東京・銀座の歌舞伎座が3年ぶりに生まれ変わった。29階建ての歌舞伎座タワーを併設する新劇場はきょう2日、にぎにぎしく幕を開けた。歌舞伎というと、興味があっても「いやぁ、チケットが高くて」「なんか、窮屈そうで…」と尻ごみする人もいるだろう。そんな方たちに恰好の歌舞伎入門法がある。
【ふらりと一幕】
「一幕見(ひとまくみ)席」をご存じだろうか。歌舞伎にだけあるシステムで、低料金で1作品だけ見ることができる。歌舞伎は昔から昼夜一日がかりで上演されていたことから、忙しい人たちが空いた時間に好きな芝居、贔屓の役者が出る場面だけを見たい-という便利な場所がある。
通常の客席は1、2階の1等席2万円、2等席1万5000円、3階A席6000円、B席4000円だが、3階席の真後ろにあたる通称「4階席」と呼ぶ空間を一幕見席という。
新劇場にももちろん設けられていて、全1808席のうち156席。これは旧劇場より6席多い。前列に48席2列の椅子席、その後ろが立ち見で60席、合計156席ある。ここばかりは座ろうが立ち見だろうが、料金は一律2000円(作品によって異なるので、5月以降は要確認)。旧劇場の時は、ほぼ1000円ほどだったから倍に上がった。そのぶん新劇場の利点を十分味わうことができる。
【かけ声が間近に】
旧劇場にもあった一幕見席だが、新劇場の最大の利点は、以前は見えなかった舞台左手の花道にあるスッポンというセリが見渡せること。妖怪や幽霊など、怪しげな人物が出入りするところ。たとえば、人気絶頂の市川海老蔵が演じる『義経千本桜』の『川連法眼館』などが上演される時に見れば、実はキツネが化けた武士の忠信が旅姿でドロドロドロ~と神妙にセリ上がってくるところを確認できる。
そしてラスト、白の派手な衣裳を翻し、舞台上から宙乗りで飛び上がり、空中遊泳しながら六法(手、足を操り動かす技法)をみせ、3階席左後方に引っ込む。立ち見席からは目と鼻の先だ。まさに海老サマ宙乗りの終着点を目撃できるチャンスにも恵まれる。
ここは歌舞伎初体験者ばかりでなく、幾度も観劇している歌舞伎通と呼ばれる常連客や大学で演劇を学ぶ学生たちなどのたまり場でもある。舞台で見得をきる役者に向かって、「成田屋ァ」とか「音羽屋ァ」と役者の屋号を大声で掛ける瞬間にも立ち合える。隣り同士になった常連客に作品や役者について聞いてみるのも面白い。この場所をテリトリーとしている客層は歌舞伎を愛してやまない人たちばかりだから、初心者には喜んでレクチャーしてくれる。
【パノラマ気分】
おすすめは、値段が一緒だからと座席に座ろうとせず、立ち見に専念すること。舞台上での役者の動きに合わせて見る位置を移動できる。また壁に沿って台が用意されているので、そこに立つと舞台全体を見渡せるパノラマ気分も満喫できる。視力に自信のない方はくれぐれもオペラグラスを忘れずに。性能のよい望遠鏡を持参すると実によく見える。
最後に入場法。まず、見たい作品の開演時間を調べておく。そして劇場正面入り口左手にある「一幕見切符売場」で概ね開演15分から20分前に売り出すチケットを手に入れる。専用のエレベーターに乗って4階の「一幕見席入口」から入場する。
4月公演は3部制で、午前11時からの第1部は、人間国宝の坂田藤十郎らによるお祝いの舞踊「鶴寿千歳」で幕開け。1~3部ともベテランや若手の人気俳優が勢ぞろいし、豪華な顔合わせで競演する。向こう1年間、こけら落としシリーズとして歌舞伎俳優が総出演する。午前、午後、夜、どの時間帯でもちょっと歌舞伎に触れられる、それが「一幕見席」のメリットだ。 (演劇コラムニスト 石井啓夫)