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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

日米関係改善の手段は毅然たる態度のみ(松岡外相)

2021-09-26 01:14:20 | コラムと名言

◎日米関係改善の手段は毅然たる態度のみ(松岡外相)

 近衛文麿手記『平和への努力』(日本電報通信社、一九四六)から、「三国同盟に就て」という文章を紹介している。本日は、その三回目。引用にあたっては、漢字による表記を「ひらがな」、「カタカナ」に直すなど、原文に少し手を入れた。

 第一、米国の参戦防止
 三国同盟締結の際賜はれる詔書に「禍乱ノ戡定〈かんてい〉平和ノ克復の一日モ速ナランコトニ軫念〈しんねん〉極メテ切ナリ」と仰せられたるは、即ち米国の参戦を防止し世界戦乱の拡大を防がんとする御主旨なのである。しかしながら三国同盟の締結が果して米国の参戦を防止する効果ありや否やにつきては、大に議論があつた。締結直前の御前会議においても「米国は従来日本が独伊側に走るを阻止するため、日本に対する圧迫を手控えて居つたが、日本がいよいよ独伊側に立つといふ事になれば、自負心強きかの国民の事ゆえこれにより反省するどころか、却て大に硬化すべく、日米国交の調整は一層困難となり、遂には日米戦争不可避の形勢となるべし」との説も出た。しかしながら松岡〔洋右〕外相は「日米の国交は今日までの経験によれば、もはや礼譲または親善希求等の態度を以てしては改善の余地なく、却て彼の侮蔑を招きて悪化さすだけである。もしこれを改善しこの上の悪化を防ぐ手段ありとすればスターマーの言の如く毅然たる態度を採るといふ事しか残つて居ない。その毅然たる態度を強めるために一国でも多くの国と提携し、かつその事実を一日も速に中外に宣明することに依りて米国に対抗することが外交上喫緊事〈キッキンジ〉である。しかし本大臣はかかる措置の反響ないし効果を注視しつつなお米との国交を転換する機会はこれを見逃さないつもりである。ただそれにしても一応は非常に堅い決心を以て毅然対抗の態度を明確に示さねばならぬ」と論じたのである。
 この両説の何れが正しかりしか、即ち三国同盟の締結が果して米国の参戦を防止するだけの効果ありしや否やは永久の謎である。
何となれば昭和十六年〔一九四一〕十二月、米国未だ参戦せざるに、米国の参戦防止を目標としたる日本自身が、進んで米国に宣戦してしまつたからである。
 ただ少くとも同盟締結後約一年余米国が参戦しなかつたといふ事実は、三国同盟の効果であつたといはれぬ事はない。現に米国は十六年四月より開始されたる日米交渉に於て、終始三国同盟を骨抜きにすべく執拗に努力したのである。この事は三国同盟が米国にとり厄介の代物であり、この同盟の存する限り米国は容易に参戦するを得ない事情にあつたことを雄弁に物語つて居ると思ふ。〈一九~二一ページ〉

 ここで近衛は、三国同盟の締結が米国の参戦防止という目標において効果があったか否か、という問題を立てている。締結によって、「日米戦争不可避の形勢となるべし」というのが第一説である。当時の天皇側近、海軍主流、外務省主流は、この考え方を採っていたと思われる。
 一方、陸軍や外務省枢軸派は、三国同盟を締結して米国と対抗することによって、米国の参戦を防止できると考えた。これが第二説である。
 近衛は、この問題は「永久の謎」であるとする。しかし、その文章を読めば、彼が第二説を支持していたことは明白である。近衛首相は、松岡外相とともに、第二説の立場に立って、外交を展開していた。この文章で近衛は、みずからの外交姿勢を明らかにすると同時に、それについての釈明をおこなったのである。
 ついでに言えば、三国同盟の締結が、米国の参戦防止に役立ったか否かという問いは、今日では、ほとんど意味をなさない。なぜなら、日米開戦に関しては、新しい歴史認識が、すでに定着しているからである。――ドイツとの戦いで苦しんでいたイギリスのチャーチル首相は、アメリカの参戦を強く望んでいた。そして、日米開戦に先だって、アメリカのルーズベルト大統領と会談し、そこで、日本の参戦を促すような(日本に「一発目」を撃たせるような)画策がおこなわれていた。日本が、アメリカに参戦すれば、三国同盟の規定にしたがって、ドイツもアメリカに参戦する。これがチャーチルの狙いだった。すなわち、「三国同盟が米国の参戦を防止した」のではなく、むしろ、「三国同盟が米国の参戦を招いた」のである。

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