは当初イギリスのガーデンシティをモデルにして始められ、そのため低層でお庭のある、まるで田舎にいるようなのんびりとした雰囲気のステキなお家が今も残っています。ただ公営住宅のプロジェクトでもあり、高級感というのとは違います。そんなわけで、庶民地区のイメージの強いガルバテッラでしたが、最近どうもイメージがかわりつつあるようです。

とはいえ、引っ越してきた頃、私はとてもがっかりしていました。駅の周りはゴミだらけ、落書きだらけ、なんだか躾のない若者がぶらぶらしている、住人のゴミだしの仕方も酷いし、素敵なお店というものは全くなく、道はペットの落し物だらけ・・・。住人は自分の町をきれいにしようとする気がないのか、といつも怒っていました。昔からのローマっ子たちが今も住む地域とあって、ローマ弁で話す人々、サッカーのローマの試合があると、建物が揺れるぐらいに周囲がざわめく・・・とまあ本当に庶民の町であります。この変わった建築の家々もなんだか夜はお化け屋敷のようにも見えていました。






ところがこの家々は、都会での夢の庭付き一軒家もあるわけです。今、価格も上昇、手放す人もなかなかいないので、人気が上がり続けているとのこと。(ちなみに我が家は普通の建物の3階。)私の通うモザイク教室の地区は、大使館などもあるようなちょっと高級住宅街の近くにあって、来られるマダムたちも豊かな方が多かったりします。口が動かないと手も動かないイタリア人たちですから、作業中もいつもおしゃべりをしています。(私は口を動かすと作業が進まない。)そこで、住んでいるところの話なんかにもなるのですが、この間もそんな話になったので、「ガルバテッラは汚いし、このあたりとは全然違う」という話をしました。「ローマはどこも同じよ、この辺も汚いわよ。ガルバテッラなんて今人気の地区じゃない」と言われました。「へえ~、そうですかね」と言うと、このマダム「トレンディ、トレンディ」と英語で連発してました。

確かに、最近のガルバテッラの「トレンディ」化はちょっと目に見える形で表れてきたのは本当です。日本では実家の近くにもあるイタリア料理・食材の専門店Eatalyがなんと家のすぐそばに出来ました。何か工事をしているなとは思っていたのですが、まさかこんなものができるとは。



4フロアあって、イタリア料理に関するありとあらゆるものが揃っています。中に入るなり東京にいるような気分になりました。



イタリア中のハムやチーズ。



パスタコーナー。いろんな形のがあって、博物館のよう。



もちろんワインは欠かせない。

そうくればオリーブオイルももちろん凄い種類。ドルチェ類もローマではあまり見られない、イタリアの他の地方のお菓子も売っています。そして、買い物をするだけでなく、食事もでき、お料理やワインのコースなど、さまざまなイベントも企画されるようです。急にガルバテッラが気に入ってきました。

このEatalyは、もともと鉄道の駅の建物でずっと使われず廃墟化していた所を改装して作られました。駅自体は別の場所にあって、私も時々利用しています。今まではTrenitaliaという鉄道会社しかありませんでしたが、最近ナポリーローマーボローニャーミラノをつなぐ新しい鉄道ITALOというのができ、それもこの駅にとまるようになりました。



赤い車体のおしゃれな電車です。料金も安く設定されているようで、今までは競争のなかったTrenitaliaもこれで料金を改定したり、サービスをよくするかしら?電車では不便なことが多かったので、このイタロが頑張ってくれるといいな。

このEatalyがオープンして翌日には新しい橋の開通式もありました。3年ぐらいかかって工事をしていたのですが、やっと開通。こんな橋必要なのかなと思っていましたが、出来上がるとなかなか立派です。



開通式にはローマ市長が挨拶され、大勢の人が見に来ていました。朝からヘリコプターの音がうるさく。

橋の反対側の地区も今大規模な範囲で工事中です。若者のための文化施設という話から最近はショッピングモールができるという噂に変わりました。まあいつになることやら?という問題はありますが、今後のガルバテッラ楽しみです。

コロッセオまで来られたら、ちょっと足をのばして来てみてください。



日が沈む頃、橋を渡ってウォーキング。なかなか気持ちがいいです。ガルバテッラに住みたがったダニィは先見の明があったのかな。





日本に行ってまたローマへ

2012-06-12 12:17:42 | ローマの平日
しばらく投稿をしないと、ブログのテンプレートが変わってしまうらしいので、取り戻すために取りあえず投稿しなければならないらしいです。しばらく投稿できずにいたのは、3週間ほど日本に行っていたというのもあるのですが、出発前も精神的に忙しくて(旅の前の恒例の状態)ブログどころではありませんでした。

今回の日本滞在はダニィと彼の友人カップルも一緒で、そんな日本での旅の珍道中(読んでくれる方の今後の旅の情報にもなるかな)を書きたいとは思ってはいるのですが、なんだか今回はとても疲れて、ローマに戻ってきた今もぐたっとしています。最近日本に行く度に日本がいいなあという思いが強くなり、ローマに戻るなり日本シックなのです。数年前に突然どうしてもイタリアが嫌になって、日本に帰ってしまった知り合いがいましたが、当時はなんとも感情的と思っていましたが、ちょっとその気持ちがわかってしまえる私にも危機が迫ってきているのでしょうか。

もちろん日本シックになるのは、それだけ日本がいいと思えるような点を目にしてしまったからというのもありますが、ローマに戻ってきてがっかりということがあったからでもありますよ。イタリアが大好きという人には、楽しい話でないので、ここまでで他のページにお移りください。私も以前はイタリアが大好きで、イタリアに住めればどんなことでも我慢するなんて思っていたこともあったのですけれど。

ローマへの帰りの飛行機はアリタリアでしたが、飛行機は新しくきれいで、スクリーンも問題なく使えたし(以前使えないことが何度かあった)、食事も量は減りましたが(これは今どこの航空会社でもそうなんじゃないかしら)まあ悪くはなかったし、乗務員もさほど感じが悪くなかったので合格点とします。日本シックの私は、映画「Always~三丁目の夕日~」を見て、東京タワーを目にしただけで涙してました。

さて、空港に到着して最初のイベントはというと、入国審査ですね。そうパスポートをチェックされるところです。成田空港の入国審査は窓口がたくさんあって、5分も待てば通過できました。外国人であるダニィたちなんてむしろ先に通過したほど。ところがこちらは、例のごとく長蛇の列。「早速か・・・」のブルーな気持ちと闘いながら、日本人の多そうな列に当然並びます。(多分その方が速いでしょ。)ところが列がなかなか動かない。というのも列がまっすぐでなく団子状態だからなのです。(こちらも例のごとく。)おまけに開いている窓口が少ない。そこで後ろの日本人の方々の会話。「なんで窓口がこんなに少ないんでしょうね。」「もうこの時間だから働いている人が帰っちゃったんだろう(笑)、日本でもこの時間(19時頃です)は働いてないもんなあ。(ホントか?)」旅行者はこれも海外バカンスの一つだから笑っていられるのでしょうが、全てがこんな調子での生活者には早速のがっかり。

忍耐、忍耐、そしてまた忍耐でいると、なんと窓口が一つ増えたのです。なんだ帰ってない人がいるんじゃない。どうも開いた窓口の方につられる人が多いらしく、急に私の前の人々が消え去り、お蔭でやれやれ外に出られる瞬間がやってきました。そこで疲れていても、日本人は礼儀があると見せねばと、ボナセーラと言ってパスポートの表側を上に係りの人に出すと、その人は隣の人とおしゃべりを続けたまま、私のパスポートを受け取ると、なんとくるりと一回転しただけで戻してきたのです。スタンプを押してくれないのはいつものことですが(お蔭で私のパスポートは日本出国・入国スタンプがたくさんあるのに、その後どこに行っていたのかが不明状態)、中身を見る振りもなく返してきたのは初めてでした。ここはこのままで行ってしまっていいのか。私はテロリストだぞと嫌味でも言いたいところなのに、情けなくもその勇気もエネルギーもなし。せめて「スタンプを押してください、前に問題になったことがありますので」と言うと、なんだか難しい言葉を並べられたけれど、要はスタンプを押しませんでしたっけととぼけた返事で、いやいやながら押してもらったわけです。全く腹が立つ。

入国審査で待たされたお蔭で荷物はもうベルトコンベアーの上で回っていましたが、同じ飛行機の乗客は皆待たされているようで、荷物だけがぐるぐる回っている様子も珍しかったです。なんとも不運なことに、その後迎えに来てくれていたダニィからの電話はこう。「ごめん、車が煙を出して故障。いつも車を停めている駐車場まで一人で来てくれる?」Made in Italyの夫が悪いのか、Made in Italyの車がいけないのか、その後、駐車場で待つこと2時間。

その日はそれで終りましたが(それ以上起こりようがないか、家についてすぐに寝てしまったので)、街は相変わらず汚いし、地下鉄ではまだ人が乗り込んでいるのにドアが閉まるし(確認なんかしないですから)、犬がしゃがんだかと思うと私の目の前で用を足しているのに、飼い主は知らん顔だし、うちのベランダには上の階の人の落し物が相変わらず発見されるし、通りを渡りたくても車は止まってくれないし、隣の家の人の喧嘩の怒鳴り声が恥ずかしげもなく聞こえてくるし・・・。

そして、昨日のこと。ダニィと近所のスーパーに行き、レジを通るといつもの如くダニィはレシートを確認しながら出口に向かっていましたが、出口のところでUターン。「間違えがある。」はぁ~?早速~?以前から2度に1度はあるんじゃないかと思っているんだれど、ローマに戻って最初の買い物でとはがっかりどころか悲しくもなる。私はこれはわざとやって気づかない客から騙し取っていると確信しています。じゃなければ、こんなに頻繁に、いろいろなスーパーで起こるわけがないのでは。それとも一種の慣習というもので許される間違えなのでしょうか。スーパーの人は申し訳なさそうな顔をするどころか、「本当なの?」とういうような訝しげな顔をして、急ぐどころか、もたもたと調べ、なかなか返金をしない。きっと、待つのが面倒な人にもういいと言わせる作戦に違いない。

そしてこれもいつものことですが、私にとってイタリア代表のダニィに文句をつけないと気が済まない。「絶対にわざとだよ。こういうやり方は先進国ではありえない。第三世界に住んでいると思うと鬱になる~。おまけに謝りすらしないし。腹立つなあ。」するとダニィは「今日からのお買い得品で変え忘れたんだよ」と言う。「はぁ~?こんな閉店時間間際まで誰も気が付かないで通常価格で買いものしていったわけ?今だって絶対に修正してないに決まってる。わざとしているんだから、指摘されても直すわけがない」と言い返すと、「じゃあ明日も行ってみる?」と開き直る。

日本に滞在中のこと。水道メーターの検針に来た人がインターフォンで「すみません。水道の検針に来たのですが、いつもより水道の使用量が多いようなんですが、何かありましたか」と。日本は後で苦情になることを恐れて、常に気を付けているのでしょうが、それでもなんだかとても丁寧・親切に感じてしまった私。「すみません、実家に帰省している私のせいです。わざわざお知らせありがとうございました」とインターフォンの前で深々とお礼を言っているのでありました。






雪が降りました!

2012-02-04 01:11:43 | ローマの平日
予報は出ていたけれど、ローマにも雪が降りました。私が気が付いている限りでは初雪です。大きなぼたん雪が降ってくるのを暖かい部屋の窓から眺めるのはちょっとわくわくします。でもやはりさむ~い。本当は随分前から決まっていた友達との計画があったのですが延期。前にちょっと触れた近所の図書館での無料イタリア語講座が今日から開講だったんですが、やはり延期。私の住む辺りはあまり降っていなかったので、テレビで雪に覆われたコロッセオとか、真っ白に美しく輝くサンピエトロ寺院の広場とか、同じローマ内でも随分違うんだなあと思いました。なので、明日はアルバイトも来なくていいと連絡を受けて、なんだか大げさだなあと思っていましたが、夜中が近づいてくるにつれ、うちの方も大きなぼたん雪がたくさん降ってきました。



ベランダからそっと覗いてみると、あ~もう積もってる。雪の夜って明るいから不思議。もう夜中の12時もとうに過ぎているのに、雪になれないローマっ子が外で騒いでいる声も聞こえます。




ベランダの手すりにも、少し積もってきました。

明日の朝は起きたら真っ白かしら。去年のローマの雪の日、私は日本でそのニュースを聞いていました。その前の年の雪の日は、少ししか降らなかったこともあって、朝寝坊の私はもう雪が溶けた頃に起きてしまいました。というわけで、雪をこんな風にしっかり見るのは久しぶりです。遠い昔の雪の日の色んなことを思い出しました。ローマにしか住んだことのないダニィにはあまり雪の思い出はないようです。

ローマのクリスマス2011

2011-12-28 19:15:12 | ローマの平日
しばらくブログご無沙汰していました。この時期ネタはたくさんあるんですけれど、なんかクリスマスが終わらないと気分が落ち着かず・・・。年末年始はできれば日本の方がいいんですけれど、今年は行き損ねてしまったので、日本の友人からはいいなあ~と言われるヨーロッパのクリスマス鑑賞をすることにしました。

とはいえ、クリスマスのデコレーションは日本の方が華やかかもしれません。イタリア人は「今年は!」みたいな目新しいデコレーションよりも伝統的なほのかな明かりの飾りが好きみたいです。

だいたい11月の半ばあたりから、クリスマスの準備が少しずつ目についてきます。そして12月8日の「聖母マリアの無原罪のお宿りの日」というカトリックの祝日が終わるとイルミネーションが点灯されるようです。

ところでこの12月8日の祝日、以前から「聖母マリアに関係のある祝日」っていう程度にしか認識していなかったのですが、今自分で書いてみて、一体なんのこっちゃって思ったので調べてみました。イタリアの祝日で検索すると、それはそれはたくさんのサイトでリストを紹介していますが、「マリアがイエスを身ごもり、神の恵みの特別なはからいで原罪から免れた日」ととれる説明と「マリアの母親であるアンナの胎内に宿ったそのときから神の恵みの特別なはからいで原罪を免れていたことを祝う日」という説明があるようです。正解はどうも後者のよう。確かに12月8日に身ごもり、25日にご誕生ではいくら神の特別なおはからいでも、あまりに急ぎすぎ?当の国民もどれぐらいの人々がわかっているのか知りませんが、今年の12月8日は木曜だったもので、ポンテ(橋の意味ですが、休みと休みの間の日を休みにして連休にすること)の方に関心があるようでした。12月はなんだかストも多いし、やっぱり休んでばかりの人々と思わずにいられません。

さて、いつものウォーキングでコロッセオの横を通ると、ここでもクリスマスツリーの準備をしていました。



見てください、巨大ツリー。準備も大変ですね。準備中でもなかなか美しい。



ズームイン。黄色のレインコートのようなものを着たおじさんが働いてましたが、なんかこの黄色もおしゃれですね。


その後出来上がりを見に行ってみました。



あ~きれい。溜息がでます。このシンプルな美しさが心にじーんと来る感じです。聖夜はやはりこういうのが一番ぴったりかな。


こちらはローマの中心、ヴェネチア広場のクリスマスツリー。




この広場からから始まり、ポポロ広場まで続くコルソ通りには長い長いイタリア国旗のイルミネーションが続きます。



コルソ通りを歩きぬけるとざっと20分はかかるだろうから、かなりの距離があります。今年はイタリア統一150周年ということで、こういう飾りになったのでしょう。残念ながら、イタリアは財政危機で世界から注目を浴びる年となりましたが、皆さん!この国旗を見て自分の国のために頑張ろう!って思ってくださいって感じなんですけどね。大概の人は不満をこぼすだけ。



ブランドショップ街で有名はコンドッティ通り。突き当りはスペイン階段です。今年のクリスマスショッピングに費やす金額はかなり下がったというけれど、この通りの買い物客は別かな。

スペイン階段側ではないコンドッティ通りの始まりは、フェンディのお店のある広場。



さすがローマ市の飾りとちがって、派手ですね。




こちらはローマの市庁舎とカピトリー二博物館のあるカンピドリオの階段。らっぱを吹く天使たちのお迎えです。
やっぱりこういう静かなタイプが好き。


足りないのは・・・サンピエトロ寺院のクリスマスツリー。残念ながら早く見に行き過ぎて、木が立てられたばかりというところでした。
近い内に行って撮影してきます。






罪なき者、まず石を投げよ。

2011-11-24 12:49:45 | ローマの平日
11月23日はダニィの誕生日。夜の10時ちょうどに生まれたとのことで、じゃあたったの2時間の誕生日か、などと冗談を言っていたものの、何歳になってもやはり誕生日は祝いたいものと思うので、一日ダニィの好きなことをすることにしました。とはいえ、あまり希望ってもののないらしい本人は、仕事の休みをとったものの、いつもの通り朝から2時間ジムに行き(今腰を痛めているので、お年寄り向けストレッチングコース 笑)、お昼は日本食レストランのランチメニューで大好きな天ぷらうどん食べ(折角誕生日なのだからと思うのに、いつも天ぷらうどん)、その後は映画オタクのダニィのこと、今やっているMEDFILM FESTIVALという映画祭に行くと実はもう前から決めていたようです。MedfilmとうのはMediterraneoから、つまり地中海地域の国の映画を対象としたフェスティバル。




ダニィは3本見る予定にしていました。普通に映画館に行くと、大概は吹き替えですが、普通フェスティバルの映画は字幕です。こういうフェスティバルは興行成績とは結びつかない映画が多く選ばれて上映されるので、この機会だけのために吹き替えを作らないのは当然ですが、3本もの映画を日本語ならともかく、イタリア語や英語で読み続けるのはかなり疲れますよ。まあ誕生日だから我慢我慢。

さて、見た映画の話も面白いのですが、ここでお話したいのは映画とは関係ありません。まあ、いつもの愚痴というか、呆れというか、よくあるイタリアの日常シーンのお話です。

映画を鑑賞するにあたって、無料だからか、入場券や整理券などを配っていません。最初についた人が時間がきたら先に入り席をとる。まあこれが問題なく機能する日本のような国もあるでしょう。ローマでも人気のないような映画は席の争奪がないので一応何事もなく進みます。そして1本目の映画は運良くそんな状況でした。映画はかなり興味深いものでしたが、お仕事のある人には無理な時間帯だったこともあるでしょうね。私たちはこの映画の後に始まる映画も観る予定でした。映画が終了するとその映画の監督のお話などがあって、それを聞いていると予定の時間を超過することがあります。そして、次の映画も同じところで上映されるはずでも、一旦外にでなければなりません。ずっと同じ人が居残れば他の人が鑑賞できないという平等の観点からすれば、私も100%納得です。

出口は入口のある部分とは全く反対側で、建物をぐるっと回って入口に戻るのですが、なんともう長蛇の列が出来あがってました。そして係員の人が、手を広げて、「ここから後ろの方はお待ちいただいてももう入場できません」と叫んでいます。ダニィはまず、前の映画を観た人は自動的にもう次の映画を観ることができないというシステムに怒りを表していました。なんで先に整理券を受け取りに来て、入場を確保するということができないのかという怒りです。

私としては、こういう無料の映画祭、同じ人だけじゃなくて、いろんな人に外国の映画を観る機会を与えるという意味では、こういうことも仕方がないかなあとは思ったのですが、それよりも気になったのは別の点です。イタリア人の列の作り方はもう有名でしょうけれど、まず列を作るための仕切り(というのでしょうか、日本なら普通ありますよね)がありません。つまり、列の太さが横に5人にも6人にもなるわけです。列の形がはっきりもしません。そこへもって「入場できるのはここまでです」と言われたら、どういうことが起きるのか。そこから後ろにいた人が、どうにか前の列の方に割り込めないかという行動に出るということです。入れないのに待っていても無意味だからと係りの人が伝えようとするのは理にかなっていますが、ここローマではもともと割り込みを試みる人が大勢いる中でまともに並んでいた人々までを悪魔化させてしまうということなのです。つまり、入場できるところにいたはずの人々が入れないという結果になるわけです。もちろん、すぐに飽きらめてその場から立ち去るお上品な方々もたくさんいるのも事実です。

さてこの後、席が無くなったところで入口のガラスのドアが閉められ(外からは開けられないようにできている)、長い時間寒い中待っていて理不尽にも入れなかった人々がドアの前に殺到し、ある男性は声を荒げて怒鳴っていました。その方の言い分は、自分は寒い中40分も並んで待っていた、それなのに後から来た人々が自分より前に入場していった、お怒りはごもっとも。私には、いつものシーンか、どうしてこういつも外にでると喧嘩のシーンがもれなくついてくるのだろうと嫌な気分になってきました。ダニィは「彼の言うことは正しいよ」というし、私もそれには同意するけれど、どうして最初から喧嘩調なのかが気に入らない。中には携帯で録画している人もいましたから、今は下手するとYoutubeなんかに載せられちゃいますね。




入口で苦情を訴える人々。


この男性が興奮して怒りを表していると、周囲もそうだそうだという雰囲気になり、係員はなんとか説明を試みるけれど、男性も諦めず、そのうちに奥の方から警官が2人現れました。何かとすぐに警官や力に訴えようとするやり方も気に入らないのですが、男性はむしろ「ちょうどいい、警察に訴えてやる。警官と話をさせろ」と怒鳴り始めました。

私たちはもう次の映画を観ることに決めて、その列の方に移動したのですが、そこでもすぐ並ぶ人からの緊張感がひしひしと押し寄せます。全員入れるだろうほどの少人数しかいないのに。ダニィに「こういつも喧嘩のシーンばかりみている日常は本当にストレス。あの怒っている人だって、絶対に後からきて前の方に入り込んだことあるはずだね。うまく行ったときは、ラッキーとか言って舌を出しているに違いない」と言うと、「それはそう思うよ」とあっさり納得してました。そういうダニィもどうも無意識のようなのですが、列の団子状になっているところに向かう傾向ありです。私が気になるところはそこで、他人はぺしゃんこにするぐらい責めるくせに、他の機会にはあなただって同じことしているじゃないかという人が多いことです。問題はどうも本人にその認識がないというところらしいのですが。

そこでこの間似たような話をしていたときに、そういうときはこういうんだと教えられたフレーズを思い出しました。
"Chi e' senza peccato scagli la prima pietra"、」つまりタイトルの「罪なき者、まず石を投げよ」です。
聖書のからの言葉で、ヨハネによる福音書8章にあります。そういえば聞いたことがあったなあ。
姦通の罪で捕えられた女がイエスの前に連れてこられ、モーセの律法によると石打の刑に処せられなければならないのだと、律法学者たちがイエスを試す。そこでイエスが「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まずこの女に石を投げなさい。」と答えると、一人また一人とその場を立ち去り、その女だけが残ったという話。

自分は人のことを責められるかどうか、ということですね。一人一人が自分は人のこと責められるだけの正しい行動をしていれば、もともとこういう不愉快な事態も起こらないんですけどね。まあ先ほども書いたように、認識のない人々が増えていて、この言葉を向けても気にせず石を投げるというのが今の現実なのかもしれません。

3本目の映画のときも同じ。もう夜遅かったので、列の人も少なかったんですよ。それでも人々の間のピリピリ感は同じ。そんなのがあるから、ぎりぎりまで中にいれてくれず、寒さに耐えなければならない。そこへ働いている係員に宅配ピザなんかが届いたりもする。整理券を配るとか、ちゃんと列をきちんと作れるようなしくみを建物の中にも作って、皆が気持ちよく屋内で待つことができたらいいのに、どうしてそんな事を考えられないのか本当に不思議です。今年初めて開くイベントでもないのに。きっと10年後も20年後も変わりないんじゃないかって、この点ではかなりネガティブな私です。