【原文】
①京に入り立ちてうれし。②家に至りて、門に入るに、月明ければ、いとよくありさま見ゆ。③聞きしよりもまして、いふかひなくぞこぼれ破れたる。④家に預けたりつる人の心も、荒れたるなりけり。⑤「中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり。」⑥「さるは、たよりごとに、ものも絶えず得させたり。」⑦「今宵、かかること。」と、声高にものも言はせず。⑧いとはつらく見ゆれど、こころざしはせむとす。
【現代語訳】
①都に入って嬉しい。 ②家に着いて、門に入ると、月が明るいので、たいそうよく〔家の〕様子が見える。 ③聞いていた以上に、言いようもないほど壊れ、傷んでいる。 ④〔留守の間に〕家を預けておいた人の心も、すさんでいるのだったよ。 ⑤「中垣はあるけれども、一つの家のようなので、〔先方から〕希望して預かったのである。」 ⑥「そうはいうものの、機会があることに、〔お礼の〕品物も欠かさず与えていた。」 ⑦「今夜、こんな〔ひどいありさまだ〕こと。」と、〔みなに〕大声で言わせるようなことしない。 ⑧たいそうひどいと思われるが、お礼はしようと思う。 |
◆『土佐日記』(とさにっき)は、平安時代に成立した日本最古の日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を諧謔を交えて綴った内容を持つ。成立時期は未詳だが、承平5年(934年)後半といわれる。古くは『土左日記』と表記され、「とさの日記」と読んだ。
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