波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

エミュー

2012-09-08 17:39:45 | 散文


   ☆


その頃 私はよく動物園を訪れた
豹や縞馬やペンギンを見て 
魂が安らぐというわけではない
ほかに彷徨う場所を持たなかったのだ

エミューは 長い頸を自在に操って 
私を足の先から頭のてっぺんまで調べ上げた
顔を覗き込む 
伸ばしたエミューの頸は 
私よりも上にあった
そこから 
怒ったとも興奮したともつかぬ
目付きで睨み据えた
エミューの前には 
もっと多くの人がいたが
彼女が見るのは私だけだった

次に訪れたときは 
まだ離れているうちから
私を見つけて囲いの中を接近して来た
そして前と同じ 
調べ上げる動きをした
これはエミュー特有の親愛の
仕草だったかもしれない 
一体このエミューは 
私を何と思っていたのか
遠い豪州の地に別れてきた同胞と
勘違いしたというのか 
しかし私は 
彼女のようなスマートな足も
頸も持ってはいない
そして少なくはない見物客の中から 
私を選び出したというのが解せなかった
餌をやるでもなかった 
私は懐手に陰欝な顔をして
立っているだけだった
三度目もエミューは 
激しく頸を振る動きをして私を迎えた

二年の時を挟んで 
私はエミューの前に立っていた 
この間に私の心は大きく変っていた
人生の無惨を知り尽くし 
その深い谷底から
万物の原点ともいうべき
創造の神を知るように変えられていた
私はもう鬱々とはしていず 
したがってあたたかな心で
エミューに与えるパンを手にしていた

けれどもどうしてか 
彼女は私をまったく無視して 
というより眼中にもおかず 
囲いに嘴をつけるようにして
目紛るしく歩き回り
別の相手を物色していた
目は血走り 
エミューの孤独はますます研ぎ
澄まされて 
動物園の雑踏のなかに 
彼女と同質の孤独の寂しい
病んだ魂を探して歩き回っていた

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爽やかな冷気呼ぶ孔

2012-09-06 19:52:11 | 散文


     ☆

 久しぶりに帰った山麓の故郷の家で、男は独りで寝起きをしていた。 老父母は相次いでみまかり、二人の生活の跡が家具や調度らに染みついて残っているばかり。 都会に戻るのも億劫で、車に積込んできた雑多な食糧で食いつなぎつつ、夜となく昼となく寝てばかりいた。
 前方は山がうねり上り、後方ははるかに農家の二つの屋根がのぞく。聞えてくるのは、梢を鳴らす風の音と野鳥の囀りくらい。
 
 その中に一つだけ「びぃーん」と弓を射るような妙な音の入っているのに気づいた。
 気づくと、それがいつも耳につくようになった。響いてくるのは、近くの木立かららしい。
 男が起き出して庭へ出てみると、クマゲラが一羽、目を怒ったように見開き、赤い頭を電気震動のごとくに振り立てて、枯れ木立の細い幹を穿っている。
 立木は堀り返され、孔がぼこぼこ穿たれて、地面には木屑が積もるほどになっていた。

 クマゲラは、男を視野に入れたまま作業を続けた。
 二十分もした頃、ひょっと幹を裏側に回って、またつつきはじめる。
 男は付合いかねて、家にしけこむ。

 鳥の木をつつく音は、初めの「びぃーん」と唸りをあげる威勢のいい響きから、「ずずずーん」というような低音に変っていった。
 いくら木をつつくのが専門の、キツツキ科のクマゲラとはいえ、ばててきたのに違いないのだ。

 クマゲラの木ほじくりは、それから何日か続き、さらに調子が落ちて、別な響きに変ってきた。つつくというよりは、ごそごそと掻き回し、削ぎ落すらしい音になっていた。

 晴れ渡った秋の朝、その音もきれいに止んで、それからは鎮まりっぱなしだった。
 男が外に出てみると、木立の根元にクマゲラが仰向けになり、硬直して死んでいた。体は半ばまで木屑に埋まるようにして。

 夜になり 何気なく枯れ木立に目を這わせていくと、一つだけ幹を貫いている孔がある。孔は斜めに抜け、その向うの藍色の世界に星が入っている。
 何かのサインでもあるかのように、そこから爽やかな冷気が男の中に浸入してきた。

                          了




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路傍

2012-09-01 00:02:10 | 散文


 [路傍]


路傍に瀕死の子雀が佇んでいる。
もう目は閉じられ 車が地響きを立てて通る度に よろよろっとしては持直している。この震動では 頭痛もひととおりではなかろうに。もう痛みも感じないほど弱っているのか。
それでも子雀は必死にこらえている。道の方へ倒れてはならないと。そのときは 枯草の中へ横たわりたいと。
もし道の側に倒れれば タイヤの下敷きとなり 仲間の雀や人間に惨たらしさをさらして、迷惑をかける。
子雀はじっと目をつぶった頭の中で、こんな思いをめぐらせていたのだろうか。

明くる朝 子雀は枯草のなかに事切れていた。
枯草の色と見分けがたく、かすかに盛り上っているので、それと知れた。ときおり、そよ風が、子雀の羽毛を逆毛にして吹いていた。
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