波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

貨物列車の牛

2015-03-08 15:59:30 | 掌編小説



◇貨物列車の牛



 踏切に立つ少女の前を、何台も貨車を連ねて、貨物列車が通過している。
 貨車は有蓋車なので、中身がなんであるのか分らない。
 中身が分らないまま、貨物列車は延々とつづいている。
 そのうち、牛が扉の隙間に鼻面をのぞかせ、少女と目が合った。
 少女の心臓が激しくうつ。それが伝わったらしく、奥の闇で牛の眼が光った。
 貨車には、有名な食肉加工会社のマークがついていた。少女の動揺をよそに、牛はそのまま運ばれていった。
 一瞬見た哀しげな牛の赤い目が忘れられなかった。


 折悪しく、選りに選ってその日の夕食に牛肉が出た。少女は箸をつけなかった。
「マドカ、どうして食べないの」
 母親がきつい眼を向ける。
 少女は腑抜のようになって、箸を咥えたまま黙っている。
「おかしな子だよ」
 母親は心配して娘の額に触ってみる。熱はない。
「おまえ、一体何を見てきたの。これは病気の牛じゃないのよ」
 少女は泣出してしまった。もう牛肉どころか、ご飯にも手をつけられなくなり、
食卓を離れ、二階へ上がった。
「変な子!」
 母親が少女の皿を、父親の前に回しながら言った。
「せっかく、高級な和牛を奮発したっていうのに」
「そっとしておきなさい。難しい年頃なんだ。きっと学校で何かあったんだよ」
 と父親が言った。
「そうかしら…」
 母親は腑に落ちない面持ちで、箸を運びはじめる。
 

 リビングのドア近くから、家族の食事の様子を猫のマリが見ていた。娘が残したものは
たいてい自分にくるのに、それが父親にいってしまったのが不満でならなかった。その腹いせに、扉の木戸で爪研ぎをはじめる。
「マリや、そこで爪を研いではいけません。おまえが爪を研ぐ場所はちゃんとつくってあげたでしょう」
 母親が叱った。
 猫は無言で母親を振り返り、背中を床につけてひっくり返った。

                  了


   ◇



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手紙

2015-03-07 15:18:23 | 散文






 手紙



コンクリートの塀に

一匹の蝶が来て留る

この目の覚める艶やかさは

一体どこから来たのだ

これがこの世の反映だなんて

私は信じない

むしろこれは世にないものだ

幻だ 幻影だ



それだからといって

子供よ

窓からパチンコで蝶を撃ってはならない

窓はあくまで

風を呼込むためのものだ



そして風は知っているのだ

蝶はそよ風に乗って舞込んだ

手紙だと



  ☆


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句碑

2015-03-06 15:58:22 | 散文



◇句碑



国定公園の自然遊歩道を辿って行くと

句碑があった

とうに他界している

俳人のものと思ったら

小学校の

現役の校長先生だった



ああ人生

ここまで来たか

初燕



屈託のない丘に立つ碑(いしぶみ)

そんなに明るくて

ユーモラスな

墓標はないか



  ◇


オアシス

2015-03-05 15:04:29 | 散文





◇オアシス




高層アパートのベランダに鉢を並べて

赤・黄・紫・カーマイン・ローズマダー……

この季節 この大都会に可能な限りの

花々を咲かせる

四囲をビル群に遮蔽されているから

狭くも豊かな花園の場所を知っているのは

空をゆく鳥だけだ



時々舞い降りては

花蜜を吸っていく



ぐわっと

突拍子もない声があがったりするのは

喉を詰まらせたか  歓喜の声だ



それを聴いたアパートの住人は

どこかの妻が発狂したと勘違いする



あらぬ方角から救急車のサイレンがわき上がり

アパートの下に駆けつけたときには



そのサイレンの音に鳥は逃げ出してしまって

教会の塔のてっぺんに留まり

高音を廃したくぐもり声で

自分のうっかりが招いた罪を悔いている




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冬木

2015-03-04 09:19:16 | 散文





◇冬木


地上では澄まし込んで

我関せずとばかりに立っているが

地下では

根がどんな有様になっているか

分ったものではない



見苦しく絡まり合い

さながらランチキパーティー

といったところだろう



だが これも角度を変えて見ると

お互い慰め合い 支え合って生きている

微笑ましい図と思えなくもない



それならそれらしく

地上でも取り澄ましたりせず

手を繋いでいればいいのに


殺伐とした人の世に そんな見本を見せてくれよ

寒さにじっと堪えて立つ

冬木の概念を打ち砕いて 今の今芽吹いて葉を繁らせよ

それは季節のすることだなんて 責任の転嫁はよくない


人世の酔っ払いは そんな繰り言をしながら

裸枝が虚空をさす街路樹の下を通って行った

酔っ払いの後ろを二三枚の落葉がついていった


   ◇








  ◇

枯野の風景

2015-03-03 20:24:32 | 散文



◇枯野の風景




枯野に月が照って

幽冥界のように

ぼんやり明るんでいる



そこを獣たちの霊が

一列になって行進していく



かさりとも音はなく

びゅうびゅうと風ばかりが

視野の中を吹き抜けている



彼ら霊たちは

連帯しているようでいて

一つにまとまっているのでもなく

ばらばらかというと

ある連携の中に

身をおいている

語らうでもなく

従うでもなく 

統率するものがいるのでもない



私が見ているこの風景は

一体何の原形であろうか

それすら不分明のままに

霞みに霞んで

一列になって通り過ぎていく


   ◇


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夜更けの音

2015-03-01 17:15:13 | 散文




◇夜更けの音


 村の中学校の運動場には砂場があって、鉄棒にピーピーが一個忘れられてぶら下がっていた。

 夜が更け、風が出ると、カラカラっと鳴る。ピーピーと鳴れずに、周りにぶつかっては、ひ

とばんじゅうカラカラカラカラと、乾いた不自然な音をたてていた。

 朝になると、ピーピーの出す音はきれいにやんでいた。

 風はあるのに、どうしたのだろう。

 宿直明けの教師は首をかしげた。
 

日誌には、異状なしと書いた。それだけでは、少々不満が残ったので、その隣に、

(鉄棒に誰かがピーピーを忘れたらしく、それが風に振り回されて当たる音がして、眠れなかっ

た。帰宅するとき砂場に立ち寄って、確認してみる)
 

と記しておいた。

 勤務を終えて帰宅するとき、砂場に寄ってみた。何とピーピーは、鉄棒に紐が巻き付いて、身

動きできなくなっていた。

 まるで緊張してすくんでしまった蝸牛のようだ。ほどいて鉄棒にぶら下げてやるにしても、周

りにぶつかって当たり散らすのが、関の山だ。それがピーピーのあるべき姿とは思えなかった。
 

教師は砂場を離れて帰路についた。

宿直明けの日曜日とあって開放感にひたり、ひとりでに口笛が出てきた。

ピーピーにすまない気がした。

 家に着くと、母親がテーブルに並べておいた朝食をとり、昼近くまで寝た。起きると母親の居

る菜園に行き、草取りを手伝った。

 周りで鳥が鳴いている。ピーピーのように単調な鳴き声は一つもない。近いと言えば、鵙の高

鳴きくらいのものだ。鵙は、キィーッ、キィーッと、一本調子の声で叫んでいる。



   ☆


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