NOTEBOOK

なにも ほしがならなぁい なにも きたいしなぁい

You talkin' to me?

2011-06-21 | 授業
表紙に惹かれて「CUT」最新号を買ったけど、やっぱり「映画秘宝」のほうが好きです。同じく70年代ヴァイオレンスの日本代表菅原文太が表紙だし。「映画秘宝」の表紙の格好良さって泥臭くて良いなぁ。それが例え女の子であっても泥臭い。




モテキ




と思えば、アマゾンから発売日前にBD版『タクシードライバー』が届いてた。本当にゲーム以外は早いです。パッケージには「名セリフ着ボイスプレゼントのシールが。『タクシードライバー』を観た男なら誰もが真似するであろう鏡に向かって「You talkin to me?」という例の狂気の沙汰が着ボイス。正直そんな着ボイスの人は怖すぎます。

念願の日本語吹き替えが誰なんだと思ってたけど…キャストを見る限り新録版っぽい。数年前年末にテレビ東京で放送されていた旧録版じゃない!『セブン』のBD版は3種類の日本語吹き替え版が入っているのに…あれは例外か。やっぱり吹き替え版は最近のものよりもテレビ放送時の俳優系声優さんたちの吹き替えに勝るものは無いんですよ。。。

確かにテレビ放送の時間尺にあわせて収録しているので、当時は、旧バージョンを使うと部分的に日本語が欠損してしまう良く古い海外ドラマの日本語吹き替え版にあるパターンに陥るから避けるのかもしれないけど、やっぱり古いほうが良いよ。。ショック

おひさま

2011-06-20 | 授業
満島ひかり目当てで、単純にそれだけで『おひさま』を録画してきたものの、まったく観ていなかったのですが、何故か家庭内で『おひさま』ブームが途中から発生したため録り貯めたものをBDに焼いて観ることに。



連続テレビ小説「おひさま」(NHKオンライン)
モテキ

陽子の”陽”は太陽の”陽”です!


面白いじゃないすか、「おひさま」!戦前、戦中ものなのに長野という設定のためか比較的戦争や空襲とは遠いところに位置しており、比較的戦争の悲惨さは直接的に描かれず(逃げているという批判はありそうだけど、これで良いんじゃないかと)、けれども出兵による離別など間接的な戦争が描かれ、そこに親子愛や恋愛が丁寧に描かれているのが好印象だす。満島さん演じる育子ってまんま結構満島さんのフィルモグラフィ通りのキャラクター。あけすけで、率直で失礼な物言いをしてしまうといういつものやつです。今作では東京で出版の仕事を目指したものの、思い描いた仕事には就けず露天で手紙の代筆を行い細々と生計を立てているよう。今週どうなってしまうのか!というか生きているみたいだけど。

それにしても。編集していて毎度思うのですが、朝の回の後に放送されている「あさイチ」の冒頭が録画の関係上チラっと録画されているので、冒頭で皆床に置かれていると思われるモニタで「おひさま」を観ているっぽいのが面白い。特に先週水曜日、第63回「戦火の恋文」、兄春樹から眞知子宛ての恋文兼遺言(春樹と眞知子って『君の名は』なのね)を預かってしまった陽子の苦悩する表情で終わるのですが、直後の「あさイチ」冒頭のイノッチの表情がすご過ぎます。リアルタイム性というか連帯感というか、BSが放送時間としては一番早く、画質もフルHDですが、総合の朝8時こそが本当の放送時間だと感じさせます。


フジテレビの木曜10時の新ドラマ、「それでも、生きていく」にヒロインとして主演するとのことで、番宣番組をすべて録画してやる!とか思ってたのに既に先週の木曜日に「笑っていいとも!」の「テレフォンショッキング」出てた。。。と、後悔の念を吐露っていたら妹様が「来週の「スタジオパーク」に出るよ」と。


「スタジオパークからこんにちは」(NHKオンライン)


ということで、録画、録画。さすがに生放送じゃないんですね。

ソーシャルネットワーク

2011-06-19 | 授業
「マーク・ザッカーバーグがとても嫌なやつに見える」とか「マーク・ザッカーバーグが公開前に多額の寄付をして、イメージダウンの阻止を図った」みたいな話があったけど、映画を観るとぜんぜんそんな風には感じなかったです。



『ソーシャルネットワーク』(公式)
リトルランボーズ



バーのトイレで童貞を喪失したあとの茫然自失の恍惚の表情とかを見てもザッカーバーグが”何を考えているか分からないモンスター”には決して見えない。最後まで元カノ、エリカに執着してしまうザッカーバーグはやっぱり普通の人間じゃん。



ザッカーバーグよりもむしろ彼を訴えたウィンクルボス兄弟や元親友のエドゥルアルドたちの方がイメージダウンしていそう。単純に校内の出会い系サイトを作りたかっただけのウィンクルボス兄弟も、共同設立者であるにもかかわらずフェイスブックのステータスの更新の仕方すら分からなかったエドゥルアルドもどちらもフェイスブックの誕生にクリエイティブにはまったく関わってない。それはナップ・スターの創業者でもあったショーン・パーカーもそう。フェイスブックに本気じゃなかった人は皆フェードアウトしちゃってる。

そして一方でザッカーバーグは旧体制の支配層を駆逐するある種のヒーローでもある。冒頭のエリカとの別れのシーン。確かにザッカーバーグは性格が最悪というか、合理的で率直過ぎるけれど、酷いことを言われたエリカは「家柄も悪い、田舎もの!」とザッカーバーグをなじる。ウィンクルボス兄弟は典型的なWASPのエスタブリッシュメントで、有力学生クラブ所属の金持ちの家系。イケメンでボートのオリンピック候補だけど、無知で自分たちでは何も出来ない能力の無いマヌケとして描かれている。親友のエドゥルアルドも金持ち。

それに対してザッカーバーグは格好の悪いナードでギーク。家柄も良くなければお金も無い。けれどプログラミングの能力や知識、合理的な思考というものは持っている。当初、成功者になるために必要と考え、入会を希望していた学生クラブ(エスタブリッシュメントの人脈作りの組織)にも入ることは適わなかった。そこでザッカーバーグはザ・フェイスブックづくりに没頭する。才能も情熱も持ち合わせていない、クリエイティブのかけらも持たない馬鹿エスタブリッシュメントの象徴のようなインナーサークルをあざ笑うように、ザ・フェイスブックは全米、全世界に拡大する。

そういったザッカーバーグの反撃にエスタブリッシュメント層のウィンクルボス兄弟(そしてインド人)やエドゥルアルドが出来たことは権力や法に泣きつくことだった。はじめにハーバードの学長に泣きついたウィンクルボス兄弟は学長に無碍無くあしらわれ、「別のプロジェクトを考えろ」と言われたにもかかわらず、結局は法に泣きつく。エドゥルアルドも自分の能力不足を棚に上げ、人脈を持つショーンに嫉妬し、子供っぽい嫌がらせをした挙句、結局新しいクリエイティブを成すことも無く、非建設的にも法にすがりつくこと以外に選択肢を持たない。





ザッカーバーグは決して裏切り者でも悪人でもない。冷徹な理想主義者というだけ。ウィンクルボスの提案は単純な出会い系作り(少なくともこの映画を見る限りは)でしかなく、CFOと称したエドゥルアルドは金を出しただけ(少なくともこの映画を見る限りは)。彼らはコードの1行すら書くことは出来なかったし、何らのアイデアも持ち合わせてはいなかったし。でもザッカーバーグは自分がクールだと思う目標に突き進む。またザッカーバーグはショーンによるフェイスブックからのエドゥルアルドの追放に「やりすぎだ」と抗議の意思も示す人間らしさも持ち合わせている。


成功を夢見て、プロジェクトに情熱をひたすら傾けてきたけれど、結局まわりは足を引っ張る無知者や嫉妬深い親友、ティーン好きのジャンキーしかいなかった。自分の理想を実現するために親友もいなくなっちゃった。これ、どっかで観たことある!そうだ、これはマイケル・コルレオーネであり、トニー・モンタナであり、本郷猛であり、ピーター・パーカーであり、ブルース・ウェインが感じたそれなんだ!つまりはザッカーバーグも彼らと同じヒーローなんだよ!規制の腐った慣習をぶっちぎる感じの。やっぱり『ソーシャルネットワーク』のザッカーバーグは共産主義革命を試みた『ファイトクラブ』のタイラーであり、ヒーローなんだよ。

その街のこども

2011-06-18 | 授業
中盤、先輩役の津田寛治さんの「100年に一度なんだから」という台詞を今の時代に聞くと100年に一度って明日かもしれないのにとか今は思ってしまうのです。


『その街のこども』(映画公式)
モテキ


抜群のスタイルの後姿に目をとられた青年。声をかけたら、どうにも引っかかり、ともすれば一発やれちゃうんじゃないかとそういう性愛から発端となった二人の関係が徐々に被災の記憶につながっていって…



卑屈さや鬱憤を鬱屈させた青年を演じさせたら右に出るものの無い森山未來くんがすごいのは『モテキ』を観たので百も承知でしたが、震災時の非人道的な経済活動を擁護するような青年の投げやりな言葉に心底からの軽蔑を隠さない視線や、自分よりも良い子だった親友の死への負い目のようなものから少しだけ開放されたときの無様な泣き顔、そして未だに心の整理がつけずに犠牲者への祈りの集いに参加することが出来なかった青年への愛あふれる抱擁と、何だこれは!というほどに佐藤江梨子さんが素晴らしいんだな。

前半の余所余所しさ、緊張感からの雪解けといった話の流れのほかに、青年と女性の関係性の逆転という構造もあったりと観ていて飽きさせない脚本も惹かれました。自分語りのシーンとかで少し演劇的な臭い台詞もあったけど。演出は少し変わっていて、ドラマ的かと思えば、ドキュメンタリーのようであり、共に被災経験を持つ森山未來くんとサトエリが語る被災当時の話は脚本のようでありながら、でもそこに本人たちの実体験の一部でも投影されているような生々しさがあって新鮮でした。実際、どうなんだろう。

劇中二人が担いでいる荷物って震災で理不尽にも背負わされた重荷のメタファーなんだっと観終わってから理解できました。インジャンで荷物を互いに持ちつつ震災の思い出話をする二人。途中、御影の祖母の家に自分の荷物を置いてきた女性はその後心の重石になっていた亡くなった親友の父親と会う決心ができ、少しは重荷から開放されたけど、15年経っても気持ちの整理が付けられない青年は女性とは対照的に自分の荷物をどこにも下ろすことができない。だから慰霊祭に参加出来なかった。なんてスマートなんだこの演出。いや、分かり易いのか。



そしてラストのシーン。おそらくは実際の祈念の集いにカメラを入れているんだろうけど、実際の被災者であるサトエリが演じる意味というか、じゃ無いとあそこに居ちゃいけないからなのかもと思えました。ラスト10分辺りの切なさはちょっと久しぶりの続々来ました。サトエリ素晴らしすぎる。あと二人の衣装にこめられた二人の経済的な立ち居地の違いとかも。下手に男女の恋愛に落とす馬鹿なことしないのは賢明だす。愛には情愛や性愛以外の愛だってあるんだよ!馬鹿野郎!

グラスホッパーマニュファクチュア謹製ヱヴァ!?

2011-06-15 | 授業
ぼくはヱヴァとヱヴァゲーが死ぬほど楽しみな部類の人間!


今週のきつね(■■速報@保管庫(wiki)■■)
▽PSP『ヱヴァンゲリヲン新劇場版サウンドインパクト』
・グラスホッパー・マニファクチュアによる音ゲー
・劇場版の名シーン多数収録
・山岡晃氏によるサウンドトラックのリミックス
・6タイプの音ゲーム
・バンナム「EVAとは別件で須田の会社にいったときEVAゲーの企画をお願いした」
須田「即答で食いついた」
「PS時代にカリスマと呼ばれた飯田が帰ってきた
「彼のキャリアの中で最高の作品になる
「バンナムと協力してこのシリーズを第3の音げーとしてがんがん出していく」

(上記リンク先より一部引用)


飯田和敏さんや山岡晃さんが昨年グラスホッパーに入社ということで話題になっていたけど、まさか『ヱヴァンゲリヲン』のゲーム化をするためだったのは!そしてグラスホッパーマニュファクチュア開発ということは、ニンテンドー64版からバンダイナムコ製エヴァゲームを作り続けていた旧ベックことBBスタジオはノータッチ、もちろん芝村裕吏さんもノータッチ!

バンナムからヱヴァゲーが出るのは大変に嬉しいことなんだけども、テレビ版、劇場版を経てPS2用ゲームソフト『新世紀エヴァンゲリオン2(EVANGELIONS)』の衝撃を受け、新劇場版『ヱヴァンゲリヲン』が望まれた『新世紀エヴァンゲリオン3』だと信じて疑わない頭のおかしい人間からすると、PS3やXbox360などのHD機でテレビ版、劇場版、新劇場版を網羅したワールドシミュレーターがプレイしたいよ!



とりあえず明日発売のファミ通と電撃プレイステーションを買いに行かなければ成らないのか。でもグラスホッパーも飯田さんも芝村さん以上に雰囲気ゲーの会社や人で前科はたんと…バンナム×グラスホッパーだとオトゲー的なアクションの『サムライチャンプルー』なんてものが。。。。