出来ない子のパターン

2010-08-02 10:55:55 | 日記

この欄では、度々「効率的な勉強の仕方」、言い換えれば、「どうしたら勉強が出来るようになるか」について書いています。

 「勉強が出来る」という、あまりにも直截的な表現に抵抗を感じないでもなく、そして、「だから何?」という気がしないではないですが、それはこの際横に置いています。

今日は、逆の視点から書いてみます。

 「勉強の出来ない子」を、主に環境面や行動面から見て、それを解決・解消することで今の状況から抜け出すことが可能になるのではないか?ということです。

 では、「勉強の出来ない子」の特徴を書き出します(他動性・学習障害などといった概念は除きます)。

 

甘やかされて育った子である。

親、或いは保護者が子供を叱れない、突き放せない。

 

 勉強ができない、それをする姿勢や態度を維持できないという子の大抵は、その度合いは別として、このパターンに当て嵌まります。

甘やかされているという事とイコールなのが、次のような行動パターンに繋がります。

 

いつでもどこでも自己流が通用すると勝手に決め付けている。

それを嗜める周囲の(主に)大人の言葉を素直に受け入れられない。だから反省しないし、出来ない。

嘘をつく。その場に居なかった人に向かって、誰々がああいったこうした等といった嘘を並べ立てて自分を正当化する。

行動にメリハリがない。勉強時間中に飲食する、ケータイ操作するなどの幼稚な行動をする。自らそれを反省し、改めることが出来ない。

 

 いかがでしょうか。

こうしてみてくると、「勉強が出来ない」のは、「勉強そのものをやっても出来ない」のでは必ずしもなく、それ以前の段階での行動にそもそもの原因があるのではないかと考えられます。

 そして、学習塾や学校という場、およびそれらの役割と重ね合わせて考えた場合、それらの原因をどうこうするのは、どう少なめに考えても、まず最初にそれをするべき立場にあるのは家庭であり親(保護者)であると思います。

 学習塾や学校に全くそれにタッチする義務がないなどとは言いませんが、それは最大限に考えても家庭と同列か、本来は後順位に位置するものであって、これらの機関の第一義的役割は、 「技術としての勉強(のしかた)を教える事」にあると言えます(学校は、それと並行して社会生活の訓練をする場でもあります)。

 上に挙げたパターンに嵌まり込んでいる子は、最初にその部分に手をつけなければ、周囲の大人が何をどう努力しても効果は限定的です。

 それをどうにかする努力をした人(親も本人も)だけが、その努力の度合いに応じて勉強の仕方を身につけることが出来、そしてその先にある成果を掴むことが出来ます。これを、私は長年の経験から断言できます。

 

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