「東京がもっと近ければいいのに」と悔しがったのは、シカゴ・トリビューン紙の人気映画評論家、マイケル・フィリップス。
あの『レ・ミゼラブル』を「この映画は嫌いだ」と斬り捨てた激辛の彼が、日本のすし職人を描いた米国製作のドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』をベタボメ。映画評サイトで全米84人の評論家から驚異の支持率99%を獲得した話題作がついに日本に上陸し、注目を集めている。
舞台は地下鉄銀座駅近くのビルの地下にある鮨店「すきやばし次郎」。あのミシュランガイドで最高ランクの3つ星を6年連続で受賞している超有名店だ。
10のカウンター席しかない小さな店。築地市場から仕入れたその日最高のネタを素材に、独自に生み出したすしのみの絶品お任せコースを握るのは2年前の撮影当時85歳の小野二郎さん。7歳で親から「帰ってくるな」と奉公に出されて以来“すしの神様”と崇められるまで自力で頂点を極めた伝説の人だ。
*静岡県浜松市天竜区の出身です。
本作を制作、監督、撮影したのは今年29歳の米国の新鋭映像作家デビッド・ゲルブ。数軒のすし店を映画化しようと食べ歩いたところ、すしシェフたちが世界一と称えたのが二郎さんで、実際に食べてそのおいしさの虜になり焦点を絞った。
案内役で登場するのはご存じ料理評論家の山本益博氏。「ここのすしのシンプルさに驚く。シンプルを極めればピュアに行きつく」と山本氏は解説する。日本文化の根底に流れるこの命題の奥深さが作品のテーマでもある。
映画では二郎さんから独立した水谷さんという職人の歯にきぬ着せぬ言葉がドキリとさせる。父・二郎の下で働く50歳になる長男の禎一(よしかず)さんが可哀想だから「店を早く譲ってあげて」「二郎さんの亡霊がそこら中にいる。もし亡くなっても二代目は大変」等々。
監督は「僕がガイジンだからオープンに話してくれた」と後に水谷さんに感謝している。彼の言葉をヒントに作品の方向が定まったそうで、視点は跡取りと技の継承へシフトしていく。監督の父親はメトロポリタン・オペラの総帥ピーター・ゲルブ。“超えられない偉大な父”の陰に隠れるという共通点に共感したとも。
身を柔らかくするため生きたタコを50分もマッサージする二郎流のこだわりに米国人は特に驚いた。ウォールストリート・ジャーナルでは「どの素材も理想的においしい瞬間があるという抽象的な観念への献身ぶり」に脱帽し完璧主義に舌を巻く。
「ジロウの悲劇は、ミシュランに4つ星が存在しないこと」と著名な評論家らしくレトリックを弄したのはロジャー・イーバート。しかしラストシーンで見せる二郎さんの笑みは至福そのもの。米国の若い監督が、生ツバを呑み込む世界のグルメに日本のSHOKUNINたちの姿を垣間見させてくれた。 (板垣眞理子)