あぁ。きつい。見ちゃいけない映画を見ちゃった。『シザー・ハンズ』、『シザー・ハンズ』。言わずと知れた、ティム・バートンの出世作であり、ジョニー・デップの出世作でもあるんだけれど、いまさら言うのも憚られるけれども、この映画は面白くて、そして今の僕にとっては直視できない、見たくない映画の一つ。
ハサミの手を持つ奇妙な、というか仮面ライダーの怪人クラスで変な青年がある町で暮らしてゆくというプロットだけれど、ハサミの手って言うのが相手を傷つけてしまうって言うメターファーであることは今更僕が言わずとも誰にでも分かること。でもそれが今の僕には身につまされる。
もうティムのルサンチマン爆発な内容だ。ラストにしても。結局彼は愛する人を抱きしめることも出来ずに、生まれた?お城に戻らざるを得ない。製作当時は監督自身が世界とのかかわり方に答えが出せていないから、折り合いがついていないから、ハッピーエンドには決して出来なかったんだろうと思う。
そこが泣けるし、切なくなるし、直視が出来ない。彼に自分を重ねてしまう。そしてつらくなる。でもこの映画のいいところは他の同じようなテーマの作品と違うところ、説教に走らないところ。『エヴァ』の庵野監督の説教は、「分かってるよ!!」って返してしまいたくなる。社会心理学で言うならば、心理的リアクタンスっていうやつが出ちゃうんだけれども、ティムは全うに、格好つけずに、出来なくても受け入れてくれる、というか許容してくれるやさしさが、僕みたいな駄目人間には堪える。
いろんな意味で泣ける映画だけれども、最近の監督の作品はどうもそういった部分が少なくなってきてる。『シザー・ハンズ』とか『オイスター・ボーイ』にあったような絶望感が無く、ある種の希望がある。きっと本人はもうその問題を片付けたんだろう。
藤子A先生の『魔太郎がくる!!』や『シャドウ商会変奇郎』、果ては『まんが道』まで永遠と、脈々と息づいていたルサンチマンのマグマが『愛知りそめし頃に』ですっかりなくなっていたかのような感覚だ。
創作にルサンチマンは欠かせないったら、欠かせないってば。