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重吉の中に嵐のようなものが駆け巡っていた。それは女教師との橋
渡しをしてくれた少女のことだった。このままでは、少女とした青空
に滝を降らせることが、不意になってしまう。そんなことがあっては
ならなかった。女教師との婚約とまではいかなくとも、その線にそっ
て進んでいける恵みを受けながら、それを与えてくれた少女を等閑に
してはならなかった。
滝を降らせなければならない。彼はスマートフォンで天気予報を調
べた。二日後からは好天になると予測している。好天は一週間続くと
いう。重吉は女教師に自分の悩みを打ち明けた。
「分かるわよ、あなたの気持ち。約束を果たしていないことが重いの
ね。それじゃどうにかしなければね。このままでは、あなたがあの子
の純真を裏切ってしまうということね。確かに断たれたままよね。お
互いにメールアドレスも分からないわけだし、呼び出しようもない」
「僕もこんなに呆気なく終わりになるなんて、考えもしなかった。こ
の指導は先生にお任せするのが一番と思っただけだった」
「それが私の懲らしめで、終わりになってしまった。さあどうしまし
ょう。あなたが誘いかけたとして、あの子が乗ってくるかしら。そこ
が問題よ」
重吉は二日前から続いている少女の願いを思い起こしていた。重吉
は相当乱暴な言葉をつかって退けたつもりだった。後日見せると約束
もしていないのに、二日を経過しても熱は冷めていなかった。この寒
空にたったひとりでやって来て、重吉を待つなんて、恋心にも通じる
ものではないかと、少女の心を思いやった。空から流れ落ちる滝への
恋慕は、滝をつくる重吉への好感に繋がる。
「あの子のひたむきさから推し量ると、その可能性なしとは言えない
気がします」
「じゃあ、やってみる?」
と女教師は,重吉をまともに見た。
「連絡がつけば」
と重吉は言った。
「なら、すぐ行ってみるといいわ。あの子の家は次の次の農道を、二
三百メートル入った三軒立っている一軒よ。奥の二階建て。近くまで
案内するわよ。家庭訪問で二回来ているからわかるわ。※※という家
よ。それからあの子の名前は▽▽」
ということで、重吉と女教師は雪道を歩き出した。少女が号泣して
帰った足の跡が付いている。
その足の跡を目で追っていた重吉が、ラッセルで行こうと提案した。
女教師を助手席に乗せて走ってみたかったのだ。
二人はラッセル車に乗り,始動させようとして車がぐらっとしたと
ころで、
「ちょっと待って!」
と女教師が声を上げた。「私、車の下を確認してくる。あの子が戻ってい
るわけはないけど、犬か猫がいたら困るから」
「誰も入っていないね。猫ちゃんも、ワンちゃんも、いないね、ワン
、ニャン」
と犬と猫の鳴き声で確認をとると、重吉の隣に戻って.腰かける。
重吉はラッセルをスタートさせる。キャタビラが路面を打つ音が
かまびすしい。
「小学校の休み時間みたいね」
と女教師が表現した。現在は冬休み中で、彼女は残務整理のために出
勤するとのことだった。
車を車道に停め、二人は徒歩で小道に折れて行った。少女の家が迫る
と、女教師はさらに進むのをしぶった。
「あの子の親はPTAの役員もしていて、私とは馬が合わないのよ。今
度の件で、ますます溝が深くなったと思う。私、頭なんか下げないから、
お先真っ暗。あなたみたいな味方がいてくれたから心強いわ。嬉しく
なる」
未完6
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