風に吹かれて行こう

お米の便りを、写真でもっとわかりやすく!

こんな中身でした

2024-02-13 | 日記

 あきたこまちRに思うこと

 あきたこまちRへの「全面切り替え」が来年に迫った。唐突と感じられた発表から約1年、賛否両論さまざまな意見が交わされてきたが、完全実施に向かって計画は進んでいるようだ。

 議論は当初から水掛け論。この品種を長く食べ続けることで何かが起きるのか起きないのかは、誰にも分からない。それなのに、切り替えに反対の立場から「安全か分からないから心配」と言えば、推進する人たちからは「不安をあおっている」と評される。しかし私は、より安全なコメを作るには切り替えが望ましい、という県側の考えにこそ根拠がなく、疑問を感じる。

 それはともかく、昨年7月20日から1カ月間で「県議会への意見」の「『あきたこまちR』への全量転換」というテーマに5800件を超える声が届いた。私が見る限り、そのほとんどが反対であった。その中には全面切り替えなら食べることを控える、というような記述も多かった。

 買う人が少なくなったら、それは単純に値下がりにつながるのではないか。廃業する農家の激増で、食糧生産の危機がいよいよ顕在化してきたこの時期、こうした事態が現実となったら、その影響は計り知れないだろう。それは、賛成・反対・無関心のいかんにかかわらず、すべての農家にかぶさるだろうし、関連するさまざまな方面に波及していくことだろう。推進する側が、このことをどれほど真剣に考えているのか、極めて不安である。

 県では、農業団体からの強い要望で、と言っている。こうした不安に、農業団体自体がどのような見解を持っているのか、ぜひとも聞きたいものである。

 生産者としては、米どころ秋田のおいしいお米を楽しみに本県を訪れる人たちに自信を持って県産米を提供したい。そして何よりも秋田県民にとって、よき道を探しつつ、これまでのあきたこまちも、選択肢の一つであり続けてほしいものである。

 

 県内外から県議会にいただいたたくさんの声は、残念なことに県議会では重く受け止められませんでした。ですが今回の投稿で、その数の多さを書いて、それが県内読者の方々にあらためて知ってもらえたのは、とてもうれしいことでした。

 掲載してくれた県内紙は、秋田さきがけ新報です。読者の声欄には、時々、県外の方の投稿も載ることがあるんです。今年は、あきたこまちが誕生してから40年! どうりで自分も歳を取るわけです(苦笑)。それはさておき、あきたこまちに関してほっこりするような思い出のある方は、投稿したなら掲載されることがあるかもしれませんよ。いかがですか?

 昨日の朝は冷え込みました。

 今日はこの時期としては異例の温かさです。ですが、来週明けまで、さらに2回くらい季節外れの暖かさの日が来るようです。


窮地に一生 続き

2024-02-12 | 日記

 たとえ、夢の中での出来事だったにせよ、それは大変な窮地でした。一夜漬けのつもりがつい眠ってしまって、当日の試験で赤点、なんてこととは格段の違いです。いや、高校生にとっては試験もかなり大事なことでしょうから、決して軽く考えてはいけないのでしょうが、それによって、社会的に終わってしまったというようなほどではないと思うのです。

 ハプニングに遭遇した時、誰かに、「いやー、びっくりした。トイレだと思っていったら、洗濯物が干してあるんだから」などと言えていたら、事態はほんのわずか違った展開になったかもしれません。でも、そんな時に、機転を利かせることは、誰にもできることではありません。

 

 くどくどと、話を続けてしまいました。何となく言いたかったのは、人は誰からも、何かしらの非難されずに生き抜くことはできないのではないかということです。自らの意思で悪事に手を染める人や場合もあることでしょうが、そうしたつもりが全くなくとも、何の因果か結果的に窮地に陥ってしまうこともあると思うのです。

 

 松本清張氏の小説はあまり読んだことがありませんが、時々テレビドラマ化されたものを見る機会があります。戦争というものに翻弄され、運命が変えられてしまう中で、図らずも事件を起こしたり、人を殺めてしまったりというようなストーリーがあって、なんともやりきれないような感じを抱いてしまう作品が多い気がします。氏の小説も持ち出すまでもなく、一般の人々の日常にだって、自分がその人だったらやっぱり同じことをしてしまっただろうなーなんて思うこともあるのではないでしょうか。因と縁、良いことであれ、悪いことであれ、まさに因縁というべきものでしょう。

 弁解できないような夢を見たことで、こんなことを書いてしまいました。それにしても、夢で良かった(苦笑)。最悪の結果につながる前に、目が覚めて良かった…。どうして、夢の中でさえ、困っていることが多いんだろうなー。ゲラゲラとまではいかなくとも、たまには笑っているような夢を見たいものです。


2月の便りを 後半です

2024-02-11 | お米の便り

  このネットでの販売部分が、先月は例年の1月に比べてはるかに多く、どうしたことかなと思っているところです。この傾向が2月も続くのかどうか何とも言えませんが、確かなことは、2月に入った段階で、在庫の不特定部分が窮屈になってきたということ。定期的にお届けしているみなさまや、不定期でも一定のペースで購入くださっているみなさまの分は、最後まで無くさないようにいたしますが、いずれにしても、お米に限らず何かしらの注意が必要な時期となっているのかもしれません。

 今後も、お米の在庫については、何かあり次第お伝えするようにしますので、気にしていただければ幸いに思います。今後はオリコメの最初に書くようにします(苦笑)。まぁ、こんな先走ったことを書くと、案外予想は外れたりするものでして。2月は冬枯れ、とはよく言われた言葉です。

 それにしても備蓄って、なかなか大変ですよね。あれもこれもとなると、買い揃えるにも出費大。そして、ストック分を保管しておく場所もそれなりに必要となってきます。あっ、アルコールの備蓄はちっとも良くありませんよ。だって、あると思えばついつい飲みすぎてしまって、いったい何のための「備蓄」なのか、説明するにも呂律が回りません。アンタの心配はそこかっ!

 日用品プラス水。そして砂糖と塩。秋田県南部は何かと砂糖を多く使う地域なので、砂糖は大事です。だって、甘い赤飯の方が圧倒的に好まれるような所ですから。備蓄は面倒だったり大変だったりするのですが、でも今まで以上に意識しなければならないような時代の中を生きているのではないか、そんな気がしてなりません。

 とはいえ、頭の中がそんなことだらけなのも、精神衛生上よろしくありませんね。ささやかであっても、日々の暮らしを楽しむことも大事でありましょう。自分でも、少しはメリハリをつけた暮らしをしたいと思っているところです。今日は一合、明日は二合、ってな具合で。 あのぅ、「メリハリ」って、そんなもんじゃないと思うんですけどー。

 

 先月は雪下ろしをせずに済みました。2月に入ると、降る日もありますが、照る日も多くなりだして、丸一日ではなくとも、青空の広がる時間が増えてきます。甘い思い込みは禁物ですが、この冬は雪下ろしをせずに終わるかもしれません。あるとしても一回。

 降る雪は、風の吹きようが真冬とは少し違ってきているせいでしょうか、一直線に地上に到達するわけではなく、人の目の高さぐらいのところで舞うようになります。その時に降る雪が少ないと、その様子は、ホタルが飛び交っているようにさえ思えてきます。晴れた日には融けた雪が雨だれとなって、軒がある家では、落ちる音が何とも心地良く聞こえます。あはは、すべて「あくまでも個人の感想です」けど。

 3月であれば、そうしたことが頻繁ですが、2月中は時々です。だから、2月は 3月のこどもなんです。目をつむっても、耳を軽くふさいで みても、北国の2月はそれが感じられます。

 

 上から降らない日は、てれびより散歩。2月もどうぞお元気で! …照れ日和?


2月の便りを 前半

2024-02-11 | お米の便り

 2月1日、昨日の日中にどうにか持った天気は、夜になって雨に変わりました。立春がすぐそことはいえ、まだ1月中のことです。その雨は比較的強く、今朝まで続きました。今日は昨日までとは違って、気温が低め。降るのは雪になっています。

 昨夜のローカル放送の天気委予報では、1月の降雪量が、平年の40~70%と報じられていました。これは当地に限ったことではなく、北海道を除く日本海側の多くの地点でそうだったようです。中には40%以下というようなところもあったようで、この冬雪が少ないことは、秋田県だけのことでないことがわかりました。雪が少ない理由はやはり、暖かいということでしょう。併せて報じられた気温の様子でも、特に東北では、平年比プラス2度の地点が数多くありました。

 昨年夏の酷暑も、平年より2度くらい高めだったと記憶していますが、同じ2度でも受ける感じはちがうものですねー。夏はもう身の置き所がないくらい暑さを感じたものでしたが、現在は2度の違いをそれほど強くは意識してないのです。ただ雪が少ないことだけが、そのことを如実に物語っているかのようです。あまり耳にしたくないような事実ですが、夏に比べて冬に亡くなる人の方がずいぶん多いのだそうですね。やっぱり寒さは暑さ以上に身体にこたえます。暖房器具があればこそ、どうにか寒さをしのいでいられますが、そうした物の用意が無い、あるいは不十分だったりした時の寒さと言ったら、もう大変なものです。まぁ、こんなことはあえて書かなくとも、どなたにとっても明らかな ことだと思います。さんびさんびぃ、たとえ2度暖かくとも、冬の夜はやっぱり鍋ですね。

 あらら,どうでも良いようなことで、またスペースをずいぶん埋めてしまいました。立春の油断が、思いがけない字句を招く。そんな標語があったかどうか…。絶対に無いっ!

 月日は「光の春」とも言われる2月です。朝の日の出はまだそれほどではないですが、日の暮れるのが遅くなってきたことを実感する今日この頃です。時折青空になった時の日差しも、だいぶ強くなりました。洗濯物が乾きだすようになるのも、助かることのひとつです。  

 

 ところで、ここから少し大事なことを書くのですが、ここまで読んでもらえてたら良いなー。1月のお米の動きは、いつもと少し違っていました。

 和賀屋では、収穫したお米の3割くらいは、秋のうちにJA等に販売してしまいます。残りの7割弱を、1年かけてみなさまに購入していただいているのですが、その中の一部は、ネットでの販売をしています。この部分は弾力性を持った部分でして、なくなり次第販売終了という形です。


窮地に一生

2024-02-11 | 日記

 イやな夢で目が覚めました。まさに窮地に陥ってしまったのでした。悪意を持った誰かに嵌められたのではありません。ただ単に過ぎた日常のひとコマの中に、その始まりがあったのでした。

 

 こんなふうに書いても、何のことやら、意味不明ですよね。簡単にその内容を書いてみますので、時間の許す方はどうぞ読んでみてください。

 古い学校の中にいて、夢の中ではいちおう自分は高校生のようでしたが、意識は現在の年齢に近かったようです。

 お昼休みの時間にトイレに行こうとしていたのでした。ちょっと広くなった廊下の両側に男性用のトイレがあって、それは廊下から丸見えというか、良く言えば?オープンなスペースでした(この時点で、用を足すのが少しためらわれます)。右側の方はちょっと混んでいて、それより古い左側の方は人がいません。でも、普段利用する人がいないのかなと思うような感じの雰囲気でした(何となくボイラー室を思わせるような感じ。想像できるでしょうか)。そっちに行こうかと、そのトイレに向かって数歩進んだら、何かに触れたようで、あるものが落ちました(触れる前に気づかなかったんかい?)。そのツッコミに対して言い訳をするなら、肝心のその場所の前に、肩ぐらいの高さにビニールのようなものが張られていたため、ちょっとかがみながら進んだので気づかなかったというわけです。それと、男子用の昔のトイレは、作りが簡単で、ただ壁に向かって用を足すもので、仕切りなんてありませんでした。何人かが並んで用を足せるような形状だったのです。いきおい、端っこの方に向かいたくなります。

 話がそれましたが、でも、自分にとって大事なのは、そういった状況だから気づけなかったということ。そして、この学校そのものが、通っている学校ではなく、その時始めて入ったという状況でした。まぁ、こんな伏線がありました。

 

 問題はそれなんです(「それ」って何なのか、あまりにくどくて、ついていけないぞ)。触れたというか知らずにぶつかったのは、洗濯物を干すハンガーでした。そして落ちたのは…。ここまで書いたら、何となくピンと来てもらえるんじゃないかと思いますが。

 具体的な名前を出さずに続けますと、あれっ、しまった。ここはそんな場所だったのかと思いました。でも、この場所も廊下からは丸見え。落ちたものを慌てて拾って掛け直したりしているところを誰かに見られたら、それこそ大変です。たとえ一回ですんなりできたとしても、たまたま通った人が見たら、おいっ、何してるんだということになることでしょう。あわててうまくかけられずにもたもたしていたら、当方との思いとは裏腹に、事態はさらに深刻になります。なので、あっと思ったと同時にその場所から離れました。その時、幸いにも?近くには誰もいませんでした。

 いったんそこから離れて、少し時間をおいてから今度は右側のトイレで用を足しました。教室に戻るとき、遠くから「誰か**(左側のトイレのこと)に入った人を見た人はいないか?」というような声を聞いた気がしました。その時はまだ、その言葉に深い意味があったことに気づきませんでした。

 

 こんなアクシデントがあったので、5時間目の授業は教室に行くのが遅れました。どう弁解したら良いんだろうと思いながら、教室に向かいました。5時間目は現国だったか、体育と書道の専攻だったかどっちだったろうと思いながら行ったら、教室ではクラスの3分の1くらいの生徒が、真剣に書道の時間を過ごしているところでした。そんな場に入っていったのですから、先生に強く批難され、早く出ていけと言われました。そのため急いで自分の机から柔道着を持って、体育館に向かいました。

 両側にトイレのあった場所。その場所をまっすぐ進むとすぐに、体育館があります。なんてツイてないんだ。体育の先生にもこっぴどく言われるだろうなと、うなだれながら進んだのです。

 その時今度は、はっきりとした声がそれほど遠くもない背後から聞こえてきたのです。

 「おい、**(これはたまたまその場にいた誰かの名前)。お昼休み頃、**(左側のトイレ)に入ったヤツを見なかったか?」

 

 あー、終わったーと思いました。もう弁解の余地は無い。というか、誰だって、事の経緯を信じてはくれないだろうと思ったのです。今、夢の中身を知らせるのにだって、こんなにも字数を使ってますしね(苦笑)。こんな説明がスムーズにできるはずなんかありません。たとえしたところで、やっぱり信じてもらえないだろうと思うのです。

 

 「そういえば、トイレに来たところを見たけど、キョロキョロしてて、実際にはトイレに行かなかったみたいだったし」とか、たまたま持っていた資料を入れた紙袋のことも、「紙袋なんか持っててさ。盗んだ洗濯物をあれに入れようとしてたんじゃないかな」なんてコメントされたら、もう助かる見込みはありません。

 「あのまじめな人がねー。時々してたのかしら?」とか、「いや、魔が差したんだろう」とかそんないくつかのコメントで外堀が埋まったら、あはは、昨日書いたことではないですけど「社会に出てないのに」が現実になってしまいます。人の目が怖くて、外に出られなくなってしまうことでしょう。汚名返上なんてことは、もう不可能に近いことだと思います。そんなことを思って、もう終わったかなと途方に暮れだしたとき、目が覚めたのでした。

 

 あー、本当に長くなってしまいました。最後まで読んでくれた人がいるのかどうかわかりませんが、「窮地に一生」の前半?(笑)は、これで終わりです。いちおう、書きますと、原題は「九死に一生」です(苦笑)。