礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

矢内原忠雄はなぜ日蓮を尊敬したのか

2012-12-16 06:10:11 | 日記

◎矢内原忠雄はなぜ日蓮を尊敬したのか

 キリスト者の内村鑑三に『代表的日本人』(警醒社書店、一九〇八、原文は英文)という著書があるが、その中で内村が「代表的日本人」として挙げたのは、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の五人であった。
 新渡戸稲造を通して内村鑑三の影響を受けた矢内原忠雄〈ヤナイハラ・タダオ〉に、『余の尊敬する人物』(岩波新書、一九四〇)という著書がある。そこで、矢内原が「尊敬する人物」に挙げたのは、エレミア、日蓮、リンコーン、新渡戸博士の四人であった。
 内村鑑三・矢内原忠雄という日本を代表するキリスト者が、その著書で、ともに日蓮に注目しているのは、興味深いことである。
 内村鑑三の『代表的日本人』は、昔、鈴木俊郎訳(岩波文庫)で読んだ覚えがあるが、これといった印象が残っていない。今回、鈴木範久氏の訳で、とりあえず「日蓮上人」のところだけ再読してみたが、このコラムで紹介したいと思うほどは感銘しなかった。
 一方、矢内原忠雄『余の尊敬する人物』の「日蓮」には、深く感動した。『余の尊敬する人物』は、四〇年以上前に手にしたことのある本だが、改めて「日蓮」のところを読んでみると、過去に読んだという記憶が全くない。おそらく、興味がなくて飛ばしたか、読んでも理解できなかったということだろう。
 今回、読んで見て、力のこもった名文であることに驚いた。日蓮という特異な宗教家の過激な言動と波乱の生涯を説いて、飽きるところがない。専門外・信仰外の矢内原が、日蓮の遺文に通じていることにも驚く。キリスト者である矢内原忠雄は、なぜここまで、日蓮を熱く語っているのだろうか。
 カギとなるのは、この本が出版された一九四〇年(昭和一五)という年代であろう。国家権力による個人の思想信条に対する干渉が、日に日に強化されていた。矢内原自身も、信仰上の「筆禍」事件によって、一九三七年(昭和一二)、東京帝国大学経済学部教授の地位を追われている。
 また、日蓮門下の宗派に対しても、特に昭和一〇年代以降、さまざまな形による宗教弾圧が強まっていた(これについては、この間、コラムで言及した)。
 おそらく矢内原は、そうした時代背景の中で、あえて原理主義者・日蓮について語ろうとしたのではないだろうか。
 少し、原文を引用してみよう。

 龍の口の法難に際して、弟子檀越〈ダンオツ〉の中にも難の及んで捕へられた者もあり、又迫害を恐れて妥協軟化し、信仰を棄てた者も少くありませんでした。『開目鈔』はこの迫害の下に於いて、日蓮の信仰的立場を明かにし、弟子檀越の信仰を励ましたものであります。迫害を恐れて軟化した者については、「日蓮を信ずるやうなりし者どもが、日蓮が斯くなれば疑を起して法華経を捨つるのみならす、かへりて日蓮を教訓して‥‥日蓮御房は師匠にてはおはせども、余りに剛し〈コワシ〉、我等は柔に〈ヤワラカニ〉法蓮華経を弘むべしと云はんは、蛍火が日月をわらひ、蟻塚が華山を下し、井江が河海をあなづり、烏鵲〈カササギ〉が鸞鳳を笑ふなるべし、笑ふなるべし。」と云ひました(『佐渡御書』)。弟子たちの中には、幕府に対し妥協的態度に出でて、日蓮の赦免を計らうとする者もありましたが、かかる者については、「日蓮の御免〈ゴメン〉を蒙らん〈コウムラン〉と欲する事を色に出す弟子は不孝の者也。敢て後生を扶くべからず。各々此旨を知れ。」と叱責したのであります(『真言諸宗違目追書』)。

 矢内原は、このように、日蓮の文章を縦横に引用しながら、日蓮が時の権力に対し、いかに原則的に闘ったかを強調している。
 もちろん、矢内原にとっては、一九四〇年の時点で、これを言うことに意味があったのである。彼はこういう形で、権力の前でも思想信条を曲げようとしない人々を励まし、権力に屈して思想信条を曲げる者を批判しているのであろう。【この話、続く】

今日の名言 2012・12・16

◎迫害を恐れて妥協軟化し、信仰を棄てた者も少くありませんでした

 矢内原忠雄の言葉。日蓮が受けた法難に対して、弟子や信者のとった態度について述べている。矢内原忠雄『余の尊敬する人物』(岩波新書、1940)の87ページに出てくる。矢内原は、これを一九四〇年時点の問題として論じているのである。上記コラム参照。

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