礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

艦載機1200機が関東を空襲(1945・7・11)

2016-07-08 02:23:50 | コラムと名言

◎艦載機1200機が関東を空襲(1945・7・11)

 この間、中村正吾秘書官、および黒木勇治伍長の「日誌」によって、七一年前(一九四五年)の「今ごろ」の出来事を紹介している。出典は、それぞれ、中村正吾著『永田町一番地』(ニュース社、一九四六)、および黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)である。
 本日は、『原爆投下は予告されていた』から、七月八日~七月一三日の日誌を紹介する(二〇六~二一一ページ)。

 七月八日 (日) 晴
 久しぶりに日曜日に休んだ。三週間ごとに休日の日曜がやって来るが、前回はマラリアの後で特別の自分の希望で勤務をやったので、その前の五月二十七日以来だ。今日も暑い。もう午前九時には褌一枚でも汗は流れ、とても衣袴など身に着けてはおれない。
 だれがどこから持って来たのか、団扇【うちわ】がころがっており、ぱたぽた落ちるは汗ばかり。ここは風通しがよいので団扇はいらないと思っていたが、こんなに暑くなるとは考えおよばなかった。こうなると、日中休むより勤務の方がましになる。頭の中も暑さでポッカリ空洞ができたようで、詩【うた】も句も全然考えつかない。
 やっと夕方になって生気が出たようで、洗濯などはじめる。明日からは午前零時の始まりの一勤のため夕食後、早く寝る。

 七月九日 (月) 晴
 午前零時、上番する。下番者の申し送り事項何もなし。夜は静かで、考えるともなく考えてみると、過去の自分のマラリア発熱時期は二十九日周期となっている。つまり前回は六月十三、四と休み、その前が五月十六、七と休んでいる。したがって次の二十九日目が七月十一日その次は八月九日と予測される。先のことは別として七月十一日は今週である。
 今週は絶対に熱に負けない対策を立てよう。まず熱に負けない精神力を養うよう努力しよう。つぎに毎日一錠ずつ飲むキニーネは今日から二錠にし、明日の十日と当日の十一日は三錠ずつ飲むようにしよう。マラリアになって五錠飲むのと同じことだ。それに休みの十六時間、できる限り充分に休養に当てるように努力しよう。【後略】

 七月十日 (火) 晴
 午前零時、勤務に上番する。下番者田中候補生の報告何もなし。
「ニューディリー放送もないのか」と聞くと、「ありませんでした。」と答える。
 今日も静かだ。一勤は大体ひまなものである。二時、三時、四時、五時と静かに時間は流れて行く。絶対に夜間の場合に空襲もないとはいい切れないので、無駄を承知で人員配置が決まっているのだろう。
 午前七時、突然、ニューディリー放送が流れだした。何かの間違いかと思って隣りの部屋を見た。五、六人勤務についたところだ。間違いではない。
 ――「こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。お早うございます。信ずべき情報によりますと、昨日(七月九日)、米軍B29五百五十機は三班に分かれ、班によっては夜間に、一班は仙台に、一班は岐阜四日市に、残る班は堺と和歌山をそれぞれ空襲し爆撃致しました。繰り返し中しあげます。…………。――
 一ヵ所に二百機近い空襲を受けれぽ、どこも被害は相当であろう。とにかく敵さんの物量に驚く。それにしても、どうもこれだけ思いのまま飛ばれているのは残念至極。
 班によっては夜間というが、何時ごろであろう。夜であれば大変だ。右に左に火の海で逃げまどう老人婦女子が目に浮かぶような気がする。
 気にしていたマラリアは、今のところ兆候を見せない。午前八時、下番する。下番後すぐ眠る。午後四時、起床して室内外の掃除をし、入浴、洗濯をかたづけ、マラリア予防のためにゆっくり体を休めるように横になる。

 七月十一日 (水) 曇後雨
 午前零時、上番する。下番者田中候補生は、「とくに報告することはありません」という。それではニューディリー放送もなかったのか。
 今日も昨日同様、静かな夜の幕あけである。上番のときも午前三時、厠に行ったときも、空は月も星もまったく見えず、一面の真っ暗闇だ。馴れている厠の位置すら間違えるほどで、生ぬるい風は雨の感じもする。午前四時、五時、六時と時間だけは容赦なく過ぎる。
 午前七時、突然ニューディリー放送が流れてくる。昨日とまったく同じことだ。
 ――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。おはようございます。信ずべき情報によりますと、昨日(七月十日)、米軍航空母艦などの艦載機千二百機は関東各地を空襲し、爆撃致しました。また別のP51約百機は阪神地区を、さらにB29約二百七十機は、前日につづき和歌山をそれぞれ空襲し爆撃しました。一部については夜間空襲もあります。繰り返し申しあげます。…………。――
 関東千二百機をはじめ、内地は東も西も空襲警報の連続だ。それにしても、千二百機とは恐れ入った。カーチスSB2C〔ヘルダイバー〕やグラマンF6F〔ヘルキャット〕が主体だろう。B29が高度六、七千メートル以上の爆撃に対し、高度一千メートル以下の低空から攻撃するのを得意とし、爆弾、焼夷弾に加えて機銃掃射もするうるさい奴らで、困ったことだろう。和歌山のあの小さな街に、二日連続でB29二百七十機とは大変だろうなあ。
 それにしても、この放送はなぜ朝にするのだろう。一部については夜間空襲というが、今日の三件はいずれも別箇のもので、昼間攻撃のニュースは夜間にまとめて午後十時から十一時に充分放送できるはずだ。となると、これはどれもこれも真夜中にこれらの爆撃が行なわれたのではあるまいか。そうとしか考えられない。【後略】

 七月十二日 (木) 曇
 午前零時、上番する。下番の報告、申し送り事項なし。今月に入って一日、六日と空襲があり、そのペースで進めば、昨日はあってもよかったが、雨のために取りやめたのだろう。したがって今日はあるだろう。おそらく明るくなってから、重慶、桂林方面からくるだろう。
 気にしていたマラリアは、今日も発熱の起こりそうな気はしない。しかし、予防のために寒いという感じが起きないようにと扇風機を切り、机に向かって対峙するも、一時間もすると暑くってどうにもならず、扇風機を入れる。と、人心地がついたようで、どうやらマラリアも遠慮したようだ。下番までどこからも電話なし。午前八時下番。下番後すぐ眠る。
 午前十一時に、田中より空襲だと起こされる。
「田原君、これは奮闘してるわ」というと、
「こればっかりは、だれのときに当たるとか予測はできませんですね」と田中がいう。事実その通りだ。
 鉄帽をかぶる。突然、地鳴りがするように建物が動いたと思うと、ドスーンという音が。地震と雷が同時に起きたようである。
「広東というと、敵さんには飛行場の滑走路が、まず一番に目に入るのだろう。それも一週問前の空襲でやられたのを修理して終わったくらいのところなんだろうに」と、ひとり自分は呟【つぶや】いた。【後略】

 七月十三日 (金) 晴
 午前零時、上番する。十一日から十三日までマラリア予定の第三日目に当たり、人にはいわぬもののどうだろうかと毎日、不安に思っていたものだ。その最後の日だが、意外と体調は別になんともなくよいようである。今日は西洋でいう十三日の金曜日で、日めくりには仏滅と出ている。とにかく世の東西を問わず、注意を必要とする日らしい。しかし、今日もじつに静かで、どこからも電話はない。【後略】

*このブログの人気記事 2016・7・8

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする