「なにも言わなかったんだな。そいつがおまえの優しさってわけだ」
マサトに立ち替わって、こんどは永島さんがおれの肩に手を添えてほくそえんでいた。
その言葉はどうにもイヤミっぽく聞こえた。そう感じ取るのはおれの勝手で、永島さんにはそんなつもりはさらさらないのは、その穏やかな顔を見れば誰だってわかるはず。
永島さんはツヨシの母親が気になったのか、おれがどうするか知りたかったのか、とにかくガレージから戻って来て、あのふたりがおれから離れていくのをうしろから見ていた。おれは無様な背中をさらしていたことに負い目を感じていたんだ。
永島さんだってキョーコさんに何も言わないじゃないかって、おれはよっぽどそう口にしそうになっていた。口に出したモノがすべて正しいわけじゃないって、誰かに言われたはずなのに、、、 誰だっけ、、、 違ったっけ、、、
いったいあのあと、キョーコさんとどんなやりとりがあったのか知らないけど、ツヨシをガレージにかくまうのを許したのは、なにか重い荷物をおろしたようで、、、 背負わなくてもいい、よけいな荷物を、、、
「それでうまくいくこともある。 …ダメなときも。どう取るかはオマエ次第だ」
たしかにおれはマサトより優しいかもしれない、、、 はたから見れば、だ、、、 そしてマサトより無責任だ。関わるも、それをせざるも自分の範囲内でやらなきゃならないのに、身の丈以上に背伸びして、あとからしっぺ返しを受ける。
おれだってマサトみたいに、もっと自分に正直な人生を歩めばよかった、、、 朝比奈のことにしても、、、 おれのは単なる自己満足で、自己都合で、本当に相手を思っての行動ではない。これからだって、同じことを繰り返すだろう、、、 誰かを思って行為はいつもしているし、、、
「人のつながりなんて、しょせんそんなところだ。こんなオレだって、経験をつんで、いろんなことができるはずなのに、どこかで臆病になっていく。いくつになったって、やってることは繰り返しだ」
永島さんより経験が少ないおれなんかが、理解しちゃいけないのに、なんでそんなことを言うんだ。そんなこと言われたら、おれなんか未経験のまま臆病風に吹かれてしまうじゃないか、、、 ひとのせいにして、できないことの言い訳をひとつずつ増やす、、、 経験はこうして分断されていく。
ただなんとなく感じたのは、やっぱり決まりきった道を、自分の役柄に沿って進んで行くのを受け入れていくつもりなんだと、、、 誰も、彼も、おれも、おまえも。みんな、、、 この人生が正常であると知らしめるために。
友達とか、恋人とか、家族とか、裏切れない約束を交し合って、どんな時も仲良くなる義務を生み出し、見えない鎖に縛り付けられる。いつしか相手のムリを聞き入れることがその証になってくる。
そんなしがらみの中にいなけりゃ、多くのその他からも弾かれていく。そして仲が良ければいいほど、いったん亀裂が入いれば、何かの仇のように憎しみ合い、二度と心の底から信頼し合うことはなくなったりもする。だったら、そうだったなら、最初から仲良くするべきじゃないって考えてしまうのは、おれもかなりの臆病者だ。
「オマエは、そのまま、ほっぽらかしておくなんて、できそうにないな。関わってしまったオマエのその性格が災いしただけだ」
いつしか、おれとツヨシとの問題から、おれと永島さんたちとの関わりにすげかえられていた。そうだな、なんの確証もないのにうまくいくって楽観的になれるものおれの悪いところだ。
それで痛みがわかったからって、けして同じ側に居るわけじゃないし、そう認められたわけでもない。ひとそれぞれ理由は違うし、立場も、考え方も違うはずだ。本人がどんな気持ちで、相手のことを慮ったかなんてことは、うまく相手には伝わらないし、ましてや相手の都合でもない。ツヨシやキョーコさんがどう感じただけが真実だ。
「永島さん。コイツ、そんな優男じゃないッスよ。買いかぶりしないほうがいいスね」
自分の意図に反して、思いがけず相手の琴線に触れて、恩人とか、心の友に成り上がることだってある。それもすべて偶然の重なり合いで、だったら仕組んだことが思い通りに運んだとしても、それを額面どおり受け取るのは、よっぽど楽観的に物事を考えてるヤツだって言えるんじゃないのか、、、 あっ、おれか。
「チンポはカワかぶりっスけどね」
どの世代にも、どの年代にも、必ず自分に近いヤツがいた。同じような服を着て、同じような夢を見て。同等であることが、仲間をつなぐルールであるはずなのに、それでいて自分が絶対でなければ気に入らないヤツがひとりぐらいいるもんで、自分の正義は、世界の正義で、いつしかそれに反するモノを糾弾して、排除していくんだ、、、 マサト、いつか必ず排除してやる、、、
「マサト。おまえはかたずけの続きしてろ」
そう言って、永島さんはおれより先にマサトを排除した。マサトはあたまをかきながら永島さんにだけあたまをさげて仕事に戻っていった。
「しょうのないヤツだな。マサトは」
そんなあいまいな関係性が長く続かないのはあたりまえで、だけどおれたちはそれを容認している、、、 別におれは、好きで関わったわけじゃない、、、 ある意味、悪意が潜在しているのかもしれない、、、 あるべき収束があるのなら、そこに向かっていける。
「そんなつもりはないって言いたそうだな。でもまあ、そういうことでいいんじゃないのか。あのボウズがかあちゃんと一緒にいたいと思っても、かあちゃんはそうは思っていない。オレのカンは結構当たるんだ、しかも悪い方のな」
永島さんもおれと同じ考えだった、、、 悪い方らしいけど、、、 キョーコさんのことを思うと、結構当たるカンってヤツも、あてになりそうもない。その顔はある程度こうなると想定していたみたいで、おれが誰かに感謝されようと思ってやっている訳じゃないって理解してるから、その点は気が楽だった、、、 そしておれの悪いカンは、ツヨシのことより、永島さんのほうに向いていた、、、
大変なのは自分でも分かっていた。それが自分の奥底から来ているものならなおさらで、どうしても認めなくてはならないのか、まだ自分に心変わりの余地が残されているのか、どちらでも有りそうで、自分ではなんとかできるつもりでいた。それが大きくなっても、その度に同じ苦労にさいなまれるとは思いもせずにいた。
「なあ、星野。こういうのはどうだろう。もし明日、あのボウズがここに現れたら、またガレージで遊ばせてやればいい。こなけりゃ… もうこないだろうな、あのおかあちゃんが見えるんだから… だったら忘れることだ。人生に関わる選択なんて、それぐらいの偶発に頼るしかないだろ。それで運が良いとか、悪いとかって、あとで自分に言い聞かすだけだ。あのおかあちゃん、うさんくさそうな顔でオマエのこと見てたな。まあ、ボウズがオマエに感謝しているんなら、それぐらいで納めとくのが丁度良いんじゃないのか?」
多くの経験をしていないおれは、永島さんに意見できることはない。そして、ほとんどの人間はそういった経験をしなくても、したものとして語るのが、この世のならわしなんだから、別におれだけがおかしいわけじゃない、、、 いろいろな“それぐらい”がおれには丁度いいらしい、、、
おれが永島さんに本当に言いたいことは、ツヨシが明日来ないのは、もう永島さんの世界でのハナシだけだって。明日もアイツが来るかはそれ以外の多くの世界では考えられる。それはキョーコさんの世界でも同じことが言える、、、
本当は来て欲しくないし、来るとも思っていない。ただ、永島さんにそこまで言い切られてたらもう、そう思うしかなくなっていた。つまりは永島さんに言わされた言葉ってわけだ、、、 どこまで意図があったか知らないけれど、、、
「ホシノ。じゃあこうしよう。あしたボウズが来たら、コーラおごるよ。こなければ、なっ。おまえがってわけだ」
なんだか、ひとの命もコーラなみって気持ちにさせられる。おれは無意識に何度もうなずいていたら、永島さんも、こりないヤツだなと笑って行ってしまった。明日はタダでコーラが飲めそうだとも。そう、おれは子どもの時から、諦めが悪く、男らしくないって言われてきた、、、 それがダメなら、次の人生では変えられるといいなあ、、、
ツヨシがどう感じていようと、この世を見ればゴマンといる不幸な子供のひとりってだってだけで、知らなければ知らないで、おれの人生になんの影響も与えなし、知らない子供たちは最初からなんの影響を受けたりもしない。身近な人間だけが自分の世界だと思うかどうかって人それぞれだ。
交わう部分が多ければ、お互いの認識に差が出ないけど、少なけりゃ、少ないほど自分ってヤツはまったくの別の人格になってしまう。うまく立ち回るようなヤツならそうやってコミュニケーションをとって、摺りあわせっていうか、摺りよって関係を保っていくんだろうか。
おれなんか、あえてそのまま放置する方を選んできたもんだから。ああ、だからか、だから朝比奈んときに、みごとにクラスのヤツラから総スカンをくらったんだ。そうなら、朝比奈もおれと同類といえるんだろう。それが、おれたちの唯一の共通点であり、会話が成り立つ根本的な理由なのかもしれない、、、 なんていまはそう思っとこう、、、 それだけのことかもしれないけど、人が寄り添う部分って、案外そういうところだったりする。
話しや、考え方が支離滅裂で、なんだかよくわからなくなっているんだ。でも小説や、映画じゃないんだから、とどこおりなく思考がつながっていくなんてことはない、、、 日常の生活ならそんなもんだ。