◎承服できませんのでお暇を頂戴します(松下幸之助)
先日、PHP総合研究所編『エピソードで読む松下幸之助』(PHP新書、二〇〇九)という本を読んだ。期待しないで読んだが、なかなか面白かった。松下幸之助に関する本は、過去に何冊かまとめて読んだことがあるが、そこに出てこなかったエピソードも多く、最後まで興味深く読むことができた。
同書の「Ⅶ おまえはどっちの店員か――人生断章」に、「店の改革」という項がある。本日は、これを紹介してみよう。松下幸之助が、五代自転車商会の小僧をしていたころの話で、文脈からすると、当時の彼の年齢は、十四歳ごろと推定される。
❖店の改革
幸之助が五代自転車商会に移ってから四年あまりたったときのことである。初めは三人だった店員も、店がしだいに繁盛して、そのころには七、八人に増えていた。そのなかの一人が、店の品物を黙ってよそに売り、その代金を使っていたことが発覚した。
非常に才気にたけ、よく間にあって重宝がられていた店員である。主人は、初めてのことであるし、本人も詫びている、年も若いし惜しいということで、よく訓戒してもう一べん使うことにした。
ところが、それを聞いた幸之助は承知しなかった。主人のところに行って、「お暇を頂戴したい」と申し出た。突然のことで主人も驚いて、「どうしてだ」ときく。
「ご主人はあの人をもう一ぺん使うことに決められましたが、私はそれに承服できません。ああいう悪いことをした人といっしょに働くのは潔しとしませんから、お暇を頂戴いたします」
これには主人も困ったが、何もしていない幸之助をやめさせるわけにもいかないということで、結局、その店員をやめさせることになった。ところが、それからあとの店の空気がガラッと変わってよくなった。気分的に明朗になり、引き締まった。意図してやったことではなかったが、幸之助が自分の信ずるところを訴えたことが、店の改革につながったのである。
「栴檀は双葉より芳し」というが、さすがに大成する人物は違う。
ところで、近年、政・財・官の各界に関わって、眉をひそめるような話が、次々と報じられてきた。そうした中で、職場の上司に向かってハッキリと、「承服できませんのでお暇を頂戴します」と言明した人々もあったのではないか。実際に、その職場を去っていった人々もあったのではないか。もちろん、そうした人々は少数派にとどまるだろうし、その影響も、目には見えるようなものではなかった。しかし、その職場の空気を明朗にするような「改革」は、たとえ少数であっても、現実に、そういう人があらわれないと始まらないように思う。
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