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エル・スール ’83 スペイン・フランス

2012-05-30 | ドラマ
なんて美しいのだろう。
ひとつの場面が、まるで絵のようである。
たとえるなら、そう、フェルメールの窓辺の光。
ラ・トゥールの灯による陰影。
レンブラントの明暗。
闇から浮き出す人物などは、さながらサルトの肖像画のよう。
小物にいたっては、ボージャンの静物画にあたるだろうか。
撮影技術の素晴らしさ、美しさに息をのむ。
珠玉の作品のひとつといっていい。

落ち着いたテンポで物語は進行する。
成人した主人公が語り手となって、彼女が8才で、スペイン北部へと移り住んだ時点から、15才、父が亡くなり、その後、体を病んだことがきっかけとなり、養生のため、かねてから憧れていた南(エル・スール)へ向かうまでを描く。

大好きな父の秘密を知ってしまった少女。
以後、少女の父親への愛情が変わりつつあることに、彼女自身が気づくようになる。
知らない名前。
カフェで手紙を書いていた父。
なにか思い込んでいるようなまなざし。
誰にも話してはいけない、そう子ども心に察し、自身の胸にしまい込む。

7年後、成長した少女は、学校の昼休み、父からランチに誘われる。
めずらしいわね、と久し振りに父と娘。
テーブルをはさんで向かい合う。
父はいつものようにコニャックとコーヒー。
レストランの扉の向こうでは、披露宴が行われていた。
ちょうどダンスタイムなのか、音楽がもれてくる。
父は思い出したように、ほら、この曲、覚えているかい。
おまえと一緒に踊ったときの、あの曲だよ。
娘はちょっと考えてから、・・・ああ、初聖体拝受のときだっけ?

わたしも思い出したことがあるの、パパに聞きたかったことが。
なんだい、言ってごらん。
彼女は7年前に見たことを父に話した。
その女の人をパパは知ってるの?
いや、知らない。
無言で席を立つ父。

もう少し、一緒にいられないか?
席に戻るなり、娘を驚かす父親。
フランス語のクラスがあるのよ。
サボったっていいじゃないか。
本気で言ってるの?
じゃあね。
テーブルで娘を見送る父。
ゆっくりと手を上げる。
「じゃあ」
それが父との最後の会話であった。

あのとき、もうしばらく父と一緒にいてあげていれば・・・
それより、直接あんな話をしていなければ・・・
彼女も相当悩んだことだろう。
8才のときに目にした別人のような父。
母以外の女性の名前を見た少女にとって、少なからず戸惑いはあった。
父は、昔の恋人への想いを断ち切れずにいた。
人知れず苦悩してきたのだろう。
父親にとって、一番知られたくない者に知られてしまったことは、ひどくショックだったに違いない。
大人になって娘は、父の身勝手さをどう感じ取ったであろうか。