風に吹かれて行こう

お米の便りを、写真でもっとわかりやすく!

そんけでえぇんだすか?

2024-03-26 | 農家 農村

 育苗箱にイネの種をまいたら、約2日間、育苗器というのに入れます。器とはいうものの、2坪くらいの温室設備です。ビニールハウスに運び込む前に、発芽を揃えるために入れます。

 この設備に使われる保温資材は、防湿タイプの厚い資材で、言ってみれば、デコレーションケーキにかぶせる蓋のような形状となっていて、各角の部分がファスナーで開け閉めできます。この設備一式は、思いのほか高価です。農業機械や設備は大量生産しない分、ほとんどのものが思ってる以上に高価です。

 

 昨年、これを使用しているときに、ファスナーをかませてしまい、開け閉めができなくなった箇所がありました。閉まった状態ならまだしも、半分開いた箇所でできなくなったのですから、とても困りました。せっかく温めた内部の空気が逃げ出して、保温効果が落ちるし、発芽ムラが起きるからです。それでも、どうにか使って、この冬。どうにかすることになりました。

 

 あはは、やっぱり長くなりますね。短文のやり取りに慣れた方なら、まどろっこしくて読むのをやめてしまうことでしょう。いや、ここまでさえ、読んでいないと思います(笑)。

 

 余計なことは書かずに続けます。それが余計だ!

 製造メーカーに修理してもらえるか聞いてみたら、受け付けますよと言ってもらえました。通常、メーカーでは個人のユーザーとは直接のやり取りをしません。購入店を通じての対応です。それは仕方ないとして、物のがさが大きいだけに、往復の送料だけでもそれなりの値段となりそうだし、何より修理代そのものも決して安くはないだろうと思いました。でも新品はさらに多くの出費が予想されます。購入店に話してみたら、隣市のテント屋さんに行ってみろとのこと。やってくれるかもしれないということでした。それで、かすかな希望をもって行ってみたら、やりますよとの返事。よかったーと思いました。

 

 その修理が完了したとの連絡をもらったのが、今日のこと。あのぅ、修理代はどれくらいでしょうかと聞いたら、「特殊な大きいファスナーを一本交換したので、4,500円プラス消費税です」という答え。思わず、そんけでえぇんスか?と聞いてしまいました。

 保温資材一式を新品で購入したら、間違いなく10万は超えるのではないかと思います。それが、5,000円くらいで済んだ。何とありがたい。手間代にもならなかったのではと、余計なことまで思ってしまいました。

 明日引き取りに行く時は、菓子箱のひとつでも。そんな気さえしたことでした。気は心。そうしよう。トラクター、田植え機、コンバインその他いろいろ。機械の整備代は本当に大きなものです。そうであっても、やはり専門家でなければ直すことができないのです。そして今、メーカーさんの営業所ではなく、個人で購入後のアフターケアをやってくれていた地域の農機具屋さんが、どんどん、廃業しています。ご自身の高齢化ということが直接の原因ですが、それだけが主因ではないことは言うまでもありません。義理と人情、そして修理代を安くもしてくれる、農家にとっては、いてもらわなければ困る、とても大事な人たちであるのですが…。

 


荒れる貼る場所

2024-03-24 | 農家 農村

 季節の歩みに弾みがついた今日、好天とともに気温もそれなりに上がりました。風もそんなに吹かなかったので、穏やかな日和でした。

 午前中の総会は、思いがけず、ちょっと荒れました。まぁ、荒れたというより、盛り上がったと書いた方が深刻でなくて良いですね。もしかしたらと想像していた「アクセント」が、予想を少しばかり超えてしまいまして、うわぁ、「荒れる春場所」とはこのことかと、思ったことでした。

 

 紹介したい気もするのですが、書けば長くなるし、ある意味どうでもよい話なのですから、今日は書かずに少しずつ寝る始末です。あっ、しまつというのを準備という意味で使ったのですが、これは方言でしょうか? 始末という言葉に準備という意味があるのかどうかは、わかりません。つべこべ言ってないで検索してみろ。スマホはないっ。いつものように、一人二役やってます。

 

 そんなわけで、今日は荒れる貼る場所。湿布(の成分)に負けて、貼ったところが赤くなったりかゆくなったりする場合がありますもんね。誰かにそれを知らせるタイミングで、こんな言葉はいかがでしょう? でも春場所も今日が千秋楽でしたから、この言葉をハッスルタイミングは来年の3月、ということになるでしょうか? 

 却下!もしくは、スルー。

 

 総会の時に、強い言葉を聞いて思ったのは、そんなに厳密さを求めなくともなーということ。収支決算なんて、そんなのを書くことにあまりなれていない人もいると思うし、むしろ、そういう人が大半でしょう、書き方に不十分に思える箇所があったら質問すればよいだけの話。「こんなふうに書かなければダメ」みたいなことをあえて言わなくとも、良いじゃない。そんなことを感じました。

 あっ、そんなこと言っていながら、自分もブログで書いてる? 書いてるかも…。

 自分のことは気づかないものです(苦笑)。笑ってごまかすなー。

 さー、あぽんさ入って寝るべー。あぽんは、風呂という意味の幼児語。数十年前は良く使いましたねー。でも造語だったのかもしれません。ちなみに、飲み水のことは、「あこ」と言うこともありました。お年寄りが孫にそんな言葉を使うと、「水」と言ってくださいという若い人もいたとか。そんなの、大きくなれば自然と使わなくなるのに、ゆるせないんだろうなーと思ったことでした。きびしくこだわるよりも、一瞬の時どきを、大事にしたいなーと思ったものでした。

 でもきっと、その若い人にも、言いたくなるような何らかの事情があったということなのでしょう。人は誰だって、関係性の中で生きているのですもんね。

 

 


総会は順調に終わりそうかい?

2024-03-24 | 農家 農村

 3月も残るところ一週間ほどとなりました。今日は集落の総会の日です。集落の会館に集まって、さまざまな係の会計報告やら引継ぎやらを行います。

 集落の正副会長。会館の管理人。ごみ集積所の管理人。農協関係、土地改良区、農業共済、健康推進員、福祉委員、赤十字、交通安全協会、転作推進員、あとまだ2,3あったかな。そんなようなたくさんの係がありまして、でもこの集落では、すべての係が1年か2年で交代ということにしています。まぁ、不平等なくということです。それでも、家族構成や離農(委託)というような事情で、係は難しいかなと思われる場合は、そのお宅を飛び越えて順番が動いていきます。

 

 だからゆるいといえばゆるい、そんな中身なんです。何より、「お互いさま」なんですから、そんなにムズカシイ話も出ません。とはいうものの、地域にはたいてい気難しいというか、ちょっと?と思われているような人もいるわけで、そこが総会の中で、ちょっとしたアクセントというか、そんな感じで終わります。

 

 田舎は面倒くさい。付き合いが濃厚…。などなどいろんなことが言われ、だからイヤという人もいることでしょう。確かに昔は、今より濃くはありました。ある意味、そうでなければみんながうまく暮らしていけないような感じであったと思います。こう書くと、誤解されてしまいますね。そうしたほうが、暮らしやすいということでした。でも、もうずいぶん前から、いろんなことが淡白になっています。もちろん、いまだに濃い地域は全国至る所にあることでしょう。でもこの辺に限って言えば、淡泊になって久しいし、それが時代の変化に伴ってのことだと思うので、ここだけの話でもないと思います。

 

 一昨年度、昨年度とやっていたひとつの係が、今日で終了。幸いにも?来年度は無役のようです。気楽に参加してきます。


あー、また

2024-02-27 | 農家 農村

 7時ごろに朝ごはんを食べます。その前に、炊き上がったごはんを小さな専用の器に盛って、神さまと仏さま(神棚下の文机と仏壇)に水とともに供えるのが常です。

 その際、仏壇のある場所が暗いので電気をつけるのですが、家族それぞれ手を合わせてすぐに消灯してしまっては、あまりに短いかなと思い、自分が最後の時はつけたままにしておきます。そしてごはんを食べ終えてから、電気を消しに行くという流れです。

 この時、電気がついているか否かを別にして、本当は神さまの方のご飯だけを下げに行くのです。仏壇の方は以前は夜。最近では、お昼に下げるようにしています。カミさんに言わせると、どうして神さまだけ早くおろしてしまうんだろう?私が来た時からそうだったけど、といつだったか言われたことがありました。言われてみれば確かにその通りで、でも習慣なんてそんなものでしょう。順序というものに意味のあることもあれば、意味のないまま続けていることもたくさんあると思うのです。

 また横道にそれてしまいました。でも今日の話題自体がいつものようにどうでも良いことなので、まぁ、時間と気持ちが許しましたら、引き続き読んでください。

 

 あれっ、何だっけ?

 で、話を元に戻しますと、神さまのごはんを下げに行く時に、まず仏壇の方へ行って電気を消します。そして神さまに戻ってごはんを持ち帰ればよいだけなのですが、ついうっかり、仏壇のごはんを持ってきてしまうのです。そのため、当初の目的であった、神さまの方は素通り。あっ、と途中で気づくこともあれば、台所まで持ってきてから気づくこともあります。何と申しましょう。これが加齢なる世界のひとコマであることは、疑いの余地もありません。今朝は、保温ジャーに器から落とした瞬間、気づきました。気づくのが、だんだん遅くなってる…。あー、またなのでした。

 でもこんな報告をしばしばしていたら、お米売れなくなりますよねー。

 

 というわけで、我が家の神さまは、たぶん早飯早食い。一方、仏さんは、のんびり食べてるってことになります。今朝は全部食べないうちに、取り上げられてしまったのでした。


春祈祷

2024-02-05 | 農家 農村

 毎年の恒例行事です。地域の多くの家で行われています。地元の神主さん(宮司さん?)が各家庭を回ってやってくれます。

 確たる信仰があるから?しているのではありません。どこの家であっても、はるか昔から続いてきた、暮らしの一部ということでしょうか。あっ、でもそれも信仰のひとつの形なのかもしれませんね。

 読み上げる祝詞に耳を澄ませていると、たくさんの神様に向かって、いろんなことを言っているのが分かりました。

 

 来てくれた宮司さんにお礼を差し上げますが、のし袋には、「お初穂料」と書きます。初穂という言葉もなかなか味わい深い気がします。昨年のクリスマスの時、お米のお付き合いのある方から、クリスマスカードと一枚の写真をいただきました。ガラス瓶に稲穂を立てた様子が写っていました。和賀屋の玄米を播いて、それがいくらか芽を出して、それが育った稲から採った種もみ。それを播いて育った稲と知らせてもらいました。とてもうれしく、お米が実ったことに感激でした。そしてその時ふと思い浮かんだ言葉が、お初穂というものでした。