◎青木茂雄氏の映画評『アラビアのロレンス』(1963)
映画評論家の青木茂雄氏から映画評が送られてきた。今回は、『アラビアのロレンス』。これも長文であって、青木氏ご自身が、三回分に区切っておられる。本日はとりあえず、その第一回を紹介することにしよう。
記憶の中の映画(7) 青木茂雄
観るたびに発見のあった映画 『アラビアのロレンス』 その1
書き綴ってきたこの文章は、私の記憶の中にある映画を、記憶だけを頼りに順々に書き下ろすこととして始めてきたのだが、今回は番外編として、最近観た映画について書く。最近といっても、製作年ははるか昔の作品である。『アラビアのロレンス』(1963年)と『ベン・ハー』(1959年)である。
つい最近、この古いアカデミー賞作品を池袋の文芸坐でたて続けに観た。「黒澤明の愛した10本の映画」というシリーズの中で上映されたものだ。どちらも最初は70ミリ・フィルムで上映された作品であり、その後は幾度となく、35ミリ・フィルムで再上映・再々上映されてきたものである(『アラビアのロレンス』については、1988年以降は完全版で)。このたびの特集上映では、どちらも最新式のデジタル上映システムであるDCPで上映された。現在、70ミリ・フィルムを上映する劇場は日本国内には存在せず、画面の大きさはともかくとして、70ミリでの上映に匹敵する“解像度”は35ミリ・フィルムでは到底及びがつかず、私はDCPでの上映に期待を寄せていた。
DCPについては、映画愛好家の間では、当然のことながら賛否両論がある。私もフィルム上映のスクリーンの、あの独特の陰影とかすかな画面のブレに愛着を感ずるものであるが、画面の“解像度”という点においては、文句なくDCPに軍配が上がる。新作作品の劇場配給が瞬く間のうちにDCPに移行していったのも、当然と言えば当然である。しかし、DCPにも課題がある。それは文化財としての媒体の保存という点である。フィルムは100年保存・保管され、100年前のものでも、現在上映可能である。DCPにもそれが可能となるかどうかは未知数である。ひとつは、媒体そのものがいつまで上映可能な状態で保存可能かという点、もうひとつは、上映機材がいつまで現在の状態で供給可能か、という点。もし将来に大きな技術革新が生じた場合、どれだけの量の媒体がその移行について行くことができるだろうか。
そういう杞憂はともかく、映画愛好家としては、良好な画面と真迫の音響には大歓迎である。そういうわけで、期待を込めて観たDCP版『アラビアのロレンス』は如何なるものであったか?
池袋の文芸坐の私の好みの座席は、スクリーンに向かって前から9列目か10列目である。その距離で観ると、見上げたスクリーンが全視覚の8割程度をカヴァーする。その大きさが、臨場感と全体通観とが丁度マッチして快適である。開場とともに、何はさておき、その列の中央座席の端を目指す。そこが私の“指定席”のようなものである。しかし、『アラビアのロレンス』に限っては、何故かその距離では遠すぎるのだ。その列では、画面全体がどういうわけかデッドな感じになってしまう。演奏会場にたとえれば、最前列近くで聴いた音に比べて、最後列近くで聴いた音がどうしても平板になってしまうのと同じ感覚である。
そういうわけで、私は上映当日、前から6列目の席を躊躇することなく選んだ。そこは、見上げたほぼ全視覚がスクリーンで覆われる。過去数回、文芸坐での『アラビアのロレンス』の感興は、その場所で観たときには確実にひとしおのものだった。『アラビアのロレンス』に限ってどうしてそうなのか。私にはその訳が未だに良くわからない。
DCP版『アラビアのロレンス』は、私が始めて観た70ミリ版のものを彷彿とさせるものがあった。感激もひとしおであった。とくに千変万化する砂漠の色。フィルム上映では、どうしても上映回数を重ねるごとに変色と褪色が避けられない。しかし、今回DCPで観た色は、オリジナル版そのもの。とくに前半で、ロレンスが戯れている間に駱駝から落ちる(落駝?)シーン、そのロレンスを俯瞰するカットでの砂漠の赤い色……。
それでは、映画そのものについてはどうであったか。結論から言えば、感動も今回は中程度なのだ。それはどうしてだったのか。【「第二回」に続く】
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