礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

妖に美し、『放射線像』(2015)の世界に佇む

2015-02-24 04:31:50 | コラムと名言

◎妖に美し、『放射線像』(2015)の世界に佇む

 恐ろしい本を手にしてしまった。うまく表現できないが、とにかくコワい。怖いのだが、惹きつけて離さない何かがある。こうした種類の本に出会うのは、ことによると、これが初めてかもしれない。
 その本のタイトルは、『放射線像』、サブタイトルは「放射能を可視化する」。カバーは、シンプルなデザインで、毛糸の手袋のように見える白黒の写真が使われている。
 A4の大判で、本文一〇八ページ。本文にも、白黒の写真が多数レイアウトされている。そう、これは「写真集」なのである。
 ただしこれは、ただの写真集ではない。さまざまなアイテムにまとわりついた「放射能」を可視化したもの、すなわち「放射線像」を集めた作品集なのである。
 たとえば、表紙を飾っている「毛糸の手袋」であるが、実はこれは軍手の「放射線像」である。この軍手は、二〇一三年一〇月、福島県飯舘村の長泥地区のガレージに置かれていたものだという。全体に、放射能に汚染されているが(放射線量1500cpm)、その放射能を可視化した放射線像は、柔らかな質感を示したものになっており、あたかも「毛糸の手袋」であるかのように見えてしまう。
 本書六三ページには、「フェルト製の履物」のように見える写真がある。これは何と、「長靴」の放射線像であった。この長靴は、福島県長江町大堀で発見されたものだという(放射線量260cpm)。
「放射線像」というものがどういうものであるか、どのように撮影されたのかについては、本書に説明があるが、こちらの理解力に自信がないので、再説を避ける。
 本書に紹介されている放射線像の被写体は、あらゆる種類に及んでいる。以下、登場してくる順に、列挙してみよう。

 軍手(表紙,p51) フキ(前書,p25) つくし(28) たんぼぼの葉(p9) ヒノキの葉(p10~11) 窓枠とベランダの埃(p12) きのこ(p13, p28~29) もみじ(p14~15) セイタカアワダチソウ(p16) ヘビ(ヒバカリ)(p19~20) 桜の枝(p21) アジサイ(p22~23) センダン草(p24) 鯉(p26~27) 羽(p30~33) ゼンマイ(p34) 杉の葉(p35) アゲハ蝶(p36) ブラックバス(p37,p39) ブラックバスの内臓(p38) 真竹〈マダケ〉(p40) 野イチゴとハギ(p41) ウシガエル(p42) ウシガエルの内臓(p43) 通気口フィルター(p44~45) ヤマドリの翼(p46) ヨモギの葉(p47) ヘビの外皮(p48~49) 靴の中敷(p52) 洗濯ばさみ(p53) 野ねずみ(p54~55) おたまじゃくし(p56) 金魚(p57) はさみ(p59) コナラの外皮(p60~61) 長ぐつ(p63~65) ミニサッカーボール(p67) スリッパと幼稚園児の上履き(p68~69) ゼニゴケ(p70~71) 松の実生〈ミショウ〉の葉と雄花・雌花(p72) 松茸(p73) 竹の子(p74) 竹の皮(p75) ほうき(p77) コゴメウツギ〔小米空木〕(p78~79) トイレの換気扇の埃(p81) ラチェットレンチ(p82) 雨樋〈アマドイ〉の土と定規についた土汚れ(p83) 土壌断面(p84) 作業着の帽子(p85) 福島第一原発からの粉塵(p86~87) ザリガニ(p88~89) エアコンのフィルター(p90~91) ヒノキの葉と実(p92~93) タラの芽(p95) 杉の外皮(p96) 御幣〈ゴヘイ〉(p97) お賽銭(p98~99) 石版(p101) 

 ありとあらゆるものが「被写体」となっている。フクシマとその周辺では、森羅万象、ありとあらゆるものが、放射能に汚染されたということである。その放射線像は、レントゲン写真に近いものなのだろうが(たぶん)、ごく普通の白黒写真のようにも見え、拓本のようにも見え、植物標本にも見え、魚拓にも剥製にも見える。あるいは化石のようにも見える。
 これらを、ひとつひとつ、簡潔を極めた説明とともに見てゆくと、寒気を伴う恐怖に襲われてくる。おそらくその理由は、これら、かつては豊饒な「生の世界」を演出していたものが、今や、「死の世界」を表現するのものに変貌しているからであろう。
 この本は、東京大学名誉教授の森敏〈モリ・サトシ〉さんと写真家の加賀谷雅道〈カガヤ・マサミチ〉さんの共著である。森さんは、あとがきに相当する文章「妖に〈アヤニ〉美し:なぜ放射線像をとり続けるかについての個人史」のなかで、「放射能は危険なのだけれど、よくみれば放射線像は『妖艶なぐらいに美しい』のである」と書いている(一〇六ページ)。この言葉にハッとした。
 まさにその通りなのである。「放射線像」は、「死の世界」を表現しているにもかかわらず、ひとつひとつ、実に美しいのである。そのことは、著者の森敏さんも、加賀谷雅道さんも、あるいは、この本の製作に携わった方々も、気づいておられることだろう。
 この「放射線像」の作品集そのものも、美しい。美しいが、それゆえに怖い。おそらく、この本は、それを手に取った人たちを永く魅了し、永く戦慄させ続けることであろう。

*このブログの人気記事 2015・2・24

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 柳田國男、「保守主義」を語... | トップ | 映画『虎の尾を踏む男達』(... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。