あいあいのひとりごと

ローマ在住あいあいの暇つぶし日記。

バール、コーヒー、イタリア人 ~グローバル化もなんのその~

2012-02-18 18:17:51 | たまには読書
私が週1回アルバイトに行っているところには、日本の本の詰まった本棚があります。恐らくローマに滞在して日本に帰国する人たちが置いていった本がたまっていったものだと思います。そこの本は勝手に借りていいと聞いて、本棚の端から選ばずに順に読んでみようと今年の初めから少しずつ読書を始めました。昨年末からなんだか自分の今の生活があまりに世界の狭いものだと落ち込んでいたこともあって、身近なところから世界を広げる努力をと思ったのが始まりでした。選んでしまうとどうしてもいつも同じジャンルに偏ってしまいますからね。ところがわかったことは、帰国する人がまとめて本棚の一部を独占して残して行くわけなので、しばらくの間は前の持ち主の読書傾向の本が続くということなのです。とはいえ、自分では選んで読まない本を読んでみると世界が広がるのは確かのよう。

私は読むのが遅いというか、目は読んでいるのに、頭は他に行ってしまうことがあって、よく数ページ戻らなければならないことがあります。そのため結果として短期間に読める冊数は多くはなりません。そんな調子で読むことが多いので、一部の記憶がないところもあって、痴呆症かなと心配になるぐらい。でもこれは小さいときからの癖なのです。ブログでも読んだ本の紹介をしようなんて思っていましたが、そんなわけですぐに書かない場合は記憶が怪しい。これは映画や芝居なんかのレビューを書こうとしても、同じことが当てはまってしまいます。でも特に面白かった本を紹介してみたいと思います。

これは今日読み終わった本です。



バール、コーヒー、イタリア人 ~グローバル化もなんのその~ 島村菜津著

イタリアで暮らしている人だったら「あ~わかる~」という話がたくさん出てきて、イタリア生活を少しでもしたことある人なら確実に面白い本です。もちろんそれだけでなく、バールやコーヒーの歴史や習慣、そして裏事情まで大変詳しく紹介されていて、専門書といってもいい内容です。

イタリアはどこへ行っても、他に見つけられないものはあっても、バールだけは必ずあります。全てのイタリア人の生活に密着している所と言えるでしょうね。マイバール、マイバリスタのいる人々も少なくないでしょう。ダニィも遠くにいてもわざわざ自分のお気に入りのバールまでコーヒーを飲みに行きます。そこまでしなくても・・・と思うのですが、確かにダニィが行くと、注文を言わずして、いつも頼むカフェ・ルンゴ・アル・ヴェトロ(グラスに入ったお湯多めのエスプレッソ)がちゃんと出てくるんですよね。やはりこういうのが心地いいのでしょうか。前回の会話の続きができるのも嬉しいのでしょうか。優秀なバリスタはお客さん一人一人をきちんと把握しているようです。

バールはそれでも日本の喫茶店とは違い、コーヒーを頼んでそれから何時間も居座る雰囲気はないので、私はやはりスターバックスのような場所もあってほしいと思うのですが、どの支店にいっても、スタンプを押したような同じ対応は、イタリア人たちには受け入れられないのもわかるような気はします。
こういうのがあればもっと効率がいいのに・・・ということが山ほどあるイタリアですが、効率よりも重視されることがあることを、この本を読みながらかなり納得しました。「このままじゃ、どんどん他の国に置いて行かれるよ~」というのが口癖のようになっている私ですが、イタリアはそう「グローバル化もなんのその」でいいのです。もしかするとむしろ最後まで生き延びれる国なのかもしれませんね。

ダニィのコーヒーの話と関連して、本の半ばにこんな話がありました。

(以下本書からの引用)
アンドリア市のあるバールに、五人の長距離トラックの運転手が現れて、それぞれのコーヒーを注文する。第一の男はモルト・ストレットの、第二の男はマッキアートの、第三の男はコン・ラッテ・カルドのコーヒーを頼み、第四の男はカプチーノを所望する。最後の男はしかし、店じゅうにひびきわたる勝ち誇った大声で叫ぶ「ダブルのエスプレッソ、それにミルクを特別に!」   H.M.エンツェンスベルガ―「ヨーロッパ半島」(石黒英男他訳 晶文社)
 それぞれに違うということが、そのアイデンティティを支えているヨーロッパ。ドイツの詩人によるこのエッセイ集には、ゲルマン人の眺めた太陽の国イタリア人たちの姿が生き生きと描かれている。
 五人が五人とも、ばらばら。モルト・ストレットは、うんと濃いエスプレッソ、マッキアートは、ミルクをほんの少しだけ垂らしたもの。コン・ラッテ・カルドは、温めたミルクを加えたもの。カプチーノは、蒸気で泡立てたミルク入りである。
 しかし、詩人は、その中でも第五の男の勝ち誇ったような様子に着目する。その優越感は、どこから来るのか。いったい何が自慢なのだ。不思議そうに見つめながら、詩人はそこに、日常のささいなことを最大限に楽しもうとする深い人生哲学を見る。
 コーヒーなんぞという小さなことに、笑ってしまうほどの執着を見せるイタリア庶民。その毎日、口にする食べ物への強いこだわり、それはそのまま「俺様」の生き方に直結し、これを大げさに表現することで、満足中枢は刺激され、その日常にきらきらと輝く魔法の粉を吹きかける。・・・・


納得。コーヒーに関してだけでなく、似たような状況を日常でよく見かけます。はあ~?なんか随分と大げさに話していらっしゃるけれど、そんなに凄いことなわけ~?って状況。そうすることで満足中枢が刺激され、普通の日常が素晴らしいものになるのか。
「別にたいしたことじゃないんですけどね・・・」などと前置きをしてしまう日本人にはなかなかまねができそうにありませんが。


イタリア人のコーヒー文化の話だけでなく、コーヒーの由来、コーヒー栽培の裏にある現実など、なかなか内容濃い本です。


<日本の本棚より最近読んだその他の本>

  「世界でいちばん愛される絵本たち ~人気作家30人のインタビュー集」
世界の有名な絵本の作家たちからのインタビューを集めたものです。私の小さいころからのベストセラーの絵本もかなり入っていて、懐かしくなりました。絵本に興味のある人には面白い本かもしれませんが、そうでもなければどうだろう・・・

  「大往生」永六輔著
「老い」や「死」がテーマ。私たちは100%死に向かって生きているわけですが、自分の死にしろ、身近な人の死にしろ、避けられない「死」というものへの恐怖を持っていますよね。普段からの「死」とうものに対して避けるのではなく、むしろ考えてみると「死」とうものへの恐怖が変わってくるような気がします。

  「半人前が残されて」 伊集院静著
2人の大女優(夏目雅子、篠ひろ子)を奥さんにした人とは思い難い、恥ずかしいような部分もさらけだした大変人間臭いエッセイ集でした。

  「ブルーハネムーン」 篠田節子著
軽い感じの推理小説。詐欺師を扱ったもの。いっきに読めてしまいますが、私てきにはそんなに面白くなかったかも。

  「なぜ勉強するのか」  鈴木光司著
勉強するのは問題を解けるようになるためでなく、ものごとの正しい見方、判断ができる力をつけること。いろんな分野の勉強を例に、本当はそこから何を学ぶべきなのかを説き、勉強することの本当の意味を伝えている。最初は「最後まで読めるかな」という興味の度合いで読み始めましたが、なるほど思わされる内容があり、結局はおもしろかったです。作者があの有名な「リング」の著者だとわかって、意外でした。

  「レイクサイド」  東野圭吾
この著者の作品は自分でも選んで読んでしまうタイプのものです。推理物はやはり読みやすいですね。

  「日本は世界で第何位?」 岡崎大五著
筆者は世界中を旅した世界事情のエキスパート。ランキングデータはもはや古くなっているかもしれませんが、各ランキングについての筆者の話がなかなか面白かったです。雑学集めにもいいかも。それにしても日本の食糧自給率の低さがかなり恐怖な数値でした。












脱獄王 

2008-10-19 20:00:10 | たまには読書
 
「脱獄王 白鳥由栄の証言」 斎藤 充功著 幻冬舎アウトロー文庫

網走刑務所のお土産売り場で、帰りの電車の時間潰しにと買った本です。「ここでしか売っていない」などと書かれていたのですが、それよりも文庫本でお値段がお手ごろなのと、荷物にならないサイズということで手にした本でした。それがなんと面白くて面白くて、行きは長くて苦しかった電車の旅がむしろ短いと感じたほど。自分の本を読み終えてしまったダニィの方が今度は退屈して、30分毎に私が本の話を伝えるということになりました。

この主人公の白鳥由栄は本のタイトルの如く人並み外れた脱獄の達人でした。そして絶対に不可能と言われた網走刑務所もこれまた人間業とは思えないやりかたで脱獄したのです。(網走刑務所から脱獄に成功した者は白鳥以外に他にいないとのこと。)確かに監獄博物館内で脱獄囚がいたという監房があって、ふ~んという感じであまりよく観察しなかったのが後になって本当に後悔。

さてこの本ですが、この白鳥由栄に関心を持った著者が、本人をなんとか探し出し、実際に本人の口からの証言をまとめたものです。白鳥が71歳で心筋梗塞で亡くなる少し前のことでした。

この脱獄王白鳥由栄は、青森刑務所、秋田刑務所、網走刑務所、札幌刑務所と4回の脱獄に成功しています。その方法というのが、まさに超人的なのです。ここでは私が訪ねた網走刑務所のケースだけご紹介します。後は本を読んでみてください。(網走まで行かなくても見つかると思いますよ。ネットの時代ですからね。)

網走に送られるまでに2度も脱獄をしている白鳥でしたから、網走では脱獄防止仕様の特別房に入れられ、24時間後ろ手に手錠、足枷には20kgの鎖玉つき、腰にも鎖がまかれる。手錠はナットの頭部は叩きつぶされ、鍵穴はなく切断しなければはずせないようされていました。手足が自由でないため、食事は犬のように口だけで食べるしかなく、入浴もできず、用便も垂れ流し状態。冬はマイナス30度にもなる厳寒の地で、夏の着物が一枚与えられただけ。手首と足首は手錠の摩擦で傷ができ、それが化膿してそこに蛆がわくほどになったとか。全く信じられない惨状。

白鳥には「人間が作ったものは、人間が壊せないわけがない」という信念がありました。食事のたびに味噌汁を口に含みナットにかけることで、味噌汁の塩分がナットを酸化させ、腐食させることで、ナットが少しずつ緩んでいく。長く根気のいるこの作業で(最初のナットをはずすまでに1ヶ月)、ついには手錠も腰の鎖も足枷もはずしてしまう。脱獄を防止するために特別に作られたこの特別房では、天井からも床からも逃げることはできないとわかった白鳥が唯一見つけた逃げ口は扉についている監視窓でした。監視窓には鉄格子がはめられているのですが、そこにも味噌汁をかけたり、揺さぶったりをし続けることで、3ヵ月後にはずすことに成功。その小さな監視窓から肩の関節をはずして抜け出し、天井の明り取りの窓を破って逃亡に成功したのでした。そのあと刑務所の壁を乗り越えることぐらいは白鳥にとっては簡単なことです。その鉄格子のはずされた監視窓を網走監獄で見ましたが、男性の体が抜けられるほど大きいようには見えず、まさに驚異的です。

白鳥が脱獄を計画した日、いつも親切に声をかけてくれる看守が当直にあたっていました。その看守に迷惑をかけてはならないと計画を一日延期したそうです。
このエピソードにもあるように、白鳥はとても義理堅い人であったと、関わった人々が口をそろえて証言しています。この本に紹介されているさまざまなエピソードの中に、白鳥由栄という人間そのものも明らかにされていきます。

もともと刑に服すことになった経緯はこのようでした。白鳥は幼少のころに両親を失い、親戚のところで豆腐屋を手伝っていました。やがて結婚し、娘も授かるのですが、出稼ぎで乗っていた蟹工船で賭博をおぼえ、それがもとでお金を手に入れるために仲間と土蔵あらしを始めるようになりました。ある時、土蔵あらしに入ったところの家人に見つかり、組み合っているところで誤って相手を刺し殺してしまう。共犯者の仲間が先に捕まり、それを知った白鳥は仲間だけに罪をかぶせることができず自首します。ところがその仲間が白鳥が主犯だと供述。どうやら警察も組んで、白鳥を主犯にしたてあげたらしい。裁判でも理不尽な判決を受ける。

罪を犯したのは確かですが、脱獄をしたのは自分の私欲のためではなく、刑務所での冷酷な扱い、看守達の横暴な態度を直訴するためでした。実際、人間らしく扱ってくれた刑務所では脱獄を試みていないどころか、模範囚にさえなるほどの態度で服役したわけです。

人間業をこえた脱獄と長い逃亡中の生活は実話とは思えない凄さがあります。親切にしてくれた人々への義理、刑務所に入ったことで別れることを決意した家族への思い、故郷青森への郷愁、そんな人間白鳥を表すエピソードに涙が浮かんでくることもしばしば。

まるで映画を見たようなそんな読後感でした。

免疫革命

2008-08-24 02:00:20 | たまには読書
うちの両親は、「いかに健康に気持ちよく生きるか」ということに関心があって、研究・実践をし続けています。そんなわけで母から最近届いた本がこれです。

 
「自分ですぐできる免疫革命」 安保徹著 大和書房

日本語に飢えているせいもありますが、内容もなかなか興味深くすぐに読みきってしまいました。

「病気になるのは体が悪いのではない。それまでの生き方の間違いが体に現れてきたということ。病気は自分の生き方の間違いを知らせてくれるもの」と主張する筆者が、怖い病気の代表であるガンの予防・治療を免疫力によって行うことをわかりやすく説明しています。それはガンだけでなく、全ての病に通じるということです。
その免疫力を高めるのは、日ごろの生活の仕方なのです。

筆者によれば、ガンの治療の中心である手術・放射線・抗がん剤は、ガンの治療に逆効果にもなる。つまりそれらの治療では、ガンを治すことが可能な免疫力を低下させてしまうことになるからです。そのような治療を行うよりも、生活を変えることによって、免疫力を高めることの方が結果として効果的だということです。
ガンだけではなく、病気になると何かと薬に頼りがちですが、それが免疫力を低めていく原因になっているのだそうです。

そしてその免疫力がうまく作用するためには、私たちが持つ交感神経と副交感神経の状態のバランスをコントロールすることが必要なのですが、ストレスの多い社会での暮らしているとそれが知らず知らずの内に崩れていくのですね。
ところで、私は今現在ストレスが無さ過ぎる生活に甘んじ、体を動かさない怠惰生活を送っているのですが、その場合は副交感神経が優位になりすぎて、それはそれで病気のもとなんだそうです。適当なストレスは人間必要なのですね。

ちょっと難しい専門的な説明もわかりやすい言葉で説明されていて、体がどういうしくみになっているのかを理解しながら、目標である免疫力を高める方法(10か条)を具体的に示してくれています。「なるほど」と思わされる内容満載です。

おもしろいと思ったのは、人間は最終的には死ぬようにできているのだから、その死の苦しみや恐怖を感じなくてすむためにボケていくのであって、それが自然の成り行きなのだそう。死は苦しいものと思っていますが、延命操作をしたり、不自然なことをすればするほど、苦しみのないはずの死が苦しくなるのだそうです。なるほどと思わされます。

人間の体はうまく出来ているという事ですね。不快を感じるということは、体が何かを教えてくれているということ。それをすぐに薬や治療で取り除こうとすると、体が送ってくれているメッセージがわからないまま、返って本当の解決から遠ざかってしまうのですね。心に留めておきましょう。