礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

牧原出氏の新刊『田中耕太郎』を読んだ

2022-12-22 04:42:52 | コラムと名言

◎牧原出氏の新刊『田中耕太郎』を読んだ

 田中耕太郎という異色の学者、毀誉褒貶の激しい人物には、かねて関心を払ってきた。当ブログでも、本年一〇月三〇日から一一月七日までの間、田中耕太郎の文章を紹介したことがある。
 その田中耕太郎についての研究が、新書となって刊行されたという話を聞いて、早速、一読してみた。牧原出(まきはら・いづる)氏の『田中耕太郎――闘う司法の確立者、世界法の探求者』(中公新書2726、二〇二二年一一月二五日発行)である。
 期待に違わない意欲作であり、労作であった。特に、第7章「世界法へ――国際司法裁判所での九年」は、学ばされるところが多かった。
 おそらく、このあと、しばらく、本書を超える水準の田中耕太郎論は、あらわれないだろうと思った。そのように書いて、アマゾンにレビューを投稿した。
 牧原出氏の本を読むのは、これが初めてであった。一九六七年生まれというから、私などの世代から見れば、ずいぶん「若手」である。前途ある著者に対する激励という意味を込めて、いくつか気づいたことを挙げる。
 一〇三ページに、一九三八年(昭和一三)二月一日、三室戸敬光(みむろど・ゆきみつ)が貴族院で、田中耕太郎の著書『法と宗教と社会生活』(一九二七年一月刊)を論難したとある。一方、七四ページには、蓑田胸喜の『法哲学と世界観』という書名が出てくる。『法哲学と世界観』が刊行されたのは、同年の一〇月八日で、その第一ページには、「筆者は同書が昭和二年出版された当時『原理日本』誌上に於いて之を批判し」云々とある。貴族院における三室戸の論難の背後には、蓑田という存在があったと推察されるが、このあたりのツナガリを明確にしていただくとよかった。
 二二三ページに、「部分社会論」という言葉が出てくる。最高裁判所長官時代の田中耕太郎が、「部分社会論」を主張したことが、その後の判例に及ぼした影響は大きかった。管見によれば、田中自身は、著書においても、判決においても、「部分社会」という言葉を使っていない。田中の「法秩序の多元性」という考え方を、「部分社会」という言葉によって解説したのは、法哲学者の恒藤恭(つねとう・きょう)である(『法の基本問題』一九三六年、二二六ページ)。また、判例において「部分社会」という言葉が用いられたのは、一九七七年(昭和五二)三月の富山大学単位不認定事件最高裁第三小法廷判決だとされているが、そのときの裁判長は、天野武一(あまの・ぶいち)である。ちなみに、田中耕太郎は、この判決を聞くことなく、一九七四年(昭和四九)三月に他界している。
 本書巻末の「主要引用・参考文献」は、非常に有益である。私は、これを見て、蓑田胸喜『法哲学と世界観』という本の存在を知った(この本は、国立国会図書館のデジタルコレクションで、インターネット公開されている)。もっとも、なぜ、これが参考文献として挙げられていないのかと思うものもあった。たとえば、田中耕太郎「新憲法に於ける普遍人類的原理」(『季刊法律学』第三号、一九四八年三月)、田中耕太郎「教育権の自然法的考察」(『法学協会雑誌』第六九巻第二号、一九五一年八月)、ホセ・ヨンパルト「田中耕太郎の自然法論」(『法哲学年報1979』一九八〇年一〇月)、勝野尚行『教育基本法の立法思想』(法律文化社、一九八九年三月)など。

※ 訂正と補足です。参考文献に、田中耕太郎の論文「新憲法に於ける普遍人類的原理」(1948年3月)が挙げられていないと書きましたが、同論文は、田中耕太郎『平和の法哲学』(有斐閣、1954年10月)に収録されています。参考文献にある『平和の法と哲学』は、『平和の法哲学』のことだと思われますので、右論文が「挙げられていない」としたのは、適切ではありませんでした。
 細かいことですが、『平和の法哲学』は、「新憲法に於ける普遍人類的原理」の初出を、(昭和二十三年 法哲学四季報 第二号 所載)としていますが(73ページ)、これは誤りです。正しくは、(昭和二十三年三月 季刊法律学 第三号)です。当時、『法哲学四季報』という雑誌も出ていましたが、その第2号は、1949年(昭和24)2月刊で、田中耕太郎の論文は掲載されていません。なお、これまた細かいことですが、『平和の法哲学』の118ページには、正しい記載(「季刊法律学」三号 昭和二三年三月)が見られます。
 論文「新憲法に於ける普遍人類的原理」は、田中耕太郎『増補 法と宗教と社会生活』(春秋社、1957年5月)にも収録されています。初出についての誤りは、ここでも繰り返されていて、(昭和二十三年 法哲学 四季報 第二号 所載)となっています。2023・4・29付記

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