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◇貨物列車の牛
踏切に立つ少女の前を、何台も貨車を連ねて、貨物列車が通過している。
貨車は有蓋車なので、中身がなんであるのか分らない。
中身が分らないまま、貨物列車は延々とつづいている。
そのうち、牛が扉の隙間に鼻面をのぞかせ、少女と目が合った。
少女の心臓が激しくうつ。それが伝わったらしく、奥の闇で牛の眼が光った。
貨車には、有名な食肉加工会社のマークがついていた。少女の動揺をよそに、牛はそのまま運ばれていった。
一瞬見た哀しげな牛の赤い目が忘れられなかった。
折悪しく、選りに選ってその日の夕食に牛肉が出た。少女は箸をつけなかった。
「マドカ、どうして食べないの」
母親がきつい眼を向ける。
少女は腑抜のようになって、箸を咥えたまま黙っている。
「おかしな子だよ」
母親は心配して娘の額に触ってみる。熱はない。
「おまえ、一体何を見てきたの。これは病気の牛じゃないのよ」
少女は泣出してしまった。もう牛肉どころか、ご飯にも手をつけられなくなり、
食卓を離れ、二階へ上がった。
「変な子!」
母親が少女の皿を、父親の前に回しながら言った。
「せっかく、高級な和牛を奮発したっていうのに」
「そっとしておきなさい。難しい年頃なんだ。きっと学校で何かあったんだよ」
と父親が言った。
「そうかしら…」
母親は腑に落ちない面持ちで、箸を運びはじめる。
リビングのドア近くから、家族の食事の様子を猫のマリが見ていた。娘が残したものは
たいてい自分にくるのに、それが父親にいってしまったのが不満でならなかった。その腹いせに、扉の木戸で爪研ぎをはじめる。
「マリや、そこで爪を研いではいけません。おまえが爪を研ぐ場所はちゃんとつくってあげたでしょう」
母親が叱った。
猫は無言で母親を振り返り、背中を床につけてひっくり返った。
了
◇
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