10年。
言ってしまえば、簡単に言える、10年。
突然の発症から10年。
過ぎてしまえば、あっという間、10年。
DECADE…。
このDECADE、うちの家族の生活は、娘を中心に回っていた。
2013年5月29日から…。
今でも、娘は、毎日朝と晩に5種類9錠の薬を服用している。
以前に比べて、昼食後は飲まなくてもよくなったし、毎回3錠ほど減ったとはいえ、服薬が欠かせない。
そんな現状だが、毎日の暮らしは、ほとんど平常に戻った。
2月から3か月間、週に4日間5時間ずつ働いてきた。
そのパートの仕事は、いろいろなものを運んだり並べたりする仕事だった。
病の後は、あれほど足腰が弱っていた娘だったが、重い荷物を運ぶ仕事もがんばっていた。
あちこちぶつけるのだろう、腕や脚に青あざをいくつも作りながらも、自分なりに精一杯やっていたようだった。
ただ、残念なことに、試用期間の3か月が終わる今月で、職場の上司から「試用期間満了」と告げられ、悔し涙を流していた娘であった。
満了の理由は、「仕事が遅いから」と言われたのだとか。
病の影響で、今でも頭の中に地図を描くことが苦手になっている。
だから、ものの覚えが常人に比べてうまくないのだ。
それが、仕事の遅さにつながってしまったようだ。
しかし、3か月間、働くことができた。
給料ももらうことができた。
うまくいかなかったこともあったが、やれる部分も多くあった。
それを自信にして、また次に向かえばいいのだ。
ここ10日間ほど、働いている日も休みの日も、娘はわが家の毎日の夕食づくりにも精を出している。
休みの日は、昼食づくりもがんばっている。
毎日のしたこと、作ったもの、食べたものなどの記録も、欠かさず行っている。
いろいろとできるようになったなあ、と思う。
だが、できるようになったとはいえ、「以前に比べ」である。
このDECADEの初めは、何もできなくなったのが、よくここまで回復したと思う。
まだまだ記憶の積み上がりに難があるが、日常生活は普通にできている。
入院当時、「一人で留守番ができるくらいなところまで回復してほしい」というのが現実的な願いだったが、そこまでは確実に到達した。
入院当時や退院したばかりのころを思うと、雲泥の差だ。
このDECADEは、娘にとって停滞以外の何物でもなかっただろう。
まだまだ、彼女の人生は続く。
だから、これからも親としてその奮闘ぶりを見守っていこうと思っている。