礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

保坂弘司『國體の本義精講』(1939)の序文

2014-04-01 06:06:44 | 日記

◎保坂弘司『國體の本義精講』(1939)の序文

 昨日は、一九四二年(昭和一七)一月の時点において、欧文社(今日の「旺文社」)が、どんな学習参考書を発行していたかがわかる一覧表を紹介した。
 その筆頭にあったのは、保坂弘司著の『国体の本義精講』であった。この書名はむしろ、『國體の本義精講』と表記すべきだったかもしれない。たまたま私は、その第一七三版を持っている。同書の初版が刊行されたのは、一九三九年(昭和一四)二月であるが、一九四一年(昭和一六)三月の段階で、すでに一七三版に達していたのである(社名は「欧文社」)。驚くべきベストセラーである。
 本日は、その『國體の本義精講』の序文を紹介してみよう。

  
 勤皇の血に燃えた明治維新の志士達が必ず懐〈フトコロ〉にしてゐたのは「新論」であつたといふ。未曽有の時艱〈ジカン〉に際会して、皇道顕揚の大業を完成すべき諸君の必す携ふ〈タズサウ〉べき昭和の新論ごそ「國體の本義」であらう。
知るべくして知り得なかつた深遠なる國體の本義は、本書によつて、諸君のすぐ前に明らかに示された。本書は、諸君に学生としていかに行くべきかの道を教へ、国民としていかに生くべきかの道を諭す〈サトス〉のみならす、学生としての道がそのまゝ国民としての道に続くものであることを示唆する。諸君が本書を了得された時、図らすも、自らの日本人たるの重大義を体認し、その自覚に限りなき感激を禁じ得ないであらう。こゝに諸君に必携の書であり、必修の書である本書の意義がある。
 顧みるに、昭和十三年一月、自分が本書の入試出典としての重要性を強調したところ、果然三月入試に多数の出題を見て、予言者呼ばはりをされたのであるが、時局と本書の性質とを思ひ較べる時、誰かこれを叫ばずに居られよう。自分はたゞ極めて当然な時代の動きを、ほんの一足だけ先きに学生諸君にお伝へしたに過ぎなかつたのである。
更に顧みるに、昭和六年六月一兵士として高岡連隊にあつた自分は、隊長の命によつて兵隊達に万葉集に現れた日本精神に関して講義をした。ところが幾く〈イクバク〉もなく満洲事変が勃発し、自分のさゝやかな努力が何等かの意義をもち得たことを深く喜んたことであつたが、これとても事実はたゞ上官の命を奉じて忠実な兵としての務〈ツトメ〉を果した以外の何物でもなかつたかも知れない。
 しかし、かうした過去の二つの体験は、自分に「國體の本義」を講義することが当然の使命であるかの如き僭越にも似た自負を与へたのである。かくて、一面自らの菲才を恥ぢつゝも国民的熱意を以て敢へて筆を執つた。既に「國體の本義」については諸先輩の註釈がある。故に遅れ馳せにその驥尾〈キビ〉に付く事は何等の意義もないかの様であるが、自分としてはそれだけに又新しい一つの立場をもつたつもりである。そしてその立場は諸君の刻下の要望に合致させたつもりである。
「國體の本義」の文章は一見平易さうに見えて、決して平易ではない。特に解釈といふ立場に立つとき、その平明化には非常な努力を必要とする様に思はれる。それは
 一、単なる逐語訳では駄目で、必ず内容精神の闡明〈センメイ〉を必要とすること。
 一、宏大深遠な國體の本義を要点的に論述してゐるために、文に飛躍があり、前提・敷衍〈フエン〉・結論といふ様な一般の構文常識では推せない点のあること。
 一、文章そのものが独自の簡浄さをもつてゐて、含蓄があること。
 一、国文学、国史などの古典常識を当然の約束として書かれてあること。
に起因するものと思はれる。それ故本書の正しい埋解・解釈は此等の特質についての対策を講じた上でなければ得られないのである。自分はかうした観点から、諸君の全幅的理解を当面の目的として著述した。勿諭、諸先輩の著述を参考にさせていたゞいたが、文字通り心血を注いで章句の末まで十分なる検討を加へ、諸君をして語句の理解への努力の為、全文の精紳を没却させるが如き事のない様特に留意した。
 自分はこの書によつて「國體の本義」の一字一句が諸君の血となり肉となつて、諸君をして全き学徒、全き日本人たらしめるの日あることを冀ひ〈コイネガイ〉且つ念ずるものである。
昭和十四年一月 ―厳寒の日、欧文社にて― 保坂 弘司

*都合で、明日から数日間、ブログをお休みします。

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